古のフェリクシア

#02.銀の乙女


 見上げた空高く、太陽が昇っていて、重そうな灰色の雲が流れていた。すこし湿気た穏やかな風は、雨上がり特有のにおいを運んでくる。そんな広い平原を宛もなく歩きながら、大柄な男は溜息を吐いた。その背には身体ほども大きい、板のような剣を提げている。
 かつては世界中で、旅人たちの交流が盛んに行われていた。しかし、交通機関が発達し、歩いて旅をする者が減った。彼は世界を旅歩く、今はもう珍しい風剣士その人なのである。
 一陣の風が吹く。肩口まである赤い髪をなびかせ、去ってゆく。彼は足元を伸びる街道の先に、村の影を認めた。今日はあそこで寝よう。野宿となっても仕方のないことだが、運が良ければ誰かが泊めてくれるかもしれない。男は至極楽観的に考えながら、村へと足を踏み入れた。
「この村に、泊めてもらえるような場所はあるか?」
 男は鬱陶しい髪を掻き上げるわけでもなく、その隙間から黄土色の三白眼で女性を見下ろした。女性は彼に慄きながらも、「あちらに村長のお宅があります」と指さして教えてくれた。お世辞にもいい人相などといえるものではないという自覚はある。女性が逃げ出さなかっただけでもありがたいことだ。
 男は女性に教えられた家のドアをノックした。家の中から、腰の曲がった初老の男が出てきた。
「こんにちは。このような場所に何のご用ですかな?」
「たまたまこの村を通りがかったので、一夜の宿を探している。村の人に聞いたら、ここに行けと言われた」
「なるほど」
「金ならある」
「いいでしょう。食事も寝床も用意いたしましょう。ですが、お金はいただきません。その代わりと言ってはなんですが、一週間ここにいてはくれませんか?」
「一週間?」
「はい。見たところ、腕力と体力には自信がありそうなので、力仕事を任されてほしいのです」
 村長の目は、男の黒いベストから伸びる太く逞しい腕をまじまじと見ている。そしてそれは彼にとっても見かけ倒しなどではなかった。
「なるほど。まあ、悪くはねぇ。俺はディオだ」
「ディオ様。良かった。助かります。まあ、とりあえずは中へ。今日のところはくつろいで下さってかまいません。ああ、私はシオといいます」
 シオに案内され、ディオは家の中に足を踏み入れた。早速人のよさそうな、小柄でふくよかな女性がディオを出迎える。
「サナ、客人が来た。部屋は空いているかね?」
「あら、お客様? あらあらまあまあ、ええ、ええ。空いていますとも。こちらですわ」
 あなた様には少し狭いかもしれませんね、と、サナと呼ばれた婦人は苦笑いを浮かべた。ディオのような巨漢が来れば、かなりの広さがなければ、どのような部屋であっても窮屈さを禁じ得ないだろう。
「何かあったら何でもお申し付けくださいね。私のできる範囲でしたらお応えしますわ。お食事ができたら呼びますから、それまでゆっくりなさってください」
「恩に着る」
「そんな大層なものは着なくていいのですよ。明日たくさん働いて下さるそうですし」
 来客で嬉しそうな婦人が部屋を出ようとしたその時だった。
「村長!」
 激しいノックの後、返事も待たずに、若者が家に飛び込んできた。思わずディオもその様子を覗く。
「どうした、血相を変えて」
「ヤールが馬車の下敷きになっちまって。しかも土がぬかるんでるんで、何人もで入ると足を取られてしまうんです。どうしたらいいですか?」
「困ったな……」
「どれ、俺が見てこよう」
 ディオは背負ったままだった荷物と大剣を下ろした。
「ディオさん、いいのですか?」
「村長、この方は?」
「通りすがりの旅人だよ。泊めてほしいというので、明日働いてもらうことを条件に泊めることにした。見ての通り、頼もしそうな太い腕をしていてな」
