ハロー僕の、〈1〉
「はじめまして、君日本人なんだって?」
「え!」
イギリスにいて日本人に会ったのは、自分の家族と親戚をのぞけば初めてだったと思う。
僕は、このピアノ教室に新しくやってきた子がジャパニーズらしいよ、との噂を聞いてその子に会いにきた。
日本語で話しかければ大きな目をまたさらに大きくして驚いた女の子。
「……日本語、はなせるの?」
「吉瀬ウィリアム。僕半分は日本人なんだ」
「わあ!」
見た目だけなら僕は完全に母の血をひいたイギリス人だから、口からでた日本語にびっくりしたんだろう。
わたしまなみだよと笑った彼女の笑顔は、まだ5歳だった幼い僕に、天使は本当にいたんだと思わせるくらい素敵な、頭に天使の輪がみえるような気がするくらいまぶしい笑顔だった。
つい最近日本からやってきたばかりのまなみは、このイギリスの地で両親以外の日本語を聞いたのがはじめてだったらしい。
それからこのピアノ教室で会う度に僕が話しかければ、とびきりの笑顔で話してくれた。
「英語、わかんないわけじゃないんだけど…皆話すのはやくてついていけないの」
「じゃあ僕が言ってることわかる?」
「もちろん!すっごく聞きやすい」
ゆっくり話してくれてるんだよね、ありがとう。まなみは話す度にありがとう、と何度も言っていた。
まなみの両親が、僕のパパが卒業した大学出身の後輩だとわかると、親同士がすごく仲よくなった。
休日には一緒にお出かけしたり、パーティーに呼ばれたり、毎日のように顔を合わせていた。
まなみの家はお金持ちらしい、学校の送り迎えはパパやママじゃなく専属の運転手さんが運転する大きくて高級そうな車だった。
学校は別々だったけれどすごく近くて、だから僕はその車にいつものせてもらっていた。
学校が終わればそのままピアノ教室へ、そしてピアノ教室が終わればどちらかの家でディナー。
本当にずっと一緒にいたんだ、僕ら家族同然に。
「ウィリアムは本当にピアノが上手ね」
「勿論さ、将来はピアニストかミュージシャンになりたいからね!」
僕はピアノが好きだったし音楽が好きだった。
ピアノがやりたいと言ったのも自分からで、パパとママは僕には本当はフットボール選手になってほしかったらしい。
サッカーは好きだけど、それよりも僕はピアノが好きだった。
「わたしウィリアムのピアノ、すっごく好きだよ」
「あれ、アレック先生はどうしたの?」
「それは違うの、また別!」
まなみはその頃ピアノ教室のアレック先生に憧れていた。
背が高くハンサムで、誰にでも分けへだてなく接してくれる、えくぼがチャーミングな先生は彼女の初恋の相手だ。
「僕はまなみのピアノが好きだよ」
「……どうして?わたしウィリアムみたいに上手じゃないわ?」
どういうこと、とイマイチ意味のわかっていないまなみは頭を傾けた。
「まなみの弾くピアノの音、優しくて、すっごく綺麗な音だよ」
「そ、そう?なんだか嬉しい」
ありがとう、そう言って彼女はまた微笑むんだ。
上手い下手じゃなく、彼女の弾くピアノは僕の心をキラキラとさせてくれる。一瞬であたたかくしてくれる。
「あ、キャスリン先生!ウィリアムはやく!」
「え、ほんと!」
「ジョージに先越されちゃうよ!」
そんな僕もこの頃は同じくピアノ教室のキャスリン先生にお熱だった。
ブロンドヘアをきゅっと束ねた、眉毛の凛々しいキャスリン先生もよくまなみのピアノをとても素敵だと褒めていたから、だったのだと思う。
まだまだ幼かった僕らの可愛らしい恋の思い出は、いまでもよく思い出すことの出来る綺麗な想い出なんだ。