あらすじ…何ということでしょう。借金が無くなりました。
11
さて、自宅へと戻ってきたわけですが。
「……あれ?」
「どうした?」
ドアノブを握って回すが開かない。
確か鍵は昨夜、社長に壊されたはず。
だから仕方なく今朝も鍵を閉めずに出てきた。
「鍵が開かないんです……壊れているはずなのに」
「ああ、それなら直しておいたぜ」
「へっ!?」
馬乃介さんが直した?
一体どういう事!?
「まあ、話は中でしようぜ。ほら、新しい鍵だ」
「え、ええ、えええ……っ!?」
馬乃介さんに新しい鍵を手渡される。
それは今まで使っていたものと違う形をしていた。
何だか可愛い動物のキーホルダーまで付いていて、少し嬉しかった。
まさかそんなところにまでお金を使わせてしまったなんて……と申し訳なく思いながら私は鍵を開けた。
「で、どういう事か教えて貰えますか?」
「ああ、1から説明してやるよ」
テーブルを挟んでお茶をすすりながら、私は静かに馬乃介さんの話を聞いた。
「まずは昨夜、アンタとまともに話が出来なくなったと思い俺は一旦外に出た」
「……その節はすみませんでした」
「構わん。その後、俺は寝袋を持ってきてアンタんちの玄関前で一晩過ごした」
「ちょっと待った」
「ん? ああ、盗聴器の話はこの後だ」
「違いますそっちじゃないです違います」
私は手をパタパタと振って否定する。
私の家の前で一晩過ごしたって、どういう事だ。
しかし馬乃介さんははてなマークを頭上に浮かべる私を気にせず、話を続ける。
「盗聴器は昨日、放心状態のアンタに紅茶を入れつつ仕事着らしいスーツの胸元に付けておいた」
「胸元……あっこれか! 怖い! 家主が放心状態の間にテキパキと犯罪行為が施されていたのが怖い!」
私は胸元の襟の裏側に盗聴器を発見し、むしり取った。
こうして実際の物を見ても、なんだか現実感がないが……やはり、そういうことなのだろう。
私は盗聴器を馬乃介さんの手前に置くように突き返した。
「……だがアパートの住人には怪しまれ、隣人らしき男にも声を掛けられちまった」
「そりゃそうですよね! で、どうしたんですか?」
「俺はこう言ったさ……『愛しい恋人と喧嘩をしちまってな、頭を冷やすために外で寝るんだ、気にしないでくれ』とな」
「恋人じゃないです! 何というか、相変わらずですね……」
このツッコミも何度目だろうか。
馬乃介さんが可笑しい事は今に始まったわけじゃない。
むしろどれだけ素っ頓狂な話が今後飛び出すのか、楽しみになりつつある自分が居るのが悔しくらい。
…………被害は甚大だけれど。
「隣人の男は優しかった。俺に缶コーヒーを持ってきてくれたんだ」
「なんで私の家の前でハートフルドラマが始まってるんですか」
「そして俺と名前のラブメモリアルが火を噴き、男とのトークが始まった」
「な、何を喋ったんですか!?」
私は両手でテーブルをバンと叩き、異議を申すかのように馬乃介さんに指を突きつけた。
あらぬ誤解を、会社だけでなくお隣にまで与えたという事実に私は不安を隠せない。
「俺と名前の愛の思い出に決まってんだろうが!」
「逆ギレ!? まだ出会ってか丸2日ですよ!? どこに思い出と呼べるものがあるんですか!」
「それはこれからの俺達が作り出す……未来にだ!」
「思い出じゃない!」
ああもう、やっぱりまともな会話が出来やしない。
でも、こうして予想外の事ばかりをする馬乃介さんに、自分の気持ちを隠さずそのまま言い出せる事に居心地の良さを感じる。
「大体……むっ」
「まあ待てよ、まだ話の途中だぜ?」
私の唇に人差し指を突きつけて制す馬乃介さん。
確かに、突っ込みどころが多すぎて一々突っ込んでいるせいか、話が進まない。
心の中で反省し、改めて心を落ち着けて馬乃介さんの話に集中した。
「で、だ。アンタが今朝、出勤するのを見計らって俺は物陰に隠れた。それからアンタを尾行し、会社の居場所を突き止めた」
尾行? いいえ立派なストーキングです。
それにしても、朝っぱらからストーカーされていたなんて全然気付かなかった。
それほど今朝の私は他に気が回っていなかったのだろう。
「出社後も盗聴器からはまだゼニトラの声が聞こえてこなかったからな、一旦名前の家に戻り……」
ここで鍵の業者を呼んで、ドアを直してもらったのだろうか。
「名前のベッドに寝転がった」
「いやああああぁあー!!」
想定外の発言に私は絶叫するしかなかった。
黙っていようと思ったけど、無理だった。
予想外の発言をする馬乃介さん云々居心地云々の話を撤回したい。
「枕、布団、シーツ、全て堪能させてもらったぜ」
「やっぱりあなたは野放しにしてはいけない人物です!」
「おいおい、そんな固ぇ事言うなよ。ドアは直したんだしよ」
「う、そりゃそうですけど……」
「ドアの鍵は直した。代わりにアンタのベッドを堪能させてもらった。シンプリフィケーション……等価交換ってやつさ」
どうしてだろう、”等価”と思えないのは。
きっと私の方は、物だけではなく心までも侵されたからだろう。
「その後、業者を呼んで直してもらった。再び俺が名前のベッドを楽しんでいると、盗