アルネトーゼ

エピローグ


 青い空に、筆で描いたような細い雲が広がっていた。陽射しは柔らかく、気持ちの良い天気である。
 クリムとケンはオルディタウンにいた。ここへ来ることはクリムの希望だった。辛い思い出の場所ではあるけれど、クリムの原点であり、メーレの最後の軌跡であるこの町に行きたいということが。ケンだっていい思い出のない場所だろうに、快く受けてくれた。
 リブル島の遺跡崩壊の日からいろいろなことがあったように思う。アルネトーゼのことが、もう遠い昔の、懐かしい記憶となっていた。
 プライムがどうしているかは分からない。引き続き監視官をやっているのかもしれないし、きままに世界のどこかを旅歩いているかもしれない。いずれにせよ、プライムが大人しく隠居している姿は想像できなかった。彼のことだ、どこへ行ってもしたたかに生きていくのだろう。
 オルディタウンはすっかり復興していた。クリムがたどりついた時にはすでに水の底に沈んでいた街だけれど、今となっては嘘のように、人々が行き交っている。
 クリムにとっての全ての始まりの場所、オルディタウン。ここに来ることが何を意味しているのかは、クリムにもケンにも分かっていた。けれどオルディタウンの人たちは、クリムを恨むことなく、迎え入れてくれた。それは思いもよらないことだった。
 ケンと復興した町を歩いていると、何者かに声を掛けられた。
「あれ、ケンとクリムじゃないか!」
 それは聞き覚えのある声だった。クリムはハッとして振り返った。まさか、そんなはずは。それは死んでしまったと思っていた人たちだった。
「シエル、ラスタ」
「お久しぶりです」
 最後に会った時とほとんど変わらないシエルとラスタの姿に、クリムは安堵よりも驚愕を覚えた。長かった髪が短くなったり、服装が変わっていたりという違いはあったけれど、紛れもなくラスタとシエルだった。
「え、だって、あの時、遺跡から出てこなかったよな?」
「はい、崩壊に巻き込まれました」
「どうして助かったの?」
「うーん、あの時はなんで助かったのか分からなかったけど、今なら分かる気がする、かな。きっとあたしらを助けたのは、アルネトーゼだよ」
 クリムはハトが豆鉄砲を喰ったような顔をケンと付き合わせた。そのような反応を予想していたのか、シエルは苦笑しながら言葉を継いだ。
「あいつは信仰が力になるって言ってたんだ。だから信じたんだ、救世主としてのアルネトーゼを」
「どうして信じることができたの?」
「アリアーヌが信じてたからかな」
「きっとそうでしょう」
 彼らが言うのなら、その通りなのだろう。クリムはそう思うことにした。そしてこの件が分かれば、聞くことはあと一つだけだ。それをクリムの代わりにケンが尋ねる。
「今までなにやってたんだ?」
「ああ、旅芸人みたいなことをね。クリムゾンテイルって名前で」
 クリムゾンテイル。シエルの旅の理由だったけれど、今はもうなくなってしまった盗賊団と同じ名前だ。忘れられなくて、大切な名前なのだ。そして今も、シエルにとってはかけがえのないものなのだろう。
「みたいなこと、ではなく、旅芸人です。私が歌を歌って、シエルが笛を吹くのです。吹けるようになるまでだいぶ手間がかかりましたけど」
「うるさいな」
 そんな二人のやりとりが微笑ましく、懐かしかった。あの頃に戻ったみたいだ。
 とりとめのない会話をしている四人に、別れの時がやってきた。シエルたちが乗る馬車がやってきた。あれは復興したオルディタウンを、他の街や村と繋ぐ商人の馬車だ。
「じゃあ、私たちはそろそろ行きますね」
「ええ、身体に気を付けて」
「医者に言われちゃ世話ないな。ソッティ・オーバーソ―・ホートゥン」
「シエルはよほど、その言葉が気に入ったようですね」
 クリムとケンもその呪文を唱えた。自分たちの行く先に、彼らの行く先に、光と希望が満ち溢れるように。


【アルネトーゼ 完】



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