鳥の嘴
あれから家に帰ってすぐさま思い付いたデザインを数枚描いた。そのどれもが要望通り上半分を覆い、鼻先にいくにつれて細くなっているそれはまるで鳥の嘴のよう。それもその筈。と、言うのも噴水広場で鴉を見て思い付いたデザインなのだ。
色や模様、少し形状を変えた数種類の案の中から後日シンクくんに1枚選んでもらい作業すること1週間。
「し、シンクくん。ど、どうでしょう?」
「……前が見えないんだけど」
このお店で初となるただ仮面を付ける為だけにフィッティングルームに入ったシンクくんにカーテン越しから恐る恐る聞いて返ってきた第一声がそれだった。完成した仮面を見せた時もこれといって反応してもらえなかったのでせめて付け心地はどうかなと言う意味で聞いたのだが……。
「それはほら、オーダーで目のところは穴あけちゃ意味がないってヴァン様に言われたので頑張って下の空間から見て」
「…………」
敢えて視界を狭くして日々過ごしていれば良い修行になるよと付け加える。以前は視覚を奪われるのはデメリットになると言っていたのにメリットに変えて話す自分は我ながらずるい奴だと思う。
「ちょっ、シンクくんっ段差あるから!」
「っ……」
フィッティングルームのカーテンを漸く開けたシンクくんは早速段差というトラップに引っかかった。わたしが助けに入るよりも早く持ち前の身体能力で踏みとどまるシンクくん。
「……見えないんだけど」
「シンクくんならきっとすぐ慣れるよ」
ほんの1週間ばかしで以前あった時の辿々しい話し方ではなくなっているとこから考えても彼の物覚えは早い。そしてわたしの勘違いでなければ生意気になっている気がする。
「何とかして普通に仮面越しでちゃんと見ること出来ないの」
「そんな無茶苦茶な」
「そこを何とかしてくれるのが作り手じゃないの?」
「ぐっ……」
一体この1週間で彼に何が起こったのか。彼の周りに口が悪い人がいるのだろうか。なんと悪影響な。彼の教育係がもしいるのであれば矯正したほうがいい。このままでは絶対にひねくれた生意気小僧になってしまう。
今度さり気なくヴァン様にシンクくんの教育がどうなっているのか聞いてみたい。ちなみに今日はヴァン様は外せない会議があるようで来ていない。相変わらず多忙な毎日を過ごしているようだ。
それはさておき、シンクくんの言葉がごもっともでグサッと心に刺さり言い返すことが出来ない。どんな要望でも出来る限り実現させ、お客さんを満足させる。例え実現が難しいものでも打開策を見つけてよりお客さんが求めているものに近付ける。或いはどうしても無理だとお客さんを説得しなければならない。
「ごめん、自分の力量からして今直ぐには無理だけど、シンクくんが神託の盾騎士団で上の位に昇級するまでには作ってみせる」
「そんなこと言っていいの?」
「え?」
だってシンクくんはこれから士官学校に通わせるとヴァン様が言っていた。そこを卒業して一般兵になり、まずは実績をこつこつ上げていかなければならない。そう簡単に謡士や謡手といった上位階級にはなれないはずだ。
だからわたしにもじっくりと考えられる余裕があると思ったのだが。
「そ、そんなにすぐには昇級出来ないと思うけど……」
「そう思ってるのは別にアンタの自由だけど、のんびり考えてる暇なんてないくらいすぐに昇級してみせるから」
今から死ぬ気で考えたほうがいいんじゃない?
鼻で笑ったシンクくんは置き土産とばかりにそう言って去った。絶対生意気になっている。去り際にドアにぶつかっていたのを見て流石にざまあみろと思ってしまった。その調子ではすぐになんて無理だ。と、勝手に決め付けたわたしは彼の凄さを侮っていた。
シンクくんは3ヶ月という驚きの早さで士官学校を卒業した。神託の盾騎士団の兵として任務先でも素晴らしい働きをしているらしい。らしいというのは街中で人々が話しているのを小耳に挟んだだけで実際には見ていないからだ。
奇妙な仮面をした神託の盾騎士団の兵士が連続誘拐犯をやっつけただの、極悪人をやっつけただのダアトの住民はシンクくんの名前を知らない人でも奇妙な仮面をした少年と言えば分かるくらいには浸透しているようだ。
わたしとしてはあの繊細な模様と鳥の嘴の仮面が奇妙な仮面と思われているのは中々腑に落ちないところである。
「わー……。本当に容赦ないなシンクくん」
両親に頼まれて食材を買いに来ていたわたしは偶然にもシンクくんが街中で窃盗犯を捕まえているのを見てしまった。噂でしか聞いていなかったけれど、初めて目の当たりにした感想は俊敏で容赦ないな、だった。
『洗練潔白』の店主をナイフで脅してレモングミやパイングミと言った高価なグミを大量に奪った挙句、お金まで強奪した窃盗犯をちょうど遠征からダアトに帰って来たのか、まるで風の如くわたしの横を駆け抜けたシンクくんが窃盗犯の頬と腹部に打撃を与えたあとに足を引っ掛けて転ばし、見事な関節技で押さえつけていた。
民衆はシンクくんの捕獲劇場に拍手喝采だ。これでますます彼の昇級が近付いてしまう。彼の言った通りわたしにのんびり考えている時間はなさそうだ。
「浮か浮かしてられないな。視界を遮らない仮面をどうやって作るのか考えなくちゃ」
やはり音機関がキーとなりそうだ。音機関といえば様々な音機関研究所が立ち並ぶ音機関都市ベルケンドが有名だ。
他には造船関係を一手に引き受け、腕の良い職人たちが多いシェリダンにも珍しい音機関が沢山あると聞いたことがある。
室内の温度を調整する音素式冷暖房譜業器や自鳴琴というものがあるらしい。
シェリダンの職人さんたちは月に数回、マルクトに戦艦や陸艦を売りに行くためにダアトを経由してくる。まずはその時を見計らって相談してみよう。
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