古のフェリクシア
#01.望郷の念
青い光が世界を包む。
――帰りたい。
見たことのない世界。知らない世界。けれど、どこか懐かしい。
――帰りたい。
どこへ? そこはどこなのだろう。
生きている記憶を辿っても、村から出たことのない彼女が知るはずもない。だがとても鮮明で、恋しい。
「フィラ、フィラ」
遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。行かなければ。しかし足が動かない。足だけではない、ふり返るために首を動かすこともできなかった。
――待って、すぐに行く。
言おうと思った言葉も、口ばかり動くだけで声が出ない。何故だろう。呼ばれているから行かなければならないのに、そこへ行きたいのに、彼女はどこかも分からない場所に帰りたいという気持ちの方が大きかった。
「フィラ、起きなさい、フィラ!」
「わっ」
突然、落下した衝撃を味わった。しかし動かなかったはずの身体が動く。両手で頭を押さえながら目を開けると、母親がさかさまに見えた。
「痛い」
「そりゃ痛いでしょうよ、ベッドから落としたんだから」
「わざわざ言葉で説明してくれなくても、分かるわ」
「だったら目もばっちり覚めたでしょう。早く起きて準備なさい。ユーリちゃんが来てるわよ。約束してるんでしょう? 全く、寝坊助なんだから」
ユーリ。約束。
その二つの言葉を寝起きの頭に入れた途端、完璧に覚醒した。
「わー、そうだった! 大変!」
フィラは慌てて、長い銀髪をサイドテールにし、着替えて家を飛び出そうとドアを開けた。
「行ってきまーす!」
「こらフィラ、カバン忘れてるわよ!」
「あっ」
「急いでる時ほど落ち着きなさい」
声が上ずっているフィラとは対極的に、母は至って冷静だった。肩までの栗色の髪を揺らし、駆け出すフィラを見送る。
友だちのユーリは、フィラの家の庭で、鮮やかな紫色の花を見ていた。黒い髪を、フィラのようにサイドテールにしている。
「ごめん、ユーリ!」
「遅いよ、フィラ。よりにもよって今日寝坊しなくたっていいじゃない」
「本当にごめん!」
「まあ、まだ余裕あるし、急ぐ必要はないんだけどね。早く行こう。馬車のおじさん待たせてるし」
「うん」
二人の少女は、お揃いのサイドテールを揺らしながら馬車へと走った。
馬車の荷台に座って、二人は過ぎゆく風景を眺める。小さな村の古い家々が遠く、小さくなっていく。青い空には、白い雲が呑気にふわふわ浮かんでいた。
「そういえばフィラん家の花、綺麗に咲いてたね。アジーナだっけ?」
「え、慌ててたからよく見てなかった」
「勿体ない! あんたの目と同じ色の花が咲いてたのに」
赤みがかった紫のアジーナと同じ色の虹彩――フィラはそれを少し気にしていた。母もユーリも綺麗だと言ってくれるけれど、皆と違う目は好きになれなかったのだ。
「そんなに私の目、綺麗じゃないよ」
フィラはサイドテールにした髪をいじった。この銀の髪も、どちらかというと好きではない。輝いているようで綺麗だとか褒められることはあるけれど、生まれつきの銀髪など、普通ではない。気味が悪いだけだ。それでも伸ばしているのは、母が勿体ないと言うから。
「あ、ごめん。それよりさ、その髪型いいね。ノアとお揃い」
「ありがと、ユーリ。ユーリも素敵よ」
少女たちは顔を見合わせ、にっこりと笑う。
サイドテールは彼女たちにとって特別だった。ノア――憧れのアイドル歌手が、サイドテールが好きで、よくこの髪型をしているのだ。
