Turn.14
狙われし宝石 後編
午前0時、チーム交代。
あと一時間で怪人☆仮面マスクの犯行予告時間となる。高菱屋は厳戒態勢となり、ジンクさんも展示場で待機していた。
私とうまのすけさんは狙われている《キレーナの瞳》の前で見張りをし、他三名はジンクさんの傍に付いている。警備会社の人達も各々の配置に立ち、警戒をしていた。
「なんだかワクワク……いえ、ドキドキしますね」
「本音が出たな」
外城さんから交代の時に言われた。
美術品を守るのは我々の本来の仕事ではないから依頼主さえ守れれば問題ない、と。それでも私や警備の人達は、盗まれないようにと緊張の面持ちで並ぶ。
そんな私達の気も知らず、《キレーナの瞳》は見ているものをうっとりさせる赤く美しい輝きを放っていた。
まもなく予告時間。室内に走る緊張感が一層強くなったのか、皆の口数も徐々に減ってきた。
その時、見知らぬ人物が意気揚々と現れた。
「やあれ、我こそは孤高の名探偵、星威岳哀牙!」
私とうまのすけさんが、この張り詰めた空気を粉々にぶち壊した相手に視線を向ける。……なんか変な人が居るんですが。
右目にルーペをつけ、髪形はうまのすけさんのように刈り込み、上にギザギザの金髪、服装はタキシード、首元には赤くて大きなリボンを着けている。
「やや! これはこれは、麗しきレディ!」
その探偵は私を視界に捉えると近寄り、手を取って口付けをした。突然の行動に一瞬鳥肌が立つ。周りが私とこの変な人に一斉に注目し、気まずくなった。
「なんだテメエ」
うまのすけさんが威圧しながら探偵に詰め寄る。今にも殴りかかりそうなうまのすけさんと、殴られそうな探偵の間に慌てて割り込んだ。
「どうも初めまして、苗字名前と申します。えっと、哀牙さんでしたっけ。名探偵のあなたが何故ここに?」
「よくぞ聞いてくれましたな! 怪人☆仮面マスクからの予告状と聞き、この哀牙、颯爽と参上した次第でござあい!」
哀牙さんは私の質問に身振り手振りを交えながら大仰に答える。質問1つでこのやり取り……なんか会話だけで疲れそうな気がしてきた。
「今やこの街での仮面マスクと名探偵哀牙の一騎打ちはスタンディングオベエションが飛び交う程の熱き戦い!」
右に握り拳を作って熱く語る哀牙さん。うまのすけさんに視線を送ると目を逸らされた。流石のうまのすけさんも、あまり関わりたくないといった様子だ。
「それで、哀牙さんはいつからここに?」
「我はこの通り、予告状が来た時から見回りを続けておりましたぞ! そして本日! ズヴァリ! 美しきスイリが我に囁く真実……名前殿、あなたと巡り会う事が出来たのです!」
「はあ……」
駄目だ、ちょっと頭が痛くなってきた。うまのすけさんに至っては完全に相手にしておらず、あくびをしている。興味が無いにも程がある。
「では、我は見回りに戻りますゆえ。情熱と安穏が交わる時! 再び相見えましょうぞ、名前殿!」
「はは……、はい」
哀牙さんはそう言ってこの場から離れて行った。時計を確認すると0時55分。あと5分で仮面マスクが現れるはず。
《キレーナの瞳》を注視する。相変わらず綺麗な宝石だけど……
「……あれ?」
「どうした苗字?」
赤い輝きの中、微かに緑の光も見えた。私が見た時は真っ赤で、緑色の光なんてなかった。少し違和感を感じる。
その時、時計の針が1時を指した。
このまま何も起こらなければ……そう思っていた時、《キレーナの瞳》が突然爆発した。
ざわめきが起こり、周りはパニックに陥る。ジンクさんも呆然とその光景を見ている。辺り一面に煙が広がり《キレーナの瞳》があった場所には怪人☆仮面マスクのメッセージカードが刺さっていた。
すると、大きな笑い声が聞こえてきた。窓から外を見ると、怪人☆仮面マスクが目の前のビルの屋上に立って高笑いをしている。
私はそれを見てすぐに走り出す。
「苗字、どこへ行く! 待て!」
うまのすけさんの静止も聞かず、私は外へ飛び出した。
狭い路地裏へ入り、目当ての人物を見つけた。その背中に向かって問い掛ける。
「あなただったんですね、犯人は」
「……何の事ですかな?」
「とぼけないでください、星威岳哀牙さん!」
私は一歩ずつ哀牙さんに歩み寄る。
哀牙さんはゆっくりと振り返るが、逆光で顔がよく見えない。
「さあれ、名前殿。何故その様な非道な事を仰るので? 我こそは憎き怪人から美麗なる宝石を警備すべく立ち上がった善良な名探偵ですぞ?」
「果たして、本当にそうでしょうか」
否定の言葉を紡ぐと、先程まで感じていた哀牙さんの雰囲気が何やら重苦しい物に変わったが、構わず続ける。
「あなたは予告状が届いた時から警備をしていると言った。私達ボディガードが宝石の警備も始めたのは午後8時からです。それまでの間に何かしら細工は出来たはず」
哀牙さんは黙って私の言葉を聞いている。
「例えば、宝石をあらかじめ入れ替えておき、今日の午前1時になった時に爆発させる……とか」
「……ッ」
