アルネトーゼ

#25.贖罪


「放て!」
 ディーナの掛け声とともに矢が飛ぶ。もう残りの矢が少ないことは把握していた。気乗りはしないが、こうなれば白兵戦も辞さない覚悟だ。
 ディーナはルティシアからこのように聞いている。
『彼らは大陸の半分を滅ぼしたがってる』
 最初は信じられなかった。信じたとしても、大陸の半分はリーフムーン王国のことで、それをディーナに伝える意図が見えない。だが、嘘を伝えるために十歳程度の少女が単身トレアナ村からわざわざウィッセルベへ来る理由もない。それにシエルや、ウィッセルベに亡者が蘇った件もある。だからディーナは彼女を信じることにした。シエルとの約束もあったからだ。
 そのことはすぐに父王に相談した。もしここでディーナが個人的にその場所へ個人的に赴くのであれば、国境を侵したとして大きな問題になることもないだろう。ディーナに王位継承権がなく、彼女が王族であることを知られていない限り、どのような行動を取っても王は知らぬ顔をできる。しかしディーナひとりで行ったところで、シエルたちの手助けができるとは到底思えなかった。
 だからといって武装勢力を引き連れて行けば、国際問題になりかねない。それだけは避けねばならなかった。
 そんなディーナの悩みを聞き、父王ハルーシャは言った。
「ウィッセルベは賊に襲われた。賊は海を渡り、リーフムーン領に逃げたらしい。根城はリブル島だ。我々はウィッセルベを襲った賊を捕えるべく、リーフムーンに武装勢力を送り込む。目的を達成した暁には、即座に全ての兵を退く。このことに政治的意図は一切ないと断言しよう」
 なるほど、モノは言いようだ。ディーナは父王に深く頭を下げた。ほんの少しの手勢ではあるものの、兵を連れ、船を全速力で走らせ、ルティシアの道案内を基にリブル島の遺跡へと向かった。そして今に至る。
「ウッディーナ様、矢がなくなりました」
 兵の報告を受け、ディーナは素早くうなずいた。
「では、遠距離からの攻撃はこれで止めにいたします。皆さま、剣をお持ちですこと?」
「はっ!」
「では、参ります!」
 兵たちは雄叫びとともに、ディーナを先頭に遺跡へとなだれ込むようにして突っ込んだ。正直な話、倒しても倒しても起き上がってくる亡者相手にここまでする必要はないかもしれない。シエルたちはもう遺跡の中へ入ってしまったことだし、あとは帰りを待つだけだ。おそらくは誰かの指示を受けている亡者たちが遺跡の付近を離れることはないかもしれない。それでもディーナは戦おうとした。待つだけというのは、ものすごく嫌だった。
 ククリナイフに火を纏わせ、いざ亡者に斬りかかろうとしたその時、不思議なことに亡者たちが一斉に砂となって崩れた。これは一体どういうことなのだろうか。察しはすぐについた。
「シエル様たちが勝ったのね」
 その考えに到るのは安直かもしれないけれど、今はそう信じたかった。


