偵察


「うわー! 駄目だ! 良いのが思い浮かばない……」

 バタンとテーブルに突っ伏すと勢いが良過ぎたせいで仮面のラフデザインを描いていた紙が辺りに舞う。そのどれもが途中で納得がいかなくなった半端な物ばかり。中にはクシャクシャに丸くなっているものまである。デザインで詰んでいるから裁縫道具は未だに手付かずのままだ。改めてこの状況に頭を抱えるしかない。

「そもそも仮面の資料が少なすぎるんだよね……」

 どうしたものかと手詰まりになったわたしは何か糸口になることはないかと脳をフル回転させる。そうして考えること数十分。あれも駄目これも駄目と取捨選択して残った打開策は他のお店で売っている仮面を見に行く、言い換えれば偵察だった。笑わないで欲しい。これでもない脳みそを使って絞り出した最高の案なのだ。

「お父さーん! お母さーん! ちょっとダアトのお店に偵察に行ってくる!」

 セレニアの花柄が可愛い我が家の新作ワンピースに緑色のストールを後ろ結びして街に繰り出す。何やら両親が言ってた気がするが逸る気持ちが勝ってしまい、きっと行ってらっしゃいと言ってくれたんだと自分の中で片づけた。



 まずはダアト教会の正面にあるメインストリートを見てまわることにする。すぐ近くに教会があるからか、今日も人で溢れていた。
 道具屋である『洗練潔白』の店主さんはボトル類を求めたお客さんの対応に追われている。それを横目で見ながらわたしは先に進んだ。
 ここからでも至るところから商人達の接客の声が聞こえてくる。中でも断トツに声を張り上げているのは武器防具屋さんである『永久不変』の店主さんだ。

「こんにちは! 今日も一番声掛けが聞こえました」
「おお! 仕立て屋のところの嬢ちゃん。いらっしゃい! 武器・防具はどうだい? って言っても嬢ちゃんには別に必要のないものだな」
「そんなことないです! こう見えてもわたし、結構強いんですよ! この大陸の敵だって倒せちゃいますから! ほら、ボーボーとか!」

 そりゃあ神託の盾騎士団の兵士たちのようにはいかないから手古摺るが、先が鋭く尖った針に音素を纏わせ、ビュンっと勢いよく投げつければ倒せる。
剣や銃、槍といったオーソドックスな武器に比べて針単体では殺傷能力は劣るだろうけれど、音素を纏わせれば意外と武器になっちゃうのだ。流石わたしの相棒。もっと針の魅力に皆気づいて欲しい。

「ボーボーか! はっはっは! そりゃすげえ大したもんだ」
「全然そう思ってなさそうです……」
「そんなことないぞ、パダミヤ大陸にいる敵はそこそこ強いからな。ガルムウルフは素早く近付いて攻撃してくるし、ボーボーはちょこまか飛び回って火を吐いてくる。デスビーはポイズンニードルを飛ばしてくるからな」
「デスビーにはちょっと親近感湧きます」

 そうわたしが言えば目をまんまるくさせたあとに盛大に笑われた。そんなに笑わなくてもいいのに。ただ同じく針を使うから仲間かなって思っただけだ。

「それで、何か用があったんじゃないのか? まさか本当に買いに来たのかい?」
「えーと、偵察に来ました!」
「て、偵察?! それって普通はひっそり見つからないようやるもんじゃないのか! はーはっはっは! 面白い!」

 やっと笑いが収まったと思いきやまたひぃひぃと笑い出す店主さん。笑いのツボが浅過ぎやしないだろうか。これではまた落ち着くまで待たなくてはならない。

「ごめんごめんっ。面白くてつい。しかしウチに偵察に来たってあまり意味がないと思うけどな。なんせウチの売りは武器と防具だ。仕立て屋に置いてあるような服とは違う。ああ、でも『拳拳服膺』は教団御用達の仕立て屋だったな。なんの依頼だい?」
「えーっと、なんと言ったら良いんですかね。服ではなくて、装飾といいますか、う〜ん」

 仮面って言えば絶対笑われるに違いないというのもあるが、お客さんの依頼を他人に漏らすのもあれなので単語を伏せてみたが上手く伝わらない。商品棚に並べられた商品にざっと目を通すが、そこに目当ての仮面はなかった。

「装飾? 残念だが、装飾品で今あるのはスチールサークレットぐらいだな。3番街の『秀外恵中』に偵察に行ったほうがいいと思うぞ。あそこは装飾専門店だ」
「装飾屋さんはこれから行くつもりでした。取り敢えずメインストリートにも足を運んで見たんです。商売の邪魔をしてしまってすみません。お仕事頑張って下さい」
「取り敢えずってなんだよ! ……まぁ、偵察とやら頑張れよ。あ、『虎視眈々』には顔を出しても無駄だからな。あそこはぼったくり店だ! いつ行ってもクジグミは売り切れだしよ!」
「ははは……。それじゃあ失礼しました」

 『永久不変』と『虎視眈々』の店主さんは相変わらず仲が悪い。同じ武器防具屋さんであるからお互いライバル視しているのだ。何だかんだ言いつつ足を運んでいるのが面白い。わたしと同じく偵察に行ってるのだろうか。
 しかし、わたしはどうも『虎視眈々』の店主さんは苦手だ。あの独特な喋り方はシンクくん以上にどう接していいか分からない。壁の奥に隠れて全然接客しないし、兎に角不気味だ。言われなくても彼に近付きたくはないので端から偵察に行くつもりはなかった。

 
 『永久不変』を後にしたわたしは仮面がありそうなお店を片っ端から見てまわってみたがどこにも売っていない。最後の砦だった『秀外恵中』にも売っていなかった。仮面はやはりマニアックなのか、少なくともダアトには存在しないことが分かった。
 
 振り出しに戻ったわたしは噴水広場のベンチで再び頭を抱えてしまう。偵察は失敗したが街に出れば何かしら良いデザインが浮かぶのではと少し期待もしていたがこのザマだ。

「はぁ〜……。どうしたものか」

 暫くうんうんと唸っていると目の前を黒い何かが横切った。その正体は真っ黒い鴉だった。バサっと羽根をたたんでつんつんと鋭い嘴で人間が落とした食べかすを食べている。そんな有り触れた風景を何故か今日はじーっと眺めてしまう。

「カラス……鳥、クチバシ、鋭い……。ハッ! これだ!」
 
 閃いたとばかりに立ち上がれば驚いた鴉が羽を広げて一度旋回し、バサバサと空に羽ばたく。
わたしは心の中でその鴉にお礼を言って我が家に急いで戻った。

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