(本編後:ミクリオがエレインとの再会を振り返る)
彼女の居ない世界は色褪せて見えた。
平和になった世界に君が居ない。
そんなことは初めから分かっていたことだろう?
そうやってミクリオはかれこれ何度自分に言い聞かせたか分からない。想像していたよりも酷く胸が軋む日々。長い年月を掛けて親友が夢見た世界、人と天族が手を取り合う時代がやって来た。それなのに肝心の親友は災禍の顕主ヘルダルフを浄化するべく地脈深くに眠ったまま帰ってこない。人間だったかつての仲間や手を貸してくれた災厄の時代を過ごした人々も居ない。
実に皮肉なものだとミクリオは思った。歴史を変えるべく動いた人間達は自分達が築きあげたこの時代を迎えることなく去ってしまった。
一緒に世界中の遺跡を冒険するとあんなに言っていたのに関わらずミクリオの右側に彼は居ない。あの旅の終わりで仲間達と別れたミクリオは一旦イズチに戻り事の次第をゼンライに話した後、再び世界を回った。寝坊助な親友より早く、下見がてら遺跡を巡る旅に出た。勿論目的はそれだけではない。彼女を……エレインを探す旅でもある。
ミクリオはヘルダルフを倒すまでは色々とやる事が山積みで喪失感を無理矢理頭の片隅に追いやっていた自覚はあった。そうしなければいけなかった。大事な時だからこそ仲間に余計な心配をかけさせたくなかった。
人は天族より寿命が短い。そんな当たり前の事は分かっていたし、再三エドナにも言われていた。
エレインのほうが早く死んでしまう。
彼女は人間で、僕は天族だから。
ミクリオは人間である彼女に恋をした時、頭の中で覚悟は出来ていた。否、出来ていたつもりだった。しかし実際はどうだ?失ってからより一層自分は彼女の事を心から愛していたのだと身に沁みた。
年月をいくつ重ねても宿屋を訪れる際、扉の前で一呼吸置いてしまうのはミクリオの癖と言ってもいい。もしかしたらエレインが生まれ変わっていて、宿屋で働いているかもという淡い期待。そうして扉を開けて彼女がいないと心の中で落胆してしまうのだ。
そもそもエレインが生まれ変わっているかも分からないし、生まれ変わっていたとしても人間や天族ではないかもしれない。はたまた全く違う世界に生まれているかもしれない。絶対に見つけ出すなんて豪語してしまったが、本当に出来るのだろうかとふとした瞬間及び腰になる。
姿形が違っていたり、人間だった頃の記憶を忘れた彼女は果たして自分が愛したエレインであるのか、別人と同じではないのか。運良く天族に生まれ変わっていても性格がとても悪くなっていたら?
……なんてミクリオはどんどん悪い方へと考えてしまう。待てども探しても見つかることなくただ過ぎていく年月が彼をより一層不安にさせた。
「いらっしゃい。お、ミクリオ坊や。久しぶりだな。部屋の予約か?」
「坊やって呼ぶな。エドナだな、余計な事を言ったのは。……1人部屋を頼む」
「なんだぁ?まだ探してる子見つからないのか。あとお前さん毎度のことながら入って来るなり落胆したような顔すんな」
レディレイクの宿屋はどの街の宿屋より入るのが緊張する。しかし今の時代の店主が気さくな人間の男性なのでミクリオはいつも入った後には気が抜けてしまう。どことなく口調がザビーダに似ているのは気のせいではないだろう。天族だからといって敬うなんて事はこの店主はしない。良くも悪くも平等に接しているのだ。お客に対して敬語を使わなくてもいいのかと思うかもしれないが、流石の店主もその辺は弁えている。単にミクリオの訪れる回数が多いので必然的にフレンドリーになってしまっただけである。
予約を終えたミクリオは店主の長話を慣れた感じで躱し、レディレイクの街を見て回る事にした。ドラゴンの襲撃から復興したこの都は文明が発達するにつれて余計にあの頃と変わってしまった。宿屋のように建て替えられた建造物もあれば、まるっきり違うお店が出来ていたりと時代の流れを感じられる。
