07
「青空さーん、先日の
「もう出来たの?!凄いっ」
ヘヘッと自慢気な様子を千晴に見せる青年は切島鋭児郎率いるヒーロー事務所に最近入ってきた新人ヒーローだ。この事務所に所属しているヒーローの多くが報告書や顛末書等のデスクワークを苦手としている節がある。勿論彼等の主な活動場所は屋外であるから仕方がないのかもしれない。……単にこの事務所の看板を背負ってる彼が悪く言えば暑苦しくておつむが弱いヒーローばかりを連れて来てしまっているだけのような気もするが。
そんな中、この新人ヒーローは内務作業もテキパキとこなしてくれるので事務員達からの評判が良い。提出して欲しい書類を期日前に渡してくれるし、性格も人懐っこい犬のようで親しみやすい。何故彼に犬耳と尻尾がないのだろうかと逆に千晴は不思議に思ってしまう程。
彼女からすれば彼は職場で働く同僚で、恋人である切島鋭児郎の後輩という認識でしかないが、彼の方は違った。漢気溢れる烈怒頼雄斗に憧れてこの事務所にやって来た彼は、そこで経理担当を担っている青空千晴に一目惚れしていた。切島鋭児郎と青空千晴が付き合っている事は公にされていない。それに加えて前者は親しみを込めて社員全員を下の名前で呼んでいるので、入って間もない新人ヒーローの彼には想い人に既に恋人がいる事を知らないのだ。数ヶ月もすれば2人の間だけ空気が違っているなと勘付いて来るのであるが、どうもそっち方面には弱いようで。こうして今日も千晴に尻尾を振っていた。
「そう言えば気になってたんすけど、青空さんの個性って天気予報でしたよね?その個性なら気象予報士として重宝されるのにそっちの道とか考えなかったんっすか?」
「うーん……確かに今まで何度も言われてきたし、両親にも薦められたよ。でも私の子供の頃の将来の夢、ヒーローだったの。テレビや街中で見た彼等の活躍ってやっぱりキラキラしていてかっこよくて憧れてた。勿論自分の個性的にヒーローになるって夢はすぐ諦めてしまったけど。……やっぱりヒーローに携われる仕事に就きたくて。経営学を学んで今に至る感じかな」
千晴は雄英高校を卒業してからも大学で経営者としての知識を更につけ、資格も色々と取得し、今とは別のヒーロー事務所で経験を積んだ。その頃から恋人と同居生活も始めた。烈怒頼雄斗のヒーロー活動が軌道に乗り、認知度が広まった頃、彼の方から事務所を立ち上げたいからと引き抜かれて今に至る。
「青空さんすげーっす!この前も青空さんの個性のお陰で土砂災害が起きそうな地域に人員配置やその環境に適した個性を持ったヒーローの応援要請も出来たし、青空さんはヒーローっすよ!」
「そんな大袈裟なっ。本業の方に申し訳ないからヨイショしないでいいよ」
ぶんぶんと手を左右に振って否定しているのと同時にアホ毛のアンテナも左右に揺れてしまう千晴。そんな彼女を謙虚で可愛らしいなと好き好きオーラ全開の新人ヒーローは今日こそ食事でもどうかと誘う事を決意した。
「ところで青空さん、この後お時間……」
「千晴にお時間はあってもお前にはねェぞ。お前この後市内のパトロールだからな」
「ええっ!切島先輩酷いっす!オレ昨日もしたっす!」
「パトロールも大事な仕事だぜ?愚痴ってねェで行ってこい。千晴は俺が送ってくから安心しろ」
鋭児郎に手で追い払われた彼の後輩は狡いだの横暴だなど口に出していて一向にパトロールに出る気配がない。鋭児郎は千晴に仕事を切り上げてもらい、逆に此方が退散する事にした。
「それにしても送ってくって……帰る場所同じなのに。鋭児郎くん、彼に対して当たりが強い気がする」
「だってどう考えても千晴に好意あんじゃん、あいつ。隙あらば千晴に話しかけっしよ……って何嬉しそうな顔してんだ」
鋭児郎は自宅に着くなり勢いよくリビングにあるソファに腰を下ろした。そのせいでそこに置いてあったサメとメンダコのぬいぐるみが床に落ちたが機嫌の悪い彼はお構いなしだ。そんな恋人の様子にぬいぐるみを拾った千晴の頬は緩む。
「鋭児郎くんが嫉妬してくれたから、何だか私って凄く鋭児郎くんに好いて貰えてるんだなって」
「そんなん当たり前だろ!じゃなきゃ一緒に住んでねーわ。つか俺ばっか嫉妬してね?」
「私だって嫉妬くらいいつもしてるよ?鋭児郎くんは職場の皆を名前呼びしてるのも正直ムッとするし、女性ヒーローと仲良さそうに話してたりするのも見てて嫌だなぁって思うもん」
ねー?サメジローとぬいぐるみに同意を求めている千晴を鋭児郎は後ろからそっと抱き締めた。自分ばかりが嫉妬していて、彼女に愛想を尽かされていたらと彼は少し心配だったのだ。
「……俺って千晴に愛されてんな?」
「うん、愛してるよ」
「それは反則だろっ」
鋭児郎は我慢の限界だった。彼氏の贔屓目も勿論あるかもしれないけれど、千晴は可愛らしいし、うかうかしてたらそれこそ例の後輩とかに掻っ攫われそうで。元々そろそろプロポーズしたいと思ってはいたのだ。夜景が見える所でディナーをした後にプロポーズはどうだろうとか、色々台詞も考えていた。結局告白の時と同じで予定通りにならなくなるけど、それもある意味自分らしくて良いかもしれないと彼は思った。
「……職業柄、不規則な生活が続く事もザラだし、お前を不安にさせちまうと思う。それでも俺はお前以外に考えらんねーし、お前が他の奴に盗られんのも嫌だ。だからよ……千晴、俺と結婚してくれ」
「っ……はいっ!喜んでっ」
「ありがとな、千晴っ。一生大事にすっからよ!」
千晴の目尻にたまり始めた涙を鋭児郎は優しく手で拭い、そのまま彼女にそっと触れるだけのキスをした。
その後、漢気ボーイとお天気ガールは雲ひとつない快晴の日、沢山の人に祝福されながら結婚式を挙げた。そんな二人の間に小さな命が誕生するのはきっとそう遠くない未来の話ー……。