Turn.13
狙われし宝石 中編
空に月が浮かぶ頃、私達のチームは交代となった。ここでようやく契約期間の半分が終わったところだ。
シャワーを浴びて濡れた髪をドライヤーで乾かし、ベッドに寝転がる。
「すみません、うまのすけさん。少々疲れたので先にお休みします」
「おう」
次にシャワーを浴びようと準備しているうまのすけさんに声をかけた。ついでに釘も刺しておこう。
「寝てる間に変なことしないで下さいね」
「な、何もしねえよ!」
明らかに動揺するうまのすけさん。
やはり先日の件は見過ごせない――うまのすけさんが上半身裸で迫ってきた時の事を。
どうせなら縛って安全を確保してからにしとけばよかったと思ってはいたが、疲れが溜まっていたのか私はすぐに眠りについてしまった。
***
「相当疲れてるみてえだな。よく眠ってやがる」
俺はひとっ風呂浴びたあと、ベッドに横たわる苗字の顔を覗き込む。すうすうと寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている。
「こうして寝てれば可愛いのによ……」
どうしてあんなに暴力女なんだか。
「俺がからかうせいか」
自嘲交じりのため息を吐き、苗字の顔をじっと見つめた。
こいつは案外綺麗な顔をしているよな。睫も長いし、唇も……って、俺はどこ見てんだ!
……まずい、なんか変な気持ちになってきた。これだから男だらけの中に女っていうのは好きじゃねえんだよ。意識するなっていうほうが無理なんじゃねえのか。こいつはどうだか知らねえけどな。
***
「ん……」
今は何時だろうか。少しずつ、意識がはっきりとしてくる。
大分寝てしまっていたようだけど、何故か体が重い。でも、この重さは疲れだけじゃないような……
「うーん……う?」
寝苦しさに瞼をゆっくりと開けると、目の前にはうまのすけさんの顔。
「ぎゃあああああああっ!?」
「うおおおぉッ! イテッ!」
心臓が壊れそうなほど暴れ狂い、驚愕しながら体を勢い良く起こした。私の上にのしかかっていたうまのすけさんはベッドから転げ落ち、私は布団をもぎとって自分の体に巻いた。
「ななな、何してんですかうまのすけさんは! どうして私のベッドで一緒に寝ているんですかああー!」
「ああ……? イッテーな……あんだよ……」
「何もしないとか言っておきながら、あ、あなたという人は!」
「……ああ(……こいつの顔見てたら俺も寝ちまったのか)」
うまのすけさんはようやく状況を把握したのか、納得したかのように手を叩いた。私は何も納得していない!
「こうなったらもうあなたは私の手で安らかに葬るしか……!」
「待て待て待て! 落ち着け! 誤解だ苗字!」
「何が違うんですかああぁー!」
私はズンズンとうまのすけさんに近づいて頬を思い切り引っ叩いた。
「いやだから……あ痛ェー!」
とても気持ちの良い破裂音がして、うまのすけさんはその場に倒れた。ゼイゼイと肩で息をし、私は床に寝そべるうまのすけさんを見下ろす。
「次は絶対に縛ります! 絶対に!」
私はうまのすけさんに指を突きつけて宣言した。
朝の大騒動がようやく収まり、私は着替えを済ませてホテルを出た。
「さて、今日は高菱屋に行こうかな」
「おう」
ホテルを出て私は自分の行き先を決め、独り言を呟く。するとすぐ後ろでうまのすけさんの声がしたので振り返った。
当然のように私の背後に堂々と立っているのがまたなんとも言えない気持ちになる。
「あのですね、どうしてついてくるんですか?」
「勘違いすんなよ、行き先が一緒なだけだ」
「うまのすけさんも高菱屋へ用があるんですか?」
仮面マスクからの予告状が来たので事前調査として高菱屋へ、ついでにジンクさんの美術品の数々を見学しようと私は思っていた。
「なんとなくだ」
「そうですか。私はあっちの道から行きますので、うまのすけさんはこちらの大通りからどうぞ」
「目的地が同じなら一緒でも良いじゃねえか」
「い・や・で・す!」
頑なに拒否。うまのすけさんはそれが納得いかないようで、私を睨み付ける。
「何でだよ」
