率爾
「あー! また失敗しちゃった」
プツンとワイヤーが切れてビーズがテーブルに散乱する。数個はかなりの勢いで弾け飛んでどっかに行ってしまった。
何度目か分からない失敗に心が折れそうになる。何がいけないのか。お父さんはわたしがブレスレットに注入する音素が強過ぎると言っていて、お母さんは音素の微調整が出来ていないと言っていた。どちらも同じニュアンスということはやはり原因はわたしの
音素注入
にある。というかそれしか考えられないのだが。
わたしは現在新たな課題に挑んでいる最中だ。視界を遮らない仮面もシェリダンの職人から聞いて鋭意研究中であるが、そればかりに集中しているわけにもいかない。なにも仕事はそれだけではないのだ。
当たり前だが店番もあるし、出来るだけ他のオーダーメイドも並行していかなければならない。わたしはまだ駆け出し裁縫師だから両親みたく何人ものオーダーメイドを同時進行する域に達していないが、それでもシンクくんの仮面の他に1人、ご婦人のシルククロークも任された。
そしてそれだけでも手一杯なのに鬼畜なことに両親は更に課題を出してきた。
音素注入
を習得にする、それがわたしに課せられた課題だった。
音素注入
とはその名の通り音素を服飾品に注入して特殊効果をつける作業なのだが、これがまた難しい。注入し過ぎると服飾品が使い物にならなくなってしまう。練習用のブレスレットが今日だけで既に軽く10個は大破した。
「ブレスレットって難易度高いんじゃない? 服なら面積あるし、出来るかも」
こっそりと傍にあった試作品のブウサギ柄ブラウスを手に取りぎゅっと握る。わたしが一番得意な第三音素を注入した。
あ、っと口から漏れた時にはブウサギ柄ブラウスが鎌鼬にやられたかのようにビリビリで無惨な姿に変貌を遂げていた。
「まずい、これは怒られる」
そういえばこのブラウスはお母さんが結構気に入っていたような。……ますますやばいが時すでに遅し。後の祭りとはこのことだ。
「ナマエ、ちょっといい? これから忙しくなりそうよ……って、ナマエ、その手に持ってる布切れは何かしら? まさかブウサギちゃんブラウスじゃないでしょうね?」
「ごめんなさい、ブウサギちゃんブラウスです」
ノックもなしに作業場にやってきたお母さんはわたしの手元を見て黒い笑顔をわたしに向ける。正直に話せばエプロンに潜ませていたらしきまち針を、わたしの顔すれすれに投げてきた。
「そう〜、今の仕事量でも物足りないからむしゃくしゃして破いちゃったのね。大丈夫よ、仕事なら山ほどあるわ。今も新しい導師守護役30名分の団服のオーダーが来たから」
「さ、30?! 」
導師守護役は女性のみで構成されている神託の盾騎士団の特殊部隊である。時期交代制のこの部隊はいつも30名くらいを雇っているらしい。今期はまだ任期が終わっていない筈なのにもう交代するのだろうか。でなければこんな一斉に依頼が来るわけがない。
「3ヶ月後に就任式があるみたいだからそれまでに全員分作らないといけないのよ。今から取り掛かっても間に合うか怪しいわ」
我が家は3人家族で切り盛りしているから単純計算で1人10着作らなければならないということになる。それに加えてシンクくんの仮面とご婦人のシルククローク、更には音素注入の課題。想像しただけでも倒れそうだ。
「死んじゃう……」
いつもよりお店を早く閉めた後、我が家で緊急会議が開かれた。最後まで渋ったが、導師守護役の服を作り終わるまではお店の定休日を増やし、営業時間を短くすることにした。
オーダーメイドに関しても暫くお待ち頂く形にするということでその日は話が纏まったのだが、神託の盾騎士団は翌日わたしたちを更に殺しにかかってきたのだ。
「ろ、六神将の師団長服ですか……」
ヴァン様とオーダーメイドの話をしているお父さんは以前と違い、世間話をする余裕もないようで眉を下げて困っていた。
ヴァン様曰く、大詠師モース旗下の情報部を除いた神託の盾騎士団兵六部隊を率いる幹部、その名を六神将と言うらしいが、その方達の新しい師団服を作って貰いたいようだ。
師団長と一目で分かるように一般兵と違う特別なデザインが良いとのこと。何やらその師団長たちはヴァン様が選抜した精鋭達らしい。導師守護役の任期前交代に新体制の六部隊。教団は間違いなく新しいことを始めようとしている。
果たしてそれがわたしたち市民にとって良いことなのか、否かはまだ分からない。
「導師守護役の服も作らなくてはいけないことは承知している。だがこちらも頼みたい。報酬は相応に弾ませる」
ヴァン様のその一言でわたしたちの目の色は変わった。それにここでお得意様である神託の盾騎士団の依頼を断ったら今後他の仕立て屋さんに行ってしまうかもしれないのだ。
『拳拳服膺』一番の収入源と言っても過言ではない神託の盾騎士団がお得意様でなくなるのはかなりの痛手になってしまう。
わたしでも容易に想像出来た最悪のケースを両親が想像出来ない筈もなく、首を縦に振って了承するしか選択肢が残されていなかった。
「後日順番に師団長をこちらに寄越そう。これが師団長達のリストだ」
よろしく頼むとリストをわたしのお父さんに渡したヴァン様は予定が詰まっているのか、足早に去ってしまう。
お父さんが捲っているリストを横からお母さんと覗けば個人情報が羅列していた。
第一師団長、ラルゴ謡士に第二師団長がディスト響士。次いで第三師団長がアリエッタ響手と順番に眺めていたが、第五師団長のページで思わずわたしの声が漏れてお父さんの手を止めてしまった。
「……まじか、シンクくん。まじか。……大出世だ」
第五師団長兼参謀総長シンク謡士
見覚えのある仮面に口を固く閉ざした彼の写真の横に書かれた役職名を思わず二度見ならず三度見した。
第五師団の師団長で参謀総長で謡士ってどういうことだ。大出世にも程がある。これでわたしはこの3ヶ月地獄決定ではないか。早くも現実逃避したくなった。
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