episode5

あなたに伝えたい事





 目が覚めたら、知らない部屋の布団の上だった。
 けれど何故かすごく落ち着く、まるでいままでここで生活していたような、そんな感じ。

 ぐっとからだを伸ばすと色々なところが固まっていたのがよくわかる。多分、わたしは何時間も眠っていたんだ。
 そして起きるのを待っていたかのようなタイミングで部屋のドアがひらいた。

「あ、目が覚めたんだね!お兄ちゃーん!猫さん起きたよーっ」
「?」

 目の前にはとっても可愛いらしい女の子がいて、突然大きな声で誰かを呼ぶから、少しだけびっくりした。それにここは二階だったらしい、その呼ばれた誰かが階段をあがってくる音がする。

 パタン、というドアを開ける音に、どきり、とした。

「そういえばこの猫さんのお名前、なんていうの?」
「まなみ、だよ」

 わたしは猫だけど、きっといますごい顔をしているんだろう。どうして桃矢君がここにいるの、もう二度と会えないと思っていた人が目の前に、こんなに近くにいるんだから。

「わあ!驚いてる、かっわいーっ」
「さくら、父さんがお前のこと呼んでたぞ」
「えっ」
「きょうは泊まっていくんだ。後で遊べるだろ、とっとと行ってこい」
「ほんと?」

 また後で遊ぼうね、と元気よくわたしに話しかけるとその女の子は部屋から出ていってしまった。

 シーンとしてしまった部屋に、桃矢君とふたりきり、すごく気まずい。

「さっきのはおれの妹。で、ここはおれの部屋だ、実家の」
『………妹さんに、実家、』
「知り合いから連絡があってな」

 お前を人間の姿に変えてくれた奴だよと話しながら、桃矢君は不機嫌そうな表情をしてベッドに腰掛けた。

 わたしを人間の姿にしてくれた男の子、エリオル君と桃矢君が知り合いだったということに驚きつつ、わたしは黙って話しをきいた。魔法で人間にしてもらったこととか、他にもたくさんその時のことを聞いたらしい。
 つまりいままでの経緯を全部知っているということだ。



「何で急に出てった」
『それは、』

 にゃー、と自分の声が聞こえてやっぱりやめておこうと途中で話すのをやめた。だって説明もなにも、わからないんじゃないかとこわくなったから。

「飛び出して、事故にでもあったら、どうするつもりだった」

 はじめて聞く桃矢君の声色に、彼が怒っていることが伝わった。

 聞くのも話すのも怖くて、ぎゅっと瞳を閉じれば、突然、いつか魔法をかけてもらった時みたいに何かがあったかくなるような感覚。でも前みたいに身体を床に打ちつけることはない。布団の上に座ったまま、ふわりと髪の毛が肩に触れた。
 そして恐るおそるまぶたをあければ、見慣れない、毛のない両手が膝の上で拳をにぎっていた。

「どうして………」
「、まなみ」

 少しだけ目を見開いて驚いていた桃矢君は、猫のときのわたしにするようにぽん、と頭に手をのせた。
 そして今から真面目な話をするだろう深刻な空気が漂う中でも、桃矢君の手のひらのあたたかさにわたしは自然とすり寄っていた。

「何か勘違いしてんだか知らねぇが、おれはお前が猫だろうが人間だろうが、家から出ていって欲しいとは言わない」
「…………嘘、この姿をみて幻滅したでしょう?」

 現に何もしなくていいとわたしを拒否したんじゃないのかとわたしは聞く。

「わたしが猫の姿でいても、前みたいに接することが出来る?出来ないわ」

 そしてそうなってしまう原因をつくってしまったのはわたし自身。

「ごめんなさい、わたしの自分勝手な行動のせいで、あなたに嫌な思いをさせてしまった」
「違う」
「何が違うの!桃矢君は優しいから、すごく優しい、から、」
「おれは嘘はつかない」

 口調は強く、でも抱きしめるのは本当に優しく、桃矢君はわたしをそっと包んだ。

「それに感謝するのはおれの方だ、いつもありがとうっつってんの聞いてなかったのか?」

 赤ちゃんをなだめるように動く背中の温もりとその言葉達は、さっきまで不安でいっぱいだったわたしの心をすっと軽くさせてくれた。
 きっとそれは、大好きなご主人様の言葉だから、ただそれだけなのだと思う。

「またわたしを飼ってくれる……?」
「お前が嫌じゃないならな」

 うちにいてくれ、と目線をあわせてくれた桃矢君に勢いよく飛びかかればそのままベッドに倒れこんだ。
 それがおかしくてふたりで笑っていたら、下から桃矢君を呼ぶ女の子の声が聞こえた。

「とーやくーん!ご飯出来たよー!」

 その大きな声は妹さんかと思いきや、ルビーと呼ばれていたあの女の人の声。
 ということはエリオル君も一緒にいるのだろうか、となりではあ、とため息をついた桃矢君をみればわかることだった。

「おら飯だ、どけ」
「ヤダ」
「お前なあ」

 身体の上に乗ったまま動かないわたしに、あきれた様子でベッドから無理矢理起き上がった桃矢君。
 ごろん、と桃矢君の上から退かされたわたしは、人間の姿でも猫の時と同じ軽い身のこなしでベッドの下に着地した。

「あ、わたしこの姿のままでいくの?」
「…………適当に説明する」

 そして前をいく桃矢君の後ろをついて階段を降りながら、わたしはにやにやを抑えることが出来ずに見えない尻尾をピンと立てていた。
 だってわたしの左手が知らない間に桃矢君の右手に引っぱられていたんだから。

 そしてリビングに入った瞬間、誕生日の為に鳴らされたクラッカーの音に驚いた桃矢君の可愛いあの表情は、一生忘れらないわたしの宝物になるだろう。




あなたに
伝えたい事


(みーんな貴方の事が大好きなんです)

(お兄ちゃんその人、)
(さっきの猫だよ)
(ほ、ほええええっ!)





嬉しい時、猫は尻尾をピンと立てます。





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