「本当に本物のノアが見られるんだよね」
「うんうん、すっごく楽しみ!」
「信じられないよね、ノアが隣村の出身だなんて」
フィラは全力で頷いた。しかも、ノアはフィラやユーリと同じ十五歳だというのだ。投影機や写真で見るノアは大人びていて、色っぽくて、眼差しが強くて――同い年だとか、近しい人物であるとか、そういう風にはとても思えなかった。
「あ、見えてきたよ!」
ユーリが立ちあがって馬車の前方を指さした。指の先には、白くて高い建物が立ち並ぶ、大陸で一番大きな街セレストが見えた。
「コンサート会場はどっちかな」
「なんだかすごい人だねぇ」
ユーリはフルーツをミックスさせたスムージーを手に持って、フィラは大好物の甘酸っぱいラズベリークレープを食べながら街を歩いていた。右を見ても左を見ても、人が絶えない。それはセレストが大都市だからか、それともノアのコンサートがあるからなのか、それは分からなかった。ただ、道行く人の中にサイドテールをしている女の子を見ると、不思議と親近感が湧いた。
ノアはやっぱり、すごいなぁ。サイドテールの女の子が満面の笑みで歩いている姿を見ると、フィラも嬉しくて、長いサイドテールにクリームがつかないように後ろに流してから、クレープを頬張った。
「コンサート行く人いっぱいいるみたいだから、迷わなくて済むね」
「あはは、そうだね。ねぇ、コンサートが終わったら、いっぱい買い物しようよ!」
街に出なければ見かけない店に、フィラは浮かれていた。見渡せば、お洒落な服や、アクセサリーがたくさん売っている。雰囲気のいい喫茶店もあるし、可愛い小物が置いてある雑貨屋さんもある。こんなことでもなければ滅多に街になど出ないので、こんな時にこそ街を堪能したい。
「うん、そうしよ! そういえばね、子どものころから気になってるケーキのお店があるんだけど――」
「わっ!」
「おっと!」
キョロキョロとしていたからか、落ち着きがなかったからか、フィラは男の人とぶつかった。その時に嫌な感触を確かに覚えた。
「ごめんなさい!」
慌てて頭を下げてから改めて相手の様子を伺うと、怒ってはいなかったけれど、高そうな青い服にクレープのクリームがべっとりと付いているではないか。
――どうしよう。
高そうな服を汚してしまった。これではどれだけ謝っても足りないだろう。しかし小さな村から出かけてきただけの十五歳の少女は、弁償できるようなお金は持ち合わせていない。フィラが困り果てていると、青い服の青年は、晴れ渡った空のように青い目を細めた。
「いえ、いいのです。怪我はないようですね、良かった。こちらこそ申し訳ありません。折角のクレープを台無しにしてしまいましたね」
青年の声は少し高めで、温厚そうだった。そして人相も優しそう。サラサラとした藍色の髪は、いい香りがする錯覚さえある。
「いえ、そんな、クレープなんていいんです。あの、本当にごめんなさい」
「気にしないでください。それでは、私は急いでいるので、これで。コンサート、楽しんでくださいね」
高そうな服にクリームが付いてしまったことも気にせずに、青い青年は行ってしまった。フィラはその後ろ姿を、ただ茫然と眺めていた。
「フィラ、どうしたの? いいって言ってくれてるんだから、そんなに気にしなくてもいいのに。あ、それとも、一目惚れ?」
ユーリが面白そうな意地の悪そうな声でそんなことを言ったのも、遠くに聞こえる。
――私、あの人を知っている?
