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雄英体育祭は一般的な学校の体育祭とは別次元と言っても過言ではない。形骸化したオリンピックに代わる日本のビッグイベントの一つが雄英体育祭なのだ。観客の中にはスカウト目的で全国のプロヒーローが集まると出久くんが以前、熱く語っていたのを思い出した。幼少期は出久くんのお家か勝己くんのお家にお邪魔してテレビ画面を食い入るように雄英生を応援したものだ。今やその2人は応援される側にいる。尤も、本来ならば私もそこにいる筈だったのだけれど。
カウンター端に設置してあるテレビから歓声と、マイク先生の実況が聞こえ始めた。いよいよ今年の雄英体育祭が始まるようだ。マグカップに砂糖とミルクを多めに注いで作ったカフェオレを準備した私はテレビから一番遠い端っこの椅子に座る。ちなみに一つ挟んだ三番目の椅子は死柄木さんの定位置だ。五席ある内のど真ん中を陣取る彼のせいで普段は私の席から殆どテレビが見えない。体を動かして見ようにも邪魔して来るのだ。当人はバラエティー番組なんて絶対興味ない癖に。だって彼は視線をそちらに向けていない。幼稚過ぎる嫌がらせをされているが、以前に比べれば構ってくれるだけ増しだろう。単にここの所執拗いくらい看病で付き纏っていたからその腹いせかもしれないが。
そんな死柄木さんは昨日からアジトに来ていない。もしかしたら一旦自宅に戻っているのだろうか。生活の補助を頼まれた身としてはあまりフラフラと出歩かれては困る。雄英襲撃から二週間経っているとは言え、彼の両腕両脚の包帯はまだ取れていないのだ。何かあればそれこそオール・フォー・ワンに私は殺されてしまう。黒霧さんも何やら探し人がいるらしく不在だ。必然的にアジトには今、私一人しかいない。……と言っても相変わらず逃げるとかは全く考えていないのでこうして一人寂しく雄英体育祭一学年の中継を見ようとしていた訳である。
《選手代表!!1−A爆豪勝己!!》
ミッドナイト先生の放った名前にビクッと反応してしまう。勝己くんが選手宣誓をするのか。両手をズボンのポケットに突っ込んでのそのそと登壇してきた彼は流石としか言えない。そこからはもう勝己くんフルスロットルだ。親指を立てて首を切るジェスチャーをする選手宣誓なんて初めて見た気がする。生徒からのブーイングを浴びながら降壇した彼の目は静かに闘争心を燃やしていた。
障害物競走に騎馬戦と予選から白熱し過ぎて折角用意したカフェオレは最初の一口しか飲んでいない。すっかり冷めてしまったそれをゴクリと飲んで興奮気味の心を落ち着かせる。ヒーロー科は勿論のこと、入学初日の自己紹介でヒーロー科への転科を強く希望していた心操くんも凄かった。カメラに抜かれていない間に騎馬戦で3位に上り詰めるなんて。予選を勝ち抜いた彼に思わず喜びの声を出して椅子から立ち上がってしまった。
「トーナメント戦……出久くんと心操くんだ……」
あっという間に午前の部が終わって中継は一旦お昼のニュース番組に切り替わる。午後の部ではレクリエーションの後にトーナメント戦が控えていた。初戦はなんと出久くんと心操くん。雄英襲撃の件もあって私はどちらかと言えば出久くんよりも今は心操くんを応援したい。あの時、幼馴染達が私を信じてくれなかった事はとてもショックだったのだ。勝手に期待した私が悪いと言えばそれまでだけれど、とにかく心操くんに頑張って頂きたい。
……結果的に言えば惜しくも心操くんは出久くんに負けてしまったし、選手宣誓の伏線回収をしっかりした勝己くんの優勝で幕を閉じた。おめでとうという気持ちと同時に例によって負の感情も抱いてしまう。消化しきれていないそれが胃からせり上がって来て気持ちが悪い。一度全てを吐き出したほうが楽になるのだろう。けれども私はごくりと飲み込んだ。口内に広がる呑酸は何度経験しても慣れないし苦手であるが、嘔吐の方がもっと苦手だ。私は少しだけ休むために手の甲を枕がわりにして頬を置いた。余計な事は考えないように心掛けながらゆっくり目を閉じる。