「本当だ、凄い腕。って、それはいいんです、急がないとヤールが。とにかく、こっちです」
「分かった」
 駆け出す若者をディオも追いかける。その先には、溝にハマった馬車があった。ヤールという男は、どうやら圧死は免れているようだが、脚の方は当分使い物にならないだろう。下の隙間は見るからに狭い。
「なるほど。こいつは確かに、難しそうだ」
 しかし、ディオはその光景を見た瞬間に、自分なら朝飯前だと確信した。それは決して慢心でも、自信過剰でもない。ディオは土を踏みしめて足を固定させ、下から馬車を持ち上げた。
「早く引っ張り上げろ」
「はい!」
 男たちが三人がかりでヤールを引き上げた。それを目視で確認し、ディオは馬車を降ろした。思ったよりもヤールの傷は深そうだ。ディオは三人の男に指図した。
「おいお前、そっち持ってろ。お前のそれ貸せ。とりあえず止血する」
「お、おう」
 面長の若い男が脱いだ上着を、ヤールの傷の上で縛る。手早く処置を終え、ヤールに負担がかからないよう、抱え上げた。
「安静にできる場所へ運ぶ、案内しろ」
「わっ、分かった!」
 案内されたのは彼の自宅だった。ヤールの妻と思しき女性が、心配そうな表情でディオとヤールを見ておろおろしている。ディオは「生命に別状はない」とだけ言って、ヤールをベッドにおろした。

 靴やズボンに付着した泥を軽くそぎ落としてから、シオと共に彼の家に戻った。
「いやぁ、たまがった! 風剣士っていったら、やっぱり働かない人って印象が強くてねぇ。それか、働くのが嫌で家出したロクデナシというか。ちょっとその考えは改めなきゃいけないねぇ」
 シオがしきりに感心するその傍らで、サナがスープをディオの前に置き、自分も椅子に座った。
「違ぇねぇよ。今どき風剣士なんてやるのなんざ、普通にゃ生きられない、集団にとけ込めない奴か、よっぽどの物好きだろうよ。家出して旅をする奴だっているんだ、否定はできねぇな」
 早速目の前の熱いスープを口に運ぶ。胡椒が利いて、食欲をそそる。
「まあ、家出しただけの人じゃあすぐに音を上げて帰ってしまいそうですけどね。だけどあなた、もういいお年でしょう。そろそろどこかに腰を落ち着けた方がいいんじゃありませんか? いえね、余計なお世話かもしれないけど」
「それも考えたさ。それにいい年ったって、まだ二十六だ」
「いい年じゃないですか。あなたのような力持ちの体格のいい方なら、こんな小さな村でよければ総出で歓迎いたしますわ。他の軟弱な殿方なんかよりも、誰よりも力があるのですから。本当、力仕事が多いっていうのに、みんなあなたの三分の一くらいしかものを持てないんですのよ」
 ディオは特別だが、それは言わなかった。
「だが、近頃は紋章機械もどんどん普及している。俺みてぇな力自慢が出る幕ってのは、そのうちなくなるさ」
「そんなことありませんわよ。あとひと月もすれば収穫ですもの。無理かもしれないけれど、その時期までいてくれたら、本当に助かります。それにいくら街が遠くないとはいっても、こんな小さな村ですもの、紋章機械の普及もまだまだ先の話ですよ、ここもね。偏屈で融通の利かない年寄りも多いし」
 確かに、この村にはまだ紋章機械はそんなに見当たらない。彼女の言うように、紋章技術に対して嫌悪感を抱く人も、各地に一定数はいる。彼らの言い分は、血で動く機械を使い続ければ早死にする、というものだった。
「そうだな。そういう性分なんだよ、おばさん」
 ディオの旅には、特に理由などなかった。ただ、故郷を追われてからずっと、当て所なく旅歩いているにすぎない。
「そうだ、紋章技術っていえばだ。お前さんのその剣は、今時珍しい。紋章を彫ってない、ただの剣だろう?」
「ん? ああ、そうだな」
「どれ、見てもいいかね?」
「重いぞ」