初めて会った気がしない。どこかで会ったのだろうか。あそこまで印象的な人物であれば、覚えているはずだが、まったく思い当たるふしがない。
「フィラ? ねぇ、早く行こうよ。いい席取られちゃうよ」
「あ、ユーリ、ごめんね。そうだね」
「どうしたの? まさか、本当に好きになっちゃったの?」
歩みを進めながら言うユーリに、「まさか!」とフィラは反論した。
「初めて会った人をいきなり好きになるなんて、私にはありえないよ。それに、もし仮にそうなったとしたら、絶望だよ。印象最悪だし、服汚しちゃったもん」
「それもそうだね。望み薄って感じ。でも、ちょっと格好良かったね。村のいも男とはレベルが違う! 私も結婚するなら、ああいう洗練された人がいいなぁ」
「ふふ、そうだね」
「ここが受け付けっぽいね! いよいよって感じ、ドキドキする!」
ユーリとフィラは二人できゃーきゃー騒ぎながら、それらしい列に並んだ。女の子たちはみんな、同じようにサイドテールをしていた。
いよいよ始まった。乱舞する色とりどりの光たち。爆音とともにノアが出てくる。
『みんなー、今日はあたしのコンサートに来てくれてありがとう! 最後の瞬間まで、楽しんで帰ってね!』
歌が始まる。黒い艶やかなサイドテールが揺れる。力強い音に、力強い声に、心臓が共鳴する。
会場にいる大勢のノアのファンが歓声を上げる。それぞれにノアの歌を歌う。これがコンサートの一体感。噂には聞いていたが、頬が紅潮するほどにフィラは興奮していた。
楽しくて、刺激的で、本当に嬉しかった。ノアを生で見られるし、言いようのない一体感で満たされる。その分だけ、終わりも早かった。あっという間に最後のナンバーだ。曲名は『パトリア』、優しい雰囲気のバラードだ。曲名の意味どころか、どこの言葉か、何を歌っているのかは正直分からないけれど、聞いていると胸が締め付けられる。けれど、そんな感覚を抱くこの歌が、フィラはたまらなく好きだった。きっとノアが歌う歌の中で、一番。
――帰りたい。
ふと、昨夜見た夢を思い出した。青い夢。青い光。知らない場所。家があるけれど、帰りたいという気持ちが一層強くなる。どこなのだろう、あそこは。
涙でノアの姿が滲む。これまで、歌を聞いて泣いたことなどないのに、不思議だ。淋しくて切なくて、懐かしい。
熱狂のコンサート会場を後に、熱が冷めないまま、ユーリとフィラは高い声で感想を言い合った。
「すごかったね! ヤバいよね! びっくりだよね! 夢みたい、あの光とか、あの音響とか!」
「うん! 紋章技術さまさまだね!」
紋章技術とは、紋章術を機械に応用したものである。
紋章技術が一般的になり始めたのは、ここ4,5年のことである。最初は何やら批判めいたものが多かったが、あっという間に技術が進歩し、今では一般家庭にも普及しつつある。
「本当、感動だったなぁ。特にシメのバラード、良かったよねぇ」
「うん。私、泣いちゃった」
本当に素晴らしかった。フィラの胸は感動で溢れている。しかし、紋章技術に対して手放しで喜べないところもあった。
それは、生前祖母が口を酸っぱくしていたことである。
――紋章技術は使ってはならない。あれは確かに、私たちの生活を豊かにしてくれる。けれど、私たちから生命を吸い取る魔の発明なのよ。だから、紋章技術を使ってはいけない。お願いだから、使わないで。私はお前たちが心配なのよ。
まばゆいばかりの光も、神秘的な煙も、どこまでも響くノアの歌声も、感動的だったけれど、ただそれだけが影を落とす。
――何もないところからは、何も生まれないの。
実例を知らないフィラにとって、祖母の言葉は根拠に乏しかった。だからこそ、呪いのようでもあった。祖母のことは大好きだったけれど、ノアに惹かれれば惹かれるほど、ひっかっかる。
「フィラ、あそこのケーキ屋。ほら、さっき私が言ってたお店! ね、行こう!」