 遺跡が揺れ始めた。一刻も早く脱出しなければ、遺跡の下敷きになって死んでしまえば元も子もない。もともとクリムに大男を支える力などなかったので自分に呪術をほどこしたけれど、本当に助かる。だがこのまじないは、効果が切れた後はしばらく立てなくなるくらいに力が出なくなるという反作用がある。そのためあまり使いたくはなかったが、この際贅沢は言っていられない。
 どうにかケンを支えつつ進んでいると、前から人影が近づいてくるのが見えた。プライムだ。
「無事か、クリム」
「ええ」
「凄い怪我だな、ケンは。シエルたちは?」
「分からない。奥に行って別れたきりよ」
「あんたが大丈夫だというのなら、俺は奥へ行く。後でまた会おう」
「ええ。急いで」
 クリムは闇に消えゆくプライムを見送り、再び歩き始めた。
 小柄なクリムには、ケンの巨体はあまりに重かった。呪術を使ったとはいえ、なぜ支えられているのか不思議なくらいだ。だがそれでもなお、クリムの体力には限界が近づいていた。アルスとの戦いのダメージもある。だからなのか、足があまり上がらなくなっていた。その足は何度も何度も少しの段差につっかえ、ついにクリムは転倒した。歯を食いしばって身体を起こそうとするけれど、立ち上がれそうにない。もう駄目かもしれない――そう思った時、ふと身体が軽くなった気がした。ケンが自力で立てるようになったのだろうか。まさか、この短時間で? だが耳が捉えたもう一つの息遣いで、何者かがケンを支えているのだと分かった。顔を向けると、先ほどケンの下敷きになっていたアルスがケンを支えていた。
「あなた……」
「なんで、なんて野暮なことは聞くなよ。俺は本来、こういう状況ってのは見過ごせない質なんだ。この大男の怪我より、俺の方がマシだろ」
 そうは言っても、アルスのダメージだってかなりのものだったはずである。クリムは鼻から息を吐き出した。
「フェミニストだったのね」
「女には優しくってのが俺のポリシーだ。それと、聞きたいことがあった」
 アルスは「とにかく外に出るぞ」と、一歩ずつ歩き始めた。クリムも足を出す。身体の節々が痛むけれど、牛歩の歩みよりもずっとマシだった。
「敗者の質問を許すなら答えてくれ。俺は今まで、復讐のためだけに生きてきた。リーフムーンのやったことは許せなかった。そして復讐を果たすためなら、手段を選ばなかった。この憎しみが消えることはないと思ってるし、そんな自分は想像できねぇ。でも、あんたはコイツを恨んでいないと言った。なぜだ? なぜそう簡単に、憎しみを手放すことができた?」
 手放したのだろうか。いや、そうではない。死に際のメーレを思い浮かべ、クリムはそう思った。もし憎しみを手放せるのであれば、同じようにメーレの記憶も捨ててしまうだろう。だがクリムにとって、メーレと過ごした時間こそが生きる意味なのだ。メーレと生きてきたから今の自分があり、世界を見て、救える生命を救いたいと考えられるのだ。
「簡単、ではなかったわ」
 もしも簡単に捨てられたのであれば、初めからケンに憎しみを抱く必要などなかったのだ。ケンがしたことが正しかったのだと、クリムは知っているから。
「それはきっと、私が憎しみで生きてるわけじゃないからだと思う。もし、憎いから助けられないって言うのなら、私にメーレの遺志を継ぐ資格なんてなんだわ。それでも憎くて、憎くて、どうしようもなく憎くて、死んでしまえばいいって思ったこともあるけど、でも――」
 仕方のない死なんて存在しない。プライムに告げたその言葉は、クリムの本心であり、クリムの真実であった。どうしようもないかもしれない。どうすることもできないようなことがあるかもしれない。それでも、「仕方がなかった」という言い訳は絶対にしたくない。クリムは地面を踏みしめる足を見ていた顔を上げ、前を向いた。
「でも、それを乗り越えたら、なんてことはなかったわ」
 なぜ憎み続ける自分に優しくするのだろう。なぜ酷い言葉を投げかける自分に尽くしてくれるのだろう。あそこまで生命を張って、クリムを守って――何度も思った。何度も思って、自分を嫌悪した。なぜ許せないのだろう。なぜそんなことができるだろう。幾度もケンを責め、自分を責めた。それでもケンは、クリムを信じ続けてくれた。それがケンなのだ。呆れるくらいに単純で一途だが、その一途さがクリムにそう気づかせてくれた。
「三百年も続いている憎しみを止めるのは難しいかもしれないけど、手を取り合うことだってできるんじゃないかしら。私たちにできたように」
 もしもどこかで止めることができるのであれば、それは今だっていいはずだ。クリムは口許にうっすらと弧を描いた。アルスはクリムのそんな姿を見て、少し考えるような素振りを見せたあと、ゆっくりと喋り始めた。
「マグスは俺にこう言った。憎しみは血だと。どこから始まったのかは分からない。だが神にも等しい親が憎めば、子も同じように憎む。だから血と一緒なんだと」
「でもさ、アルスたちが恨んでたの、ジェラノール? 今の女王様はステーシアだったな。そいつも女じゃないか。女に優しくってのがポリシーなら、優しくすればいいじゃん。そしたら、憎んでたことなんてどっかいくんじゃないかな」
 ケンは意識があったのか。いつもと違って大人しかったから、気絶していると思っていた。三人の中では最も深手を負っているので、そうそう喋ることもできないだろうに、ケンはそう言った。アルスは一瞬面食らったようではあるものの、すぐに鼻を鳴らした。
「はっ、そう言われると自分が馬鹿に思えてきたぜ。けど、そいつは考えてもみなかったな」
 アルスは諦めたように、完全に敗北したかのように微笑んだ。そこに悲壮感などは見られなかった。
「今すぐに考えを改めるってわけにはいかねぇが、そう考えてみりゃ簡単そうだ」
 アルスがそのように言ったころには、出口の光が見えていた。