「何でって……うまのすけさん、あなた私に今までどれだけ非礼を働いたかわかってるんですか? お風呂上りの裸を見たり胸を触ったり半裸で迫ったり女の子のベッドに入ってきたり私の部屋に上がり込んだり! このラッキースケベ!」
「いやそれは本当に悪かった!」
「誠意が足りません! これがもし、相手が相手ならとっくに孕んでますよ!」
「孕むか! 変なこと口走んな!」
ベチ、とうまのすけさんのツッコミが私の頭にクリーンヒットした。直後に「やっちまった!」という顔をして身構える。しかし私は仕返しをするつもりは毛頭なく、悲しそうに頭を垂れた。
「お、おい……」
「……どうして私ばっかり……もうやだ……」
「わ、悪かった、すまなかった。だから泣くな!」
「……もっとしっかりと謝って下さい」
震える声で咎めるように言うと、うまのすけさんは心底申し訳無さそうに頭を下げた。
「悪かったよ……」
「本当に思ってますか?」
「ああ」
「もうしませんか?」
「ああ」
「イチゴパフェをおごってくれますか?」
「ああ……あ?」
その返答を聞き、一気に笑顔を取り戻す。うまのすけさんは頭を上げて私の顔を確認した。
「わーい! 早速パフェを食べに行きますよ!」
「くそ、また騙された……!」
「うまのすけさんは案外女性に騙されやすいタイプですね。気をつけて下さいよ?」
「騙してる張本人が言うな!」
うまのすけさんの言葉を無視して、スタスタと美味しいパフェのあるお店へ歩き出す。その後ろを渋い顔でうまのすけさんが付いて来ていた。
「おお、素晴らしいですね……」
美味しいパフェをご馳走してもらった後、私とうまのすけさんは高菱屋の美術展へ来ていた。宝石や絵画、銅像など様々な美術品が展示されていて、どれもが私の目を奪っていった。警備自体はどうやら別会社に頼んでいるようで、あちこちを警備員が巡回している。
次々とコーナーを巡って行くと、聞いた事のある声が私の名前を呼んだ。
「名前ちゃーん!」
「あなたは……えっと、マシスさん?」
「覚えていてくれたんだね! 嬉しいよ! それに私服もキュートだ!」
マシスさんはこちらが照れるような褒め言葉を簡単に口にした。お世辞だろうけど嬉しいな。
マシスさんとは以前、ひょうたん湖で出会った。その際にナンパじみたものをされたのだが、仕事中だったのでスルー。だが別れ際に彼は私のイラストをくれたので印象に残っていた。
「やっぱり俺達は赤い糸で繋がれた運命の――」
「苗字、行くぞ」
「えっ」
隣に居たうまのすけさんが私の左腕をぐいっと引っ張る。まだ話している途中なのに、忙しないですねうまのすけさんは。
「ちょっと待てよ、ていうかまたお前かよ!」
マシスさんがすかさず私の右腕を掴んだ。それを見たうまのすけさんが睨みを利かせて一言。
「離せよ」
うまのすけさんの貫くような眼光に、マシスさんは大量に汗をかきながらも負けじと言い返す。
「お前が離せよ!」
心なしかうまのすけさんはイライラしているように見える。私の腕を握る2人の手に力が込められ、少し痛くなってきた。これが大岡裁きってやつかな。
「そろそろ……あ、痛ッ!」
「すまん、苗字」
「ごめん名前ちゃん!」
私が痛みに声を上げると2人は手を離してくれた。ようやく解放された私はマシスさんに向かって言う。
「ごめんなさいマシスさん。私達、これも仕事なんです。また今度ゆっくり話しましょう」
「わかったよ。邪魔してごめんな、名前ちゃん」
マシスさんは私の言葉に納得し、上機嫌で去って行った。何が気に入らないのか、うまのすけさんは舌打ちする。
「チッ、変な約束してんじゃねえよ。そんでまた現れて『名前ちゃんはやっぱり俺の運命の恋人だったんだ〜!』なんて言い出してきたらどうすんだ」
「運命なんじゃないですかね」
「バカかお前」
コツン、と私の額にデコピンするうまのすけさん。ちょっと痛い。
そのまま二人で歩き出すが、何となく沈黙が続く。その沈黙を破るべく、私はぼそっと呟いた。
「……嫉妬ですか?」
ズルリとうまのすけさんが足を滑らせた。呆れた顔で「アホか」と言われ、先に歩いて行ってしまった。
(20120123)
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Smotherd mate