暫くの間、うとうとと浅い眠りについていたのだが、突如聞こえたバタンッと荒々しい音に何事だと飛び起きた。驚き過ぎて椅子から床に転げ落ちる。なんとも無様な格好で痛めた箇所を摩っていればそんな私に影が差す。
「お、おかえりなさい……死柄木さん」
「…………チッ」
私が何故床に転がっているのか気にも留めない死柄木さんから安定の舌打ちを頂いた。普段の彼であればそのまま奥の部屋へ直行するのだが、定位置に腰を下ろしている。お行儀悪く足を組み、人差し指で苛立ちを表すかのようにトントンとカウンターテーブルを楽器に見立ててリズムを刻む。
「…………」
「…………チッ」
いやいや、舌打ちだけで意思疎通なんて無理だろう。こちらに睨みをきかせて何かを訴え掛けている事は分かるけども口で言ってくれなければ伝わらない。疑問符を頭に浮かべた私に本日三度目の舌打ち。おまけに今回は盛大な溜息もつかれた。この暴君は何を御所望であるのか。未だに床に這い蹲っていたままだったのでよいしょと取り敢えず立ち上がった。そして目にしたのは死柄木さんが私のカフェオレを呷っている姿で。
「…………マズッ」
かれこれ何時間前に淹れたカフェオレだ。アイスカフェオレならまだしも、ホットカフェオレが冷めきっているのでその回答も頷ける。もう一つ原因を挙げるとすれば私の味覚に合わせてあるから甘過ぎたかもしれない。成る程、喉が渇いていたのかと彼の訴えが漸く分かった事の方で頭がいっぱいで、回し飲み事件などすっかり抜け落ちていた。
いそいそとケトルでお湯を沸かし始めた訳だが、その間に会話などない。付けっぱなしにしていたテレビの音に助けられた。番組は夕方のニュース番組だ。お昼の時と違い、保須市に現れたヒーロー殺しの事だった。辺りの惨状を中継リポーターがテレビ視聴者に説明している。現在も逃亡中だという
そういった事を考えていればニュースは暗いニュースから明るいニュースに変わっていた。雄英体育祭のダイジェストや結果について触れている。
「……また幼馴染クンかよ。未練がましいなぁ……。お前はもうこっち側だろ」
「……見るくらい良いじゃないですか」
カウンター越しに対面している死柄木さんから逃れたくてテレビを見ていただけで、今は別に食い入るように見ていたつもりはない。それでも彼には私が幼馴染を応援していると思ったらしい。応援していたのは少しだけ共に学校生活を送ったクラスメイトだ。
「おやおや、何やら険悪な雰囲気ですね。痴話喧嘩ですか?」
「あ、黒霧さん……」
ワープゲートから現れた黒霧さんは死柄木さんと私の間に流れる空気の悪さを帰宅早々感じ取ったようである。誰だって突然そんな渦中に帰って来たら嫌な気分になるだろう。私は申し訳なさに謝罪した。
「黒霧、ヒーロー殺しは?」
「会うことが出来たので少々お時間を頂いて軽く交渉はしてみましたが」
「……それで?」
「その場で即決には至りませんでした。興味があれば是非一度アジトにお越し下さいとだけ。此処を教えておきました」
黒霧さんの報告に不服だったらしい死柄木さんは憂さ晴らしとばかりに私が使っていたマグカップを塵にする。先日黒霧さんが買ってくれた私用のマグカップがお亡くなりになる瞬間を見てしまった。なにやらその犯人はこちらに悪どい笑みを浮かべているではないか。
「精々ヒーロー殺しに殺されないようになぁ?」
「えっ?!」
直ぐに言っている意味が理解出来なかったが、間を置いて自分が寝泊りしている此処に今世間を騒がせているヒーロー殺しが来るかも知れないと分かり心臓が冷えた。ヒーロー殺しなんて二つ名が付けられているなら私は大丈夫ではないだろうか。そう自分で決めつけてみるも死柄木さんがあんな事を言うものだから怖くなってきた。
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