 マグスは朦朧とした意識の中で、自分が上下に揺れているのを感じた。遺跡が揺れている音がしていたから、それに合わせて身体も揺れているのかとも思ったが、どうにも違うようだ。何事だと思い瞼を押し上げると、確かに景色は揺れていた。しかし身体に触れているのは遺跡の冷たい石ではなく、生きている人の温もりだった。
「プライムか。私はなぜ、お前に運ばれている?」
「あんたを死なせないためだ」
「年老いた身体だ、どうせ瓦礫の下敷きになるか、寿命を迎えるかすればじきに死ぬ。私の生命など、目的を果たせねばそれだけの価値もないというのに」
 ラスタという男に殴られ昏倒した。そのためにアルネトーゼがセリィの身体に本当に宿るところを見ることができなかった。それだけではなく、こうして運ばれているということは、自分たちが破れたということなのだろう――そう思うと、全てがどうでもよくなった。百を超えて数えることをやめたために自分の年齢は分からないが、そんな老いぼれが紋章術などというものを多用したのだ、この生命がこれ以上続くとは到底思えなかった。
「そいつは甘いな、じいさん。あんたは王国を振り回し、ウィッセルベを混乱に陥れた。そいつをほっぽりだしてタダで死ねると思ったら大間違いだ。あんたにはその裁きを受ける義務があるはずだ。ここで死ぬなどと、勝手なことは言わせない」
「ふ、そうか」
 この男は、リーフムーン王国の役人であった。そんな男が、よもやマグスの蘇らせたラファの想い人とは知らなかった。世の中狭いものだ。
「私はお前に興味があるな」
「なんだ、じいさん」
「お前はなぜ、リーフムーンの役人になったのだ? ラファと面識があったのは、ウェスパッサだったはずだ」
「そうだな、生まれ変わって生きていこうと思ってたまたま選んだ場所がリーフムーンだったのだ。それじゃあ駄目か?」
 プライムは笑っていた。細かい経緯はどうであれ、そのことに偽りはないのだろう。プライムはマグスが何も言わないからか、続けた。
「そりゃ、今のこの年になってしまうと、何をするにも理由やこじつけが必要になるさ。だが二十年前の――あの時の俺には何もなかったからな、だからできたんだろう。じいさんにも、新しい暮らしってのは難しいかもしれんが、不可能ではないと思うぞ。この遺跡で一度死んだものだと思えばな」
 自分の半分ほどしか生きていない男に諭され、マグスは口許に弧を描いた。
「それも悪くないかもしれないな」
 今まで憎しみを糧に生きてきた。物心ついたときからそれだけを胸に生きていた。それ以外の生き方など知らなかった。そのまま、気がついたら百を超えていた。
 思えば色々なことがあった。若いころの記憶ほど鮮明に蘇る。ずっとこの日のために生きてきたのに、結局何ひとつとして成就されることはなかった。何のために、自分のこれまでの人生はあったのだろうか。それを、ここで死んだことにしてやり直すことなど、本当にできるのだろうか。ここまで長いこと生きてきた身体で無理をしたことで、自分の寿命はもうほとんどないに等しいのに、そのようなことが可能なのだろうか。
 だが、マグスにはすでに思い残すことなどなかった。自分の長い長い人生に悔いはないし、今となっては目的を果たせなくなってしまっても、それはそれでよかったのではないかと思っている。
 マグスはプライムの背中で目を閉じた。