ユーリがフィラの手を引っ張る。そうだ、今は祖母のことを考えても仕方がない。街を堪能しなければ。
ユーリの指差した先に会ったのは、店先に野いちごがたくさん植えてある、木造の小さな、かわいいお店だった。
「うん!」
二人はそれぞれに好きなケーキとハーブティーを楽しみながら、尽きることのない会話で盛り上がった。ノアのこんなところが素敵だったとか、村の誰が誰を好きだとか、本当にとりとめのない話だ。ひとしきり喋ってケーキの皿が乾いたところで、二人は喫茶店を後にした。
まだサイドテールの女の子たちが街を歩いている。コンサートは終わってしまったけれど、やっぱり夢ではないのだと、妙な現実感でフィラは嬉しくなった。フィラはその中に、黒い艶やかな巻き髪の女性を認めた。サイドテールではない女性が珍しいわけではない。だが目を引いた。その顔に見覚えがあった。
「ノア……?」
「えっ」
嘘だ。なぜこんなところにノアが。ウェーブのかかった黒い髪を下ろしている。コンサートの時に着ていた服ではなく、地味な服。それでもノアと分かったのは、決して物怖じしない印象を受けるピンと張った胸なのか、それとも長い睫毛から覗く目の力なのか。
「ああ、さっきコンサートに来てくれた子ね?」
ノアは胸の下まである長い髪を揺らし、柔らかい笑みを浮かべた。フィラの心臓がはちきれんばかりに高鳴る。
「え、あの、はい、そうです! ものすごくファンで、その、嘘みたいですっ!」
「うふふ。嬉しいわ。あなた、名前は?」
「フィラです! こっちは友だちのユーリ。うわぁ、ノア様に名前聞かれるなんて、ものすごく光栄です!」
声が上ずって、自分でも何を言っているのか分からない。だって、夢みたいだ。憧れのノアとこんな風に話すなんて。
「そう、フィラっていうの。いい名前だわ。それに、綺麗な髪。羨ましい」
「そんな……」
ノアがフィラの髪をさらさらと梳く。ノアの赤みがかった紫の目がフィラの顔をまじまじと見つめる。
「目の色もお揃いね」
「あ、あの……」
「あっと、早く行かなきゃキリウにどやされる。じゃあね、フィラ」
軽やかな足取りで去っていくノアの後姿を眺めながら、フィラは頬が紅潮していくのを感じた。一呼吸遅れて、ユーリがサイドテールを揺らしながらフィラに顔を向けた。
「うっそー! 今の本物じゃん! すごい、びっくり!」
唇を尖らせたユーリがフィラの腕を掴む。
「いいなぁ、フィラばっかりずるい。ホントにずるい。ノアにあんなことされて、ずるいよ」
「いや、本当にたまげた。びっくりした。心臓止まるかと思った。私もう死んでいい」
「本当だよ、死ねっ」
「やだ、生きる!」
「本当いいなぁ。ノアとお揃いの眼なんて。あーあ、あたしもアジーナの瞳に生まれたかった」
「もう、すぐそうやって言う」
だが、ユーリの言うとおりである。フィラは生まれて初めて、自分のコンプレックスでしかなかった髪と目を好きになれそうだった。
村へのお土産や、流行りのお洒落なアクセサリーを心行くまで買い込んだ。そうして滅多に来ることのできない街を堪能してから、馬車乗り場へ向かう。両手いっぱいの荷物は、二人の宝物だ。二人ともとても幸せそうに、満足そうに笑っていた。
「こんなに買い込んで! ってお母さんに怒られそう」
「ほんとだね。お小遣いもなくなっちゃった」
「また来たいね」
「本当」
「あっ」
ユーリがフィラの肩を叩き、とある方向に顔を向けた。
「フィラ、あの人!」
「え、あ、本当」
忘れるはずもない。あの青ずくめの彼は、昼間にフィラがクレープで服を汚した青年だ。忘れがたい印象の青年である。
「あの、お昼は本当に、申し訳ありませんでした」
「いいのですよ、そんなことは。それよりも」
青年の青い目がフィラを射抜く。それまで全くなかったが、言いようのない不安を感じた。
「あ、あの――」
