わたしの陽だまり

03


 母が死んだ。
 敬虔な信徒だったので、神の国へ行ったのだと父は言った。たくさんのひとたちが葬儀に参列し、母の死を悼み、神に祈った。
 しかし幼いサナは、母の死に耐えられなかった。
 お母さんっ子だった子どもの、精一杯の感情表現は、せいぜい泣くことと喚くことくらいのものだった。
「やだ! おかあさんのところにいく! サナもおかあさんのところに行くの!」
 今にして思えば、愛する娘にそのようなことを言われては、妻を亡くしたばかりの父も途方に暮れることだろう。なんてひどいわがままだったのか。
 しかし幼子にとって、大好きな母はこの世の全てだった。

 その日は、父親から「大事な商談があるから、庭で遊んでいなさい」と言われたけれど、サナはそんな気分になれず、木陰に腰掛けてぼーっとしていた。
「どうしたの?」
 綺麗な服を着た、白い髪の男の子が声をかけてきた。サナは顔をゆがめ、わんわん泣き出した。男の子はそんなサナの隣に腰掛けた。
「なにかつらいことがあったの?」
「うん。おかあさんがしんじゃったの。だからサナも、おかあさんのところへいくの」
「そっか。それはとってもかなしいね」
 男の子はただ、わかるよ、とうなずいた。おれもまえに、かーちゃんがしんじゃったんだ、と。それから、なにも言わずにずっとサナに寄り添っていた。
 どれくらいそうしていただろう。気がつけば、木にとまっている鳥の鳴き声や、吹き抜ける風の音が心地よいものだと感じられるようになっていた。あんなに母のいなくなった世界に絶望していたというのに。
「カリム! カリム!」
「あっ」
 カリムと呼ばれた男の子はあわてて立ち上がり、サナに「じゃあね」と短く告げて、サナの前から走り去ってしまった。
 そういえば今日は、大事な商談があると父親が言っていた。見覚えのない男の子がいたということは、そういうことなのだろう。

 その日から、サナは母親の死をすっかり乗り越えて、あらゆる努力に励んだ。勉強も頑張ったし、苦手だった料理も、運動も、いろいろなことを頑張った。それは実を結び、父親も含め周囲の人たちにも認められるようになった。
 サナは父親にことあるごとに言った。カリムの役に立てるようになりたいと。カリムの側で働きたいと。


 商談の機会があったので、折を見て父親は切り出した。
「その……うちの娘が、あなた様のご長男であるカリム様にお仕えしたいと申しているのです。使用人でも下働きでもなんでもいいから、カリム様のお役に立ちたいと。わたくしとしては、畏れ多い申し出なのですが、娘は過去にカリム様とお会いしてからというもの、人が変わったように勉学に励み、ほかのことも精力的に取り組むようになり、父親であるわたくしが言うのもなんですが、かなり見違えた淑女になっております。アジーム家にお仕えするのに恥ずかしくないとは思うのですが、ご一考願えませんでしょうか?」
「そうか。確かに親の贔屓目というものはあるでしょうが、あなたの娘さんです、問題ないでしょう。それでしたらいっそのこと、カリムとの結婚は考えられませんか?」
「結婚などとは! 娘も喜びます。もちろん、カリム様が娘を気に入ってくださればのお話ですが……」
「あなたのご息女だ、きっと気に入りますとも」
 そしてその報せが、サナの耳に届くのだった。



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Written by @uppa_yuki
アトリエ写葉