 雲行きがどうにも怪しい。走りながらプライムは眉根を寄せた。あれだけぺらぺらと喋っていたマグスは無気味なほど何も言わなくなったし、遺跡の揺れも心なしかひどくなってきた気がする。遺跡が崩れる方が先か、脱出するのが先か――どちらにせよ、プライムがすることに変わりはない。一歩でも、一歩でも多く、少しでも早く、前へ。その気持ちで、人一人を背負ったままプライムは身体を押し出していた。
 出口が見えてきた。もうすぐ出られる。出た。脱出した。そこにはディーナとゼリドが、ケンが、クリムが、そしてなぜかアルスがいる。石ではなく、土を踏んだ。その瞬間、遺跡は脆く崩れ去った。衝撃が来る。プライムは止まることなく遺跡から少しでも遠くに離れた。風がプライムを追い抜いて行く。振り返ると、崩壊した遺跡から土ぼこりが立っていた。
「あっという間だったわね……」
 華奢な肩をケンに貸していたクリムが呟いた。全てが消えていく。それはアルネトーゼの神殿か、過去に囚われた生きる亡者たちの想いなのか――そのどちらでもあるだろう。
「皆さま、ご無事でなによりですわ」
「こいつは任せろ!」
 外でしんがりを務めていたらしいディーナとゼリドがクリムに駆け寄った。ゼリドはケンの身体を受け止め、比較的細身の身体でケンを抱えた。ケンの重みがなくなったクリムがその場に崩れる。小さなルティに顔を向けると、十歳とは思えないような、穏やかな微笑みを湛えていた。
「あれ、これで全員ですの?」
 ディーナが顔をしかめる。辛うじて飛び出したクリムとケン、プライムに抱えられて共に脱出したマグス、クリムと共に遺跡を出てきたアルス――。
 足りない。確かにいない。プライムは崩れた遺跡を見た。
「ラスタとシエルは!」
 途中でシエルやケンたちと別れ、ラファをその手に掛けてすぐに追いつこうと、奥へ入っていった。クリムたちとすれ違い、奥の行き止まりで倒れたマグスを発見した。二人はマグスを倒した後、先に出たのだと思い込んでいた。だが途中でシエルたちとすれ違うことはなかったではないか。
「マグス、おい、どういうことだ!」
 マグスから返事はない。彼はプライムの背中で死んでいた。嫌に静かだと思っていたら、そういうことだったのか。プライムは大きく舌打ちをした。
「そんな、あの二人は……」
 ディーナは呆然と立ち、腰を下ろしたアルスが目を伏せる。ゼリドは険しい表情で遺跡を睨みつけている。
 本当に呆気ないものだ。プライムに見せた勇ましい決意も、彼らを駆り立てた信念も、全ては呆気なく終わってしまった。
 プライムはいつまでも死体を背負っていたくないからと、マグスを地面に降ろした。死人に何を聞いたところで、別れたシエルたちが何を為したのか、何かを為すことができたのか、それは分からずじまいだ。だが頭たるマグスが死に、アルスが戦意喪失したのであれば、復讐者たちの意味は失われるだろう。
 終わったのだ。アルネトーゼに始まったこの旅が、ここでようやく終わったのだ。
 プライムはクリムの頭に手を置いた。崩れ去り、土ぼこりの収まりつつある遺跡を眺めるクリムからは、振動が微かに伝わってきた。

