08




地獄を見た。般若の如く教鞭を振るう師匠こと爆豪くん。彼のブートキャンプはとても過酷であった。まさかこれが期末テストの三日前まで続くとは。私はあれから本当に教え殺されたのである。隊員が私しかいないので放課後は常に付きっきり。無謀にも一度だけ脱兎のごとく逃げようとした。教えてもらう立場としてはいけない態度であった事は自覚している。それでも休憩すらまともに取れない日々に一日くらいはとつい悪魔の囁きに乗ってしまったのだ。そんな日に限って何故かわざわざ私のクラスまでやって来た隊長。ドアを開けたら目の前にいるから思わず悲鳴をあげてしまう。どうして、と呟けば彼が一言。

「そろそろてめェが逃げる気がした」

……なるほど。分かった。つまり爆豪くんも複合個性の持ち主だったというわけだ。人の心を読める個性か、未来予知の個性か。そういった類の個性を持ち合わせているに違いない。でなければこんな図ったかのようなタイミングで来るはずがないと問い詰める私は馬鹿だったと思う。自ら墓穴を掘ったのだから。まるで親猫が子猫の首根っこを掴むそれで確保された。ズルズルと引きずられる私が見たのはこちらに向けて合掌する友人の姿だった。


「私はまだあの時のこと根に持ってるんだからね!ほんとに教え殺されたもん!!」

「悪かったって。でもこうして今があるのは爆豪くんのおかげでしょ。殺された甲斐あったよ」


ピーヒョロヒョロ。
少し気の抜ける軽快な笛の音とドンカカ太鼓のリズム。
そんな祭囃子が夏祭りをより引き立たせる。

友人の言う通り地獄の先にオアシスがあった。爆豪くんのブートキャンプのおかげでこうして夏祭りに来れている。あれがなければ今頃泣きながら補習を受けていたと思う。

「見捨てたお詫びにリンゴ飴奢ってあげるから」

「わぁーい!あ、あと今度一緒に行くカフェでフローズンストロベリースムージーも奢ってほし……いでっ」

「調子に乗らないで」

こつんと頭に軽めの拳骨を貰ってしまった。流石に欲張りすぎたなと耳を垂らして反省するも、渡されたリンゴ飴にすぐ様ぴょこんと耳が元気を取り戻す。まったく感情に素直な耳である。


右手にリンゴ飴、左手に綿あめ。それから焼きそばとたこ焼き、チョコバナナが入ったビニール袋を手首にぶら下げて屋台をぶらつく。あっちへふらり、こっちへふらり、そうして気付けば隣で相槌を打ってくれていた友人が消えていた。


「……しまった。はぐれた!」


辺りを見ても人が多過ぎてとてもこの中から探すなんて出来そうもない。大人しくどこか通行の邪魔にならないところで連絡を取ろうと思ったその時、ドンと肩が誰かにぶつかった。

「あ、ごめんなさ──」

「痛ェな、どこ見てほっつき歩いてんだ……あ゛?」

「え、師匠?」


爆豪くんがまさか夏祭りに来るなんて。勉強中に何度か話を振っても興味がなさそうだったのに。驚く私を他所に向こうは私がいることなど分かりきっていたのだろう。

「……てめェそれ、ブタにでもなるんか」

「なっ。失礼だ!!」

私の両手にあるものと中身が透けて見えているビニール袋に視線を向けた爆豪くんは呆れた顔をしている。確かに少しばかり買い過ぎてしまったがそれでも女の子に対してその発言はいただけない。

「おーい、カツキ!向こうに射的あったから勝負しようぜ……って宇佐見さん?」

「うっわマジで宇佐見さんじゃん。しかも浴衣だ。かわいい〜」

いかにも不良な風貌の二人が爆豪くんの後を追い掛けてやって来た。彼等は確か爆豪くんとよく連んでる人達だ。二人共狐のお面を頭にズラしてこちらを見るなり驚いている。恐らくこの二人が爆豪くんを夏祭りに誘ったのだろう。私と同じく夏祭りを楽しんでいる彼等と違って爆豪くんは面倒臭そうに頭を掻いていた。