「申し訳ないと思うなら、私と来てください、ノア様」
「え」
今青年は、フィラをノアと呼んだか。フィラは顔を左右に振った。
「人違いですよ。ノア様はまだ街にいるのでしょう? いえ、知りませんけど。私、ノアという名前じゃありませんよ」
「いいえ、あなたはノア様です。その銀の髪、アジーナの瞳。紛れもなく、私が探し求めている、尊いお方です」
「あの、何を仰っているのですか?」
フィラは少し怖くなった。だって、普通ではない。突然こんなことを言ってくるなんて、頭のおかしい人に決まっている。
「そうよ、軟派にしたって、下手くそすぎる! 出直してきた方がいいですよ」
ユーリがフィラの前に出た。するとそれまで温厚そうだった青年の表情が、すっと冷たくなった。
「私はノア様と話している。下衆な勘繰りはやめてもらおうか。いかにノア様のご友人とて、容赦はしない」
この人は本気だ。きっと本当にフィラをノアだと思っていて、フィラがどう反論しようと、フィラを連れていくつもりだ。そう直感したフィラの頬を汗が伝う。
「ユーリ、下がって――」
「フィラ、この人危ないよ。逃げよう」
ユーリがフィラを突き飛ばす。青年は「この」と口にするのと同時に、隠し持っていたらしい刃物でユーリを斬りつけた。
「ユーリ!!」
「やっぱりね。女の子を口説くのに、そんな物騒なもの持ち出しちゃ、卑怯だ」
卑怯とかそういう話か。そんなことを言っている場合か。
痛い。ユーリが切り付けられたところが疼く。フィラが切られたわけではないけれど、このようなところを目にするのが初めてだからか、思わず手を当てるほどに痛かった。
「フィラ、早く逃げて!」
早く逃げろと言われても、足が動かない。
「うるさい、邪魔だ」
「きゃあ!!」
一瞬だった。ユーリの頸動脈が掻き切られた。大量の血が噴き出して、青ずくめの青年とフィラを赤く染めた。フィラはその光景から目が逸らせなかった。血が止まったと思ったら、ユーリがぐったりと首を垂れた。
「ユ……」
青年の目がフィラを捉える。恐怖で涙があふれて止まらない。
青年はフィラのそんな様子などお構いなしに、フィラの腕を強くつかんだ。
「さあ、一緒に来てください。あなたは私と来るべき方だ」
「い、いや。どうしてなのですか!?」
「ご自分の価値を分かっておいででないのか。あなたは尊い血を受け継いでおられる。その自覚をなさるべきです」
「分かりません! 離してください!」
「時に、どことも分からない場所へ帰りたいと思ったことがおありではありませんか? だからあなたはノアのあの歌に惹かれ、ここに来たのではありませんか?」
何故だろう。どことも分からない、青い光に包まれた世界を思い浮かべた。
――帰りたい。
その思いをこの男は知っているというのか。青い光に包まれた世界は、白い石でできた都市のようでも、神殿のようでもある。そんな光景を脳裏に浮かべながら、しかし、フィラは現実に意識を戻した。
「ないわっ! ないから、だから、離して! ユーリ、ユーリ!!」
ユーリが動かない。動かない。だって、急所を掻き切られて、あんなに血を流して、生きているはずがない。フィラにはユーリの瞳孔が開き切っているのが見えていた。断末魔だって聞こえた。だから、だから、ユーリは――。
「ユーリ、ユーリ!!」
分かっているのに、口を開けば彼女の名を呼んでしまう。今度は自分がこうなるのだと思うと、不安で不安で仕方がなかった。ずっと一緒にいた友人の死が、本当に衝撃的だった。
「いい加減、大人しくなさってください」
「いやっ! 離してー!」
その時だった。大きな人の影が二人の上に落ちた。大きな手が青い青年の手首を掴む。
「その手を離しな」
「君――」
ようやく腕が解放される。指先が熱くなった。余程強く握られていたらしい。ただフィラに理解できたのは、よく分からない、赤い髪の男が増えたということだけであった。