 ディオの忠告を知ってか知らずか、シオはお構いなしに剣を手に取った。腰に悪そうだ。
「なるほど、こりゃ年期が入っておるわい。この剣に思い入れでも?」
「いや、使いやすいだけだ」
 かつて、紋章武器は高価で、あまり普及していなかったと言われている。しかし今では、紋章の付いていない武器の方が貴重である。紋章武器は腕力のない女子供でも嘘のように軽々と扱えると評判で、ひとたびどこかの街で流行ってからというもの、あっというまに隊商や旅人を通して大陸中に広がった。だが、ディオは紋章を刻んでいない自分の相棒が最も手になじんだのだ。

 人々の夜が早い村の中、風呂を借りてさっぱりして、ふかふかのベッドに横になる。たまにはこういう夜も悪くはない。シオや夫人、村人たちが悪い人ではないということはすぐに分かった。少しの間だけならば、ここに留まるのもいいかもしれない。
 意識が眠りの闇に吸い込まれようとしているまさにその時だった。遠くの悲鳴がディオを呼び起こす。ディオは素早く身体を起こし、窓から声のした方を見た。
 空耳ではないはずだ。ディオに限って聞き間違いなどあり得ない。すぐさま剣を携えて村長の家を飛び出した。
 ――全く、たった半日の間に、次から次へとよく事件が起きる。
 呆れながらも、ここまでのディオの旅路が思い出された。引き寄せているのではないかと思うような事件の数々に、最初こそ歓迎ムードだった村や集落の人たちから迷惑そうな目で見られたことも、一度や二度ではなかった。ここでもそうなるのだろうか。そこまで考えて、大きく頭を振った。
 叫び声の主らしき女性は、すでにぐったりしている様子だった。その側に、女性に刃物を突き立てる影がある。ディオは大剣を影に向かって下から振り上げた。。影はそれをひらりとよけた。
「ちっ、邪魔が入ったか」
 影はディオに反撃するでもなく、音もなく消えた。
 ディオは側に横たわる栗色の髪の女性を抱き起こした。無事か、と尋ねようとして、やめた。腹部の傷口は深い。そのような問いは無意味だと悟った。女性は苦しそうに胸を上下させ、必死に呼吸をしていた。
「昼間、ヤールさんを助けてくださった、ディオ様、とおっしゃいましたか」
「ああ」
「お願いがあります。私の娘が、フィラが、お友達と一緒に、セレストに行っています。私を襲った男の目的は、娘なのです。どうかあの子を、助けてください。銀色の髪で、アジーナと同じ色の目をした、十五歳の女の子です」
「分かった」
「この家のものならば、何を持って行ってもかまいません。……いえ、大したものはありませんから、もしかしたら対価としては足りないかもしれませんけれども、他にご用意できそうにもありませんので」
「分かった、任せておけ」
「娘を頼みます。あの子は、私にとって、最初で最後の――」
 女性はがっくりと首を垂れ、それ以上何も言わなかった。
 女性を床に横たえたディオの側には、騒ぎを聞きつけた村人や、突然飛び出したディオを不思議に思ったらしい村長が立っていた。
「何事? もう恐ろしくて恐ろしくて……」
 最初に声を発した隣人らしき夫人に、ディオは質問した。
「あんたに聞きたい。アジーナとはなんだ?」
「こんな時に何よ」
「アジーナとはなんだ? フィラとかいう子どもの目の色らしいが、それが分からねぇことには探しようもねぇ」
 女性は鼻をすすって呼吸を整えてから、栗色の髪の女性の家の庭に咲いている赤みを帯びた紫色の鼻を指さした。
「そこに咲いてるでしょう? 奥さんの一番好きなお花よ。ちょっと暗くて分かりづらいけれど、フィラちゃんの目、とっても珍しくて、それは綺麗なのよ」
「なるほど、分かった。村長、事情が変わった。今すぐセレストへ行って、そのフィラとかいう子どもを助けなきゃならねぇ」