「やっぱお前ら付き合ってんの?」

「だからちげェっつっとんだろ殺すぞ」

「おー、こえーの。オレらお邪魔みたいだから行こうぜ」

「じゃあお二人さんまた学校でね〜」

何やら盛大な勘違いをしている爆豪くんのお友達に手を振られて咄嗟に振り返してしまった。目の前で苛立つ彼も是非連れ帰って欲しいのだけれど。

「……で?結局てめェは一人でフードファイトしとんのか」

「違う……友人とはぐれちゃったの」

「ハッ。ンで迷子って訳か」

クソだせェなと鼻で笑った爆豪くんにムッとする。今から連絡を取るつもりだと付け加えれば突然周囲を見回した彼は舌打ちを一つして私の腕を掴んだ。

「えっ」 

「悪趣味な野郎に絡まれたくなかったら黙って着いてこい」

爆豪くんが顎で教えてくれた方に目を向ければ下品な笑みをした集団が私を見ていた。私が爆豪くんに腕を引かれているのに気付くと途端に興味を失ったのか、次の標的を探し始めたらしく視線が外れた。

「ありがとうございます、師匠」

「……」

無言で返されてしまったけれど爆豪くんの気遣いにほっこりと心が温まったので気にしない。なんだかんだで優しいのだ彼は。



「あ、見て師匠!うさぎのぬいぐるみがある!欲しい………ちょっとこれ持ってて下さい!」

「おいクソうさぎ女、てめェは迷子の自覚あんのか?荷物押し付けんな」

先程とは違いぐいぐいと私が爆豪くんの腕を引いて目的の商品がある射的屋さんへ足を運ぶ。見たところ彼の友達が居ないのでこことは別の射的屋さんにいるのかもしれない。荷物を一旦爆豪くんに預けて浴衣の袖を捲りコルク銃を構える。狙いを定めて撃ったつもりのコルクは的外れにも程がある位置に落ちた。店主にお金を払って再び狙いを定める。だがしかしまたしてもコルクは何も当たらなかった。

「何故……?!」

「下手クソか。貸せや」

「あ……」

荷物を私に戻した爆豪くんはお金を払うと慣れた手つきで銃を肩と頬で固定する。狙いを定めること数秒。スパンっとコルクが目当てのぬいぐるみに直撃した。台座から落ちたそれをベルを鳴らしながらこちらに持ってきたおじさんは私に渡す。

「はいよ。良かったなお嬢ちゃん。おい坊主!彼女と仲良くな!」

「だから誰がこんなクソうさぎ女……」

「師匠ありがとうございます!あ、今お金を……」

「いらねぇ」

「えっでも……」

渋る私の腕を強引に引く爆豪くんの味方なのか、射的のおじさんは「彼女に良いところ見せてカッコつけたいお年頃だから大人しく奢られてやんな」と爆豪くんに聞こえない程度の小声で言ってきた。なるほど、そういうお年頃なのかと男心が分からない私はおじさんに頷いておいた。尤も、私と爆豪くんはおじさんの期待しているような関係ではなく、師弟関係なのだけれど。


「師匠、ほんとに今日はありがとうございました」

「何度も聞いたわ」


祭りの喧騒から少し離れた場所で友人と連絡を取ればお叱りのメールと爆豪くんから離れるなとお達しが来た。曰く彼をナンパ避けに使えとのこと。自分だって一人の筈なのに……と思いながらも了解のスタンプを押して携帯をしまう。律儀にも友人が来るまで爆豪くんは付き添ってくれるらしく、申し訳ない。本来なら彼の友達と楽しく過ごす予定であった筈。当の本人は気にしていないようであるが。


リンゴ飴と綿あめも食べ終わってしまい手持ちぶさたな両手でうさぎのぬいぐるみを弄って遊んでいればドンッと腹に音が響いた。すっかり暗くなった空を彩る大輪の花。夏の醍醐味の一つである。


「わぁ……花火だ。綺麗ですね、師匠!……師匠?」

空を見上げていた視線を爆豪くんに戻すとなにやらぼぉーっと呆けた様子でこちらを見ていた。私と目が合うなり何見とんだとキレられたのだが理不尽な。見ていたのは間違いなくそっちである。

結局友人が来るまで私と爆豪くんが会話を交える事はなかった。





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