「へぇ〜。これまた美人な天族じゃん。あの子とは系統が違うけど。人型の天族って揃いも揃って顔がいいとか?いや、中には不細工もいたか……」
「……僕は男だ」
再建され未だにこの街の名所の一つ、巨大水車を眺めていたミクリオが視線を感じた方を向くと、淡赤色の髪を自分と同じ様に後ろで結んだ熟年女性がいた。服装を見るにセキレイの羽に所属している事が伺える。
髪を伸ばしてから度々間違えられるようになってしまったミクリオは内心でまたかと溜息をつく。
「これは失敬。あたしはセキレイの羽の頭領、ローズよ。実はあたしの所にも天族がいてね、これがまた凄く可愛いのなんのって。育て親の贔屓目もあるかもだけどさ。あんたと同じ髪色してるんだ」
「それはその天族が水の天族だからだ」
「人間のあたしはそこら辺は詳しくないけど、確かに小さかった頃は上から突然大量の水が降ってきて泣き喚いてたよ。あれは凄かった。その後も荷車に水かけて商品駄目にしたりして大変だったわ」
恐らく天響術の暴発だろう。人間だらけの中で育てられたので抑制の仕方を覚えるのに時間が掛かったのかもしれない。
「それで、その天族はどこにいるんだい?見たところ人間しかいないようだけれど」
「今はいないよ。一年程前に自律して一人旅してる。記憶がどうのこうのって言ってたけどさぱらん。あ、仲間が呼んでるからそろそろ行くわ。もしあの子に会ったらたまには顔出すよう言っておいて!」
記憶と聞いてミクリオの思考が一瞬止まった。もしかしてその天族はエレインなのかと。不確定要素が多過ぎるから期待は良くないが一縷の望みをかけたい。去り際にローズからその天族の名前を聞いた彼は久方ぶりに涙を流した。勿論人間の頃と名前が同じ確証はない。それでもその天族は確かに彼女と同じ名前だったのだ。
そうして思ったより早くエレインかもしれない例の水の天族に会えた事にミクリオは驚いた。あれだけ待ち望んでいたのにいざとなると呆気にとられてしまう。それでも瞳から溢れた涙が彼女との再会を証明してくれていた。待っていた、探していた、会えて嬉しいと。初めましてと言われた時は本当は違うと口に出したくなった。けれども彼女を困らせたくなくて、同じように初めましてと返したのだ。それはあの時誓ったから。
僕のことを忘れていてもまた好きになってもらえるような男になって待っている、と。
*
「師匠〜。見てくださいっ。天響術が上手く出来て空から魚が降ってきました!」
エレインの呼ぶ声でミクリオはハッと我に返った。どうやら随分と追懐していたようだ。あれから半ば強引に彼女の師匠という立ち位置をもぎ取ったミクリオは彼女に天響術を教えながら、遺跡を巡りつつ彼女の記憶を探す旅をしていた。彼女からすればお互いの利害の一致から行動を共にしていると思われているかもしれないが、当の本人は下心満載である。
「師匠ぼーっとしてましたね。どうしたんですか?」
「いや、ただエレインと会った時の事を少し思い出してただけだ」
「私も覚えてますよ。ペンドラゴの宿屋で会いました。師匠ったらあの時泣いてましたよね」
「それは忘れてくれ」
嫌ですと笑うエレインの手から活きの良い魚が逃げ出した。慌てて捕まえに行った彼女を見てミクリオは笑みがこぼれる。まるであの時一緒に行った魚釣りのようだと。あの時も彼女はミクリオによって打ち上げられた魚を嬉しそうに抱き抱えていた。
「……記憶を忘れてもやはり君は変わらないな」
口調も性格も仕草もミクリオの知ってるエレインだ。人間だった頃の記憶はなくても自分の隣に彼女がいる。それだけでもミクリオは嬉しかった。
「師匠!自分で釣った魚は美味しいと思うんです!今から夕飯が楽しみですね」
「そうだね。……全く君は本当に……」
「どうかしました?」
「いや、これってデートみたいだね」
以前の仕返しとばかりにミクリオが言い放てば途端にエレインは顔を赤くした。してやったりと気分を良くしていた彼であるが、ただの師匠と弟子の旅であるとデートを全否定する彼女に凹んだのだった。まだまだ二人の恋路は長そうである。