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 念願だった雄英高校経営科の生徒になって早二週間。あっという間にもうすぐ4月も終わってしまう。中学の頃に比べて難しくなった必修科目に加え、経営科の生徒は経営基礎学や経済基礎学等、他クラスでは学べないマネジメントに特化した科目がいくつかある。将来なりたい職に必要不可欠な事を学べるのは嬉しくもあり、楽しいのだけれど。……これがまた難しいのだ。

「う……」

 ひたすら机に齧りつく勢いで板書するのにも慣れたし、広大な雄英高校でも迷わず自分のクラスや移動教室に行けるようにもなった。そんな私でもこればかりは慣れない。通勤ラッシュと帰宅ラッシュの電車だ。

 中学生時代は自転車通学だった。だから実際に通う前は電車通学にワクワクしていた。ちょっぴり大人になったような気がしたから。しかし、いざ蓋を開けてみればそこは戦地だった。これ以上乗れないだろうと思うのにどんどん人が乗って来てギュウギュウ詰め。手摺りにすら掴まれない微妙な位置だったりする日は最悪で。慣性の法則により傾く身体。踏ん張り切れずに倒れて周りの人に謝る日も多い。微動だにしない猛者も見かけるが、私には到底無理だ。生まれ持った体幹なのか、そういう個性なのか、兎に角羨ましい。

 今朝は手摺りには掴まれたけれど、最悪だった。初めは押された拍子に少し接触されてしまったのだろうと思った。けれどもその後何度も私のお尻を触ってくるのでこれはもしやと気分が悪くなった。まさか自分が痴漢されるとは思わなかったのだ。後ろから聞こえる荒い呼吸音も気持ち悪い。やめて下さいと小さな声で呟いても犯人を煽るだけだった。周りの人は気付いてくれないのだろうか。それとも、巻き込まれたくないから見て見ぬ振りをしているのか。誰でもいいから助けて欲しかった。正当防衛だから公共での個性使用だって許されるだろう。こんな時、自分の個性がヒーロー向きの強個性だったら後ろの痴漢魔を撃退出来たのに。

 後何駅我慢すれば良いのか。早く、早く着いて欲しい。相手は私が雄英生であると制服で分かっている筈だから降りる駅も把握しているに違いない。途中下車も考えたがこれを逃すと遅刻するかもしれなくて。

 お願いだから誰かっ―…!

「オイッ!おめェ何してんだよ!痴漢は立派な犯罪だぜ?」

「っくそ餓鬼が!離せ!」

 ぎゅっと目を瞑ってひたすら耐えていたら手の感触が消えた。次いで聞こえた怒号に驚きつつ後ろを向いて見ると、同じ制服に身を包んだ赤髪の少年が大柄な中年男性の手を押さえていた。後者が私を痴漢していた男なのだろう。犯人は男子生徒の手を振り払おうとしているが、腕が全く動いていない。体格差では男子生徒のほうが不利な筈なのに。

 結局次の駅で警備員に犯人を突き出してくれた彼に事情聴取までも付き合わせてしまった。何から何まで至尽せりで。自分が情けない。

「すみません……。遅刻までさせてしまって。ご迷惑をっ」

「謝んなよ。困ってるやつがいたら助ける!俺は漢として当然な事をしただけだからよ」

「……誰も助けてくれなかったから我慢してやり過ごすしかないと思ってたんです。でも、本当は助けてってずっと心の中で叫んでました。貴方は私のヒーローです!!本当にありがとうございました!!」

「っ!……面と向かって言われると恥ずいわ。でもサンキューな。その、……ヒーローって言ってくれてすげー嬉しい」

 髪色に負けないくらいって言うのは大袈裟かもしれないが、顔を真っ赤にさせた彼を見て私にもそれが伝染してしまう。駅のホームで次の電車を待っている間、お互いに何を話せば良いか分からなくて私の口から咄嗟に出たのは万人向きとは言えない言葉だった。

「あの、そういえばお日様の匂いがしますね」

「……え?今日晴れてなくね?……ん?もしかして俺のこと?!柔軟剤か?」

 自分では分かんねぇと袖口の匂いを嗅いでいる彼に笑みが溢れる。柔軟剤が陽だまりの香りかどうかは置いといて、本当に晴れる匂いがする。一房だけ色素の薄い髪がピンっと私の頭頂部で主張する。私はこれをアンテナと呼んでいるのだが、このアンテナによって1ヶ月先まで天気を当てる事が出来たりする。それから個性と関係があるかは定かではないが、匂いにも敏感で。こうして天候の匂いが分かる。勿論今一番のデメリットは香水が混ざり合う女性専用車両には乗れないことだが。

「……曇りのち晴れ。最高気温は22.2℃ 最低気温は10.1℃ 降水確率0% 午前中もポカポカとした陽気になってきます。授業眠くなっちゃいますね」

「まじか。テレビで天気予報見てきてねぇからこの後晴れるって知らなかったわ。座学つれぇな……」

「私の個性、天気予報なんです。百発百中ですから信じていいですよ」

「すげーな!お前の個性!かっけーよ!」

 いつも天気予報なんて個性じゃなくて、天気を操れる個性だったらって思ってた。こんなに本心で私の個性を褒めてくれた人は家族を除けば初めてかもしれない。

 その日、私はお日様のように眩しい彼に恋をした。

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