春、青空と出会いの季節

 今年は暖冬だった。冬が終わりを迎えると瞬く間に春の気候になって、桜はあっという間に葉桜へと変わっていた。今日は夢ノ咲学院の入学式。花と葉が入り混じってどこか寂しげな桜が、新しい制服を見に纏った私たちを祝福するかのように残り少ない花びらを踊らせていた。
 絶好の入学式日和となった今日は、新しい制服がなんだか輝いて見えたりする。学院までの方向は同じなので、翠の家まで迎えに行くと、まるで今日の空のように爽やかなブルーの制服を着た翠が、いつもの調子で眠そうに暖簾をくぐって出てきた。普通科の制服とアイドル科の制服はデザインが違うのでまるで違う学校同士のようだ。まあ、普通とアイドルじゃ棲み分けるのが当たり前か。けど、本当なら私と翠は同じ制服で同じ校舎で、3年間の短い高校生活を送れるはずだったのに、とやっぱり胸の奥が少し痛むような思いがした。


「おはよう翠。また夜更かしでもしたの?眠そうにしちゃって」

「おはようなまえ。はぁ…今日を迎えるのが嫌で嫌で、全然眠れなかったんだよね…もうすでに帰りたい」


 とかなんとか言いながら、きちんと新しい制服を着て約束通り一緒に学院に向かおうとする姿勢を見せている。どうやっても逃げられない現状に、やる気はないものの向き合う決心がついたようだった。
 中学の制服と違って、ブレザー姿の翠は大人びて見えてとても新鮮だった。ついに高校生になったんだなあと、小学校からの付き合いだからこそとても感慨深いものがある。大きくなったなお互い。大人っぽくなった翠を眺めていると、胸が少しドキドキしてしまう。


「…なんか、高校生になると中学の時と違って一気に印象変わるよね。なまえがすごく大人っぽく見えるっていうか…」

「え……?」


 私は目を丸くした。まさに私と同じことを、翠が感じていたことに驚いた。翠は腰と口元に手を当てて、私の頭先から爪先までまじまじと見つめている。あんまりじろじろ見ないでよ、と少し照れ臭くなりながら伝えると、翠は素直にごめん、と一言添えて目を逸らした。
 なんだろうこの空気。急に酸っぱい雰囲気になって、まともに翠の顔が見れなくなった。それはどうやら翠も同じだと察して、益々胸が高鳴った。こんなの、知らない。こんな風になったことが今までないので、一体どうしたものか。何より、翠の様子に戸惑っているのが原因のひとつかもしれない。普段の翠は、パジャマ姿の私を見ても何ともない素振りなのに。
 この空気に耐えられなくなった私は翠の手首をぐっと掴んで無理やり歩き出した。翠は驚いてうわっと情けない声を出す。


「もたもたしてたら遅れちゃうよ、しゃきっとして」

「え…俺の台詞は無視なの…?…ああもう、変なこと言わなきゃよかった…」


 最初は恥ずかしそうに顔を顰めた翠だったけど、私に引かれた腕を見つめながら次第に照れ臭そうな微笑みに変わっていった。ああ、そんな顔しないで。嬉しくて恥ずかしくて、私のほうがドキドキしっ放しだ。
 けれど、そんな足取りも段々と重くなってくる。元々私と翠の家から夢ノ咲学院までの道のりは近い。しかも、普通科の校舎とアイドル科の校舎は別棟のため距離があって、校門も普通科と普通科以外は別なのだ。短い登校時間も終わりだ。分かれ道に差し掛かって、私は足を止める。校門までまだ少し距離はあったが、これ以上はあまり隣を歩かないほうがいい。一般人の私が、アイドルになる翠の横を歩いている所を見られるのは、避けるべきだ。ここから門までは一人で行かなくては。


「…じゃあ翠、ここでお別れね」

「えっまだ校門まで先があるのに…?もう行くの?」

「ごめんね。そもそも校門が違うし、それに普通科の私がアイドル科のほうまで許可なく行ったらだめって言ったでしょ?」

「……なまえ、約束、忘れてないよね?」
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