「勿論です、行ってきてください。私も今し方、それを頼もうと思っていました」
「だったら話が早い」
「兄ちゃん、俺んところの馬を使ってくれ。つぶさないでくれよ」
 提案したのは、昼間にヤールの危機を知らせに来た男だ。
「すまねぇ、努力する」
 ディオは身支度もそこそこに、借りた馬を駆った。
 女性から聞いた少女の容姿は珍しいから、すぐに見つかるだろう。それに、少女の特長を聞いてから、なにやら懐かしいような、不思議な気持ちで心が満たされていた。
 セレストはそう遠くないし、村から延びる街道一直線なので、すれ違えば必ず分かる。すっかり暗くなった辺りに、街のきらめきが見えた。もうすぐだ。ディオが唇をなめた時だった。
「ユーリ、ユーリ!」
 か細い少女の声が聞こえた。目を懲らすと、血を浴びた長い銀髪の小柄な少女が、青い髪の男に腕を引っ張られているではないか。
 あれが、先ほど息を引き取った女の娘だということは、すぐに分かった。
 ディオはすぐさま馬を飛び降り、二人の許に走って、青ずくめの男の手をねじり上げた。男は驚くほどあっさりと、少女の腕を放した。
「なんだ君は。ああ、そうか。君が赤いケモノか」
 確かにディオは粗暴だし人相も悪い。自覚はしているが、他人に言われると腹が立つ。自分よりも一回り小柄な細身の男を睨めつけた。
「あ? ケモノだ? そういうテメェこそ何者だ」
「私は、そうだな、青い騎士とでも名乗っておこうか」
「気取ってんじゃねぇぞコラ」
「君こそ気取っていないかい? そこのお姫様を守るのが役目だとね」
 男の水色の目が妖しく光る。ディオは言いようのない不快感を覚え、男の胸ぐらを激しくつかんだ。
「ほざいてんじゃねぇ! 俺はただなぁ、依頼を引き受けただけだ。分かったらとっとと失せろや!!」
 青い男は短く息を吐いた。
「ノア様。あなたの護衛は、思った以上に態度が悪いですね。次にお会いする時まで、よく手懐けておくことです」
 今日のところは印象も悪いですし、手を引きましょう。青い男はそう残して、立ち去った。辺りは暗いし、年端もゆかぬ少女を一人だけにするわけにもいかないから、追うことはしなかった。
「ふぅ、やっと行きやがったか」
 溜息を吐いて少女の方を見やると、少女はぐしゃぐしゃの顔で、ディオを見ていた。警戒しているだろうか。それでも不思議はない。彼女にとって、ディオは得体の知れない男だ。
「大丈夫か?」
 自分の人相の悪さは自覚している。できるだけ少女に不信感を与えないよう、目線の高さを合わせて手を差し出した。少女はハッとして涙を乱暴に拭い、その手を取り立ち上がった。その手はとても暑かった。
「あの、助けてくださってありがとうございます」
 思ったよりもしっかりと、はっきりと喋っている。取り乱してはいないようだ。それが後に悪影響を与えるかもしれないが、今はこの方が話が早く、ありがたかった。
「礼なんざいいんだよ。どうせあんたのお守りを頼まれたんでな。あんたがフィラだろ?」
「え、あ、はい」
「俺はディオってんだ。今、自分がどういう状況か分かってるか?」
「よく、分かりません。さっきの男の人に狙われていたのが私だということと、それから――っ」
 友人と思しき少女の死体に目をやり、フィラは言葉を詰まらせた。
「もういい、そこまで分かってりゃ上等だ。さあ、村に戻るぞ。歩けるな」
「はい。怪我もないので、大丈夫です」
 フィラの答えに満足し、歩きだそうとしたその時だった。
「待って」
 振り返ると、フィラは物を言わなくなった黒い髪の少女の許へと駆け寄り、抱えようとした。友人と一緒だと彼女の母は言っていたが、仲がよかったのだろうか。おそらくは人の死体など見たことがないような少女が、変わり果てた友の姿に何を思うのだろう。ディオは何も言わずに、フィラの手から死体を取り上げた。
「あの……」
 ディオはそのまま肩に死体を担ぎ、黙って歩き始めた。その後ろから、フィラの足音がしっかりと付いてきていた。

 フィラは歩きながら、ときどき駆け足で、ディオの後をついていった。大柄な彼の一歩は、とても大きい。ディオと名乗った赤い男は、背負っている鉄板のような大きな剣に負けないくらい、大きくて逞しい背中をしている。
「あの、頼まれたって、誰にですか? もしかして、母に?」
 母親にこんなおっかない知り合いがいたとは聞いたことがない。ディオは五歩ほど歩みを進めてから立ち止まり、口を開いた。
「あんたの母親は死んだ」
 あまりに突然で、あまりに衝撃で、フィラは一瞬、青年が何を言っているのか分からなかった。唇の動きに遅れ、ようやくかすれたような声が出る。
「それはどういうことなのですか?」
「そのままの意味だ。あんたの母親は死んだ。俺が看取った。死に際にあんたのことを頼まれた」
 そんな馬鹿な話があるものか。だってフィラの母は、元気な姿で、いつも通りの笑顔で、フィラを見送ったではないか。
 呆然と立ち尽くすフィラを後目に、ディオは容赦なく歩き始めた。置いて行かれては心細いから、フィラも慌てて足を動かす。
 しかし、実感も現実味もないけれど、ディオが動く度に逞しい腕の中で揺れるユーリを見ていると、本当なのだと思うより他なかった。実際に目の前で人が殺されてしまったのだから。

 村に帰り着くころには、すでに夜が明けていた。ディオと名乗ったおっかない顔の男性は、人一人を抱えながら、失意のフィラに合わせて歩いていたのだから、帰りが遅くなるのも必然である。そんなフィラを、ユーリの母が一番に向かえた。
「ああ、フィラちゃん! よかった、心配したのよ。ほら、お母さんがあんなことになって……」
「はい。ディオさんから聞きました」
「でも、本当によかった。怪我はないわね。ユーリは? 一緒なんでしょう?」
 目に涙を浮かべているユーリの母から、フィラは目をそらした。
「おばさん、ごめんなさい。ユーリは、私をかばって死にました」
 フィラの言葉が終わらないうちに、ディオがユーリの母親の前に死体をゆっくりと降ろした。すっかり変わってしまった娘の姿を見て、ユーリの母はその場で泣き崩れた。
「ユーリ! そんな、嘘よ、ユーリ!!」
 周囲からも鼻をすする音がする。
「どうしてよ! どうしてあなたは帰ってきたのに、うちのユーリは帰ってこないの!? どうしてなのよぉ!!」
 涙は流さなかった。どうして泣くことができるのだろう。目の前で泣いている人たちを見ながら、フィラはただ、下唇を強く噛んで耐えていた。

 ユーリの母に言われたことが胸に突き刺さる。ユーリはいつでも正しくて勇敢な性格だったから、あの時あの瞬間も、それが正しいと思ってフィラをかばったのだ。怖くて動けなかったフィラを、生命と引き替えに守ったのだ。対して、自分は正しくない。勇敢でも人情派でもない。ただ流されるままに日々を生きていた。もし死んだ後も自我があるのなら、そんな自分のために死んだことを後悔してはいないだろうか。
 そんなことを考えながら下を向いて歩いて生家に戻る途中、前に誰かが立ち止まっているような気配を感じ、フィラは顔を上げた。そこにはゆらりと、あの青い男が立っているではないか。
 逃げなければ。そう思ったけれど、足がすくんで動かない。
「ノア様。先ほどはそこの赤い男に邪魔をされましたが、今度こそ一緒に来ていただきます」
 フィラは、自分をノアと呼ぶその男の冷たい目を見上げた。



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