★☆★☆

 あれだけ世間を騒がせたマグスは、遺跡が崩壊したころにはすでに死んでいたそうだ。寿命という話である。マグスの代わりにアルスが裁きを受けた。復讐者は他にはいなかったようだ。そのほとんどが死者だったのだから。
 セルナージュでそんな話をプライムから聞き、ケンは隣にいる傷だらけのクリムを見た。クリムは無表情のままその話を聞いている。ケンはなぜか、無性にクリムを抱きしめたくなった。けれど、ケンはクリムを抱きしめなかった。ここで踏ん張っただけ、少しは成長したかもしれない。
 今はもう、ケンを覆う鉄の鎧はなかった。遺跡での戦いで大破してから、左肩に盾のようなものをつけただけで、新調はしなかった。視野は半分になってしまったけれど、そのうち慣れるだろう。
「ステーシア女王が演説をするんだとさ」
 プライムからの情報で、クリムとケンも広場に集まった。ステーシア女王といえば、クリムとケンは会ったことがないけれど、ラスタやシエルは直接対面したことがあると言っていた。今さらながら、とんでもないことに巻き込まれていたのだと実感する。
 ざわめく民衆の前に、女王ステーシアが姿を現した。声がぴたりと止む。絶世の美女とうわさされるその姿は、名声に違わず美しかった。太陽に煌めく金の髪が風になびき、慈愛に満ちた青い目が民たちに向けられる。赤く瑞々しい唇がゆっくりと開いた。
「皆さん、本日はお忙しい中こうしてお集まりいただき、誠にありがとうございます」
 女王の声はよく通った。
「本日お集まりいただいたのは、皆さんに真実をお伝えしたかったからです。私たち王族の犯した罪を」
 女王はゆっくりと民衆を見回した。
「私たちの王国は、皆さんもご存知の通り、多くの血と涙の上に成り立っています。そして今度も、その歴史のために、多くの人が犠牲となりました。しかし私たちが復讐者として恐れていた悪魔は消え去りました。彼女はかつて、一人の母親であり、〈アルネトーゼ〉という名の救世主を信仰していました。そう、私たちが悪魔と呼んでいたものです。しかし真実は、私たち王家が彼女の住処を蹂躙したことで、救世主アルネトーゼが悪魔へと塗り替えられたのです。そう、他でもない我々の手によって」
 声にはだんだんと力がこもっているように感じられた。
「私たちは、二度とこのようなことがないよう、後世にも向け代々国を営んでいく所存です。そのために皆さんの力が必要です。間違ったことは、臆せず間違いだと言っていただきたい。取り返しのつかないことになってしまう前に。国は一握りの王族だけが統治するものではなく、民の手で作り上げるものだと思っています。だから力を貸してください。声を聞かせてください。私たちは、過ちを繰り返さないよう、より良い国をつくっていくことをここに誓います」
 民衆から歓声が沸く。その声にかき消されない女王の声は、本当によく澄んでいて、よく通っていた。

 女王の演説が終わると、民衆はあっという間に散り散りになった。
 これからどうしようか。そんなことを考えながら、ケンはクリムの視線に気が付いた。
「これからどうするつもり?」
 クリムに尋ねられて、ケンは「うーん」と唸った。
 クリムがこれから先どうするかなど、今さら聞くまでもない。けれどケンには特別したいことはないし、心のままにクリムに付いていったところで、片目を失ったケンが彼女の役に立てるかどうかは分からなかった。最初に唸ったまま何も言えずに悩んでいると、クリムが切りだした。
「あなたさえよければ、一緒に来てほしいの」
 ケンは言葉を失った。聞き間違いだろうか。あまりに嬉しくて、言葉が出てこない。
「私ひとりじゃ、きっとまた行き倒れるわ。だから、旅慣れた人に一緒に来てほしいの」
 簡単に想像できた。クリムは周りのことこそ良く見えるけれど、自分のことは全く気にかけない。そのためにクリムの助けを必要としている人たちのところへ辿り着けないのは大問題だ。ケンは破顔した。
「うん、もちろんだ! クリムを守るのは、俺の役目だからな!」
「ええ、これからもよろしくね」
 クリムの言葉に感激したケンは、結局クリムを抱きしめた。



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