わずかに哀牙さんが反応したのを私は見逃さなかった。彼との距離を詰めながら話を進める。
「何故あなたは予告時間の前に去ったんですか? これから仮面マスクは現れるというのに……おかしいと思いましたよ。私達の手の届かないところへ逃げようとしたんですね」
「ふむ、名前殿。面白い推理ですが、いささか早計ではありませぬかな?」
哀牙さんは首を傾げるが、私には犯人が哀牙さんくらいしか考えられない。
「一番の問題は宝石の色です。私が見た時は確かに真っ赤だった。なのに、爆発する前の宝石には微かに緑色が混じっていた。それにあなたは去り際に言いましたね、『情熱と安穏が交わる時、再び会おう』と」
情熱と聞いて思い付くのは赤。反対に冷静と言われれば青だが、彼は「安穏」とあまり聞きなれない言葉を対称に出した。安らぎや穏やかと言われると、何となく緑色の印象がある。
「それだけで我をお疑いに?」
「いいえ、他にもあります」
哀牙さんは私の手にキスをする際に爆破起動スイッチを押した。偽物の宝石の中に仕込んだ緑色のセンサーが光り、そして5分後に爆発した。
「5分後にセットしたのは時間稼ぎですよね。わざわざ私に会ったのは、あなた自身のアリバイを確実にする為でしょう」
「む……ッ! ぐ、しかし……!」
「どうしても否定をするんですね?」
私は胸ポケットから白い布製の手袋を取り出して手にはめる。
「ならばボディチェックをさせて頂きます」
「おっほおおおぉ! 喜んで!」
叫ぶやいなや、哀牙さんはいきなり私に向かって飛び込んできた。本能が危険を察知し、すんでのところで避けると哀牙さんは地面にタックル。 嘘でしょ!? ここは普通逃げるところでしょ! もうやだこの無法地帯!
「さあさあ名前殿! 我が肉体の隅々まで、その白魚がごときハンドで! どうぞごゆるりと!」
「うっ……!」
むくりと起き上がり、再び私に向かって飛び込もうと構える。あまりの予想外な反応で、逆に私が怯んでしまう。
「苗字ー! どこだ、苗字ー!」
「う、うまのすけさん! ここです!」
その時、私を呼ぶうまのすけさんの声が遠くから聞こえた。しかしこの路地は入り組んでいるせいで、うまのすけさんの声は聞こえても姿は見えない。
「これはしたり。名前殿のボデエアタックを頂戴する暇がなくなったようですな! 我はこれにて失礼致しますぞ!」
「ま、待ちなさい! あとボディチェックです!」
哀牙さんは逃げると思ったが、走り出した私に向かってきた。咄嗟に伸ばした腕をするりと避け、私の顎をくいっと持ち上げる。
目の前にはしたり顔の哀牙さん。彼の微かな香水の匂いが私の鼻をくすぐった。
「またお会いしましょう」
「……ッ!」
「苗字!」
今度はすぐ背後からうまのすけさんの声が聞こえ、私は焦って哀牙さんを突き飛ばした。振り返ると、うまのすけさんがこっちへ走って来ていた。
「うまのすけさん! この人……」
「……誰もいねえぞ?」
「えっ!?」
前に向き直ると、いつの間にか哀牙さんは姿を消していた。く、くやしい……。あと少しだったのに、逃げられてしまった。
「おい! お前手に何持ってんだ!?」
「え……? あ……ああっ!」
そして私の手には、奪われたはずの《キレーナの瞳》が握らされていた。
高菱屋へ戻ると、宝石が盗まれたあまりのショックに失神寸前のジンクさんが居た。早速仮面マスクから奪い返した(?)《キレーナの瞳》を見せるとジンクさんは正気を取り戻し、狂ったように喜んだ。
哀牙さんが怪人☆仮面マスクだと、もっと早く気付いていればジンクさんも失神せずにすんだだろうに。彼が盗みを働いたという決定的な証拠を見つけたわけではないので、捕まえることは出来ない。
「すげえな苗字。お手柄じゃねえか」
「はあ……まあ……」
「チッ」
「あイタッ!」
暗い返事をする私にうまのすけさんは容赦なくデコピンした。うまのすけさんのは割と威力強めで痛いのに。
「何するんですか!」
「辛気臭いツラしてんじゃねえよアホ。依頼人を見ろ、すげえ喜んでるじゃねえか。あの笑顔はお前がしてやったんだろうが」
うまのすけさんの言葉に目からうろこが出たような気持ちになる。確かにジンクさんはとても嬉しそうな顔をしていた。何度も周りにお礼を言って、飾ってある美術品一つひとつを愛でている。
「そっか……。ありがとうございます」
「おう」
私は笑顔で丁寧にうまのすけさんに礼を告げた。
「でもこれとそれは別ですー!」
「痛ェーーっ!」
背伸びしてうまのすけさんの額に両手でデコピンをお見舞すると、額の骨に当たる良い音と共に爪ごとめり込んだ。
「さ、まだまだ仕事の時間ですよ!」
「ったく、ゲンキンなヤツだぜ」
ジンクさんの元へ駆け寄ると、うまのすけさんも額をさすりながらこちらへゆったりと歩み寄った。
(20120123)
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Smotherd mate