アレスティオの花嫁

  プロローグ


 花嫁道中は、なんの変哲もない道のはずだった。
 嫁入り先で身につける装飾品や花嫁衣装を横に置き、昼は馬車に揺られて走り、夜は旅籠で休む。それを南のジャスティール王国に到着するまで繰り返すだけのはずだった。しかし花嫁は身分もさることながら、類希なる不幸体質なのである。故に影ながら〈死神〉などと呼ばれていることを、彼女は知っている。そんな花嫁を乗せる馬車の二人の御者や、二人の護衛も、物々しい雰囲気であった。それが身分に見合わず、少ない人数で構成されたものであっても。
 道すがらの宿泊所や食事どころでは、御者がいろいろと手配をしてくれていた。しかしどのような場所であっても、花嫁が御者の声を聞くことはほぼなかった。祖国の伝統により、花嫁が他者と口を利けぬこともその要因であろうが、そうでなくても、誰も花嫁とは口を利きたがらないのだろう。少しでも己の生存率を上げるために自然なことだったし、花嫁自身、そのような周囲の態度に慣れていた。
 しかしながらあまりにも退屈なので、閉じられた馬車の小窓を開け、外を覗いた。天気はいいようで、風が心地よく、緑も美しい。小鳥の愛らしいさえずりも耳をくすぐる。誰とも何も話せなくとも、穏やかなこの時間がもう少し続けばいい、と思った、そのときだった。
 小走りだった馬が、けたたましいいななきとともに、凄まじい早さで走り始めたではないか。外を見るために前屈みだった花嫁は、その衝撃で、馬車の中で後頭部をぶつけた。しかしそこには嫁入り道具があったためか、多少驚いた程度で済んだ。
 どうしたのか。もう一度外を見ようとした。瞬間、視界が廻る。馬車が何かの拍子に倒れたのか。あちらこちらに腕や脚や頭をぶつけ、声にならない叫びをあげる。いや、喉からどれほど絞り出そうが、今の彼女には声が出せないのだ。助けを呼ぶことができない。近くの住民やたまたま通りがかった人が誰かしらこの音を聞いていればいいが――。
 このような不幸な道中につきあわせてしまった二人の御者と二人の護衛に、花嫁は心の底から申し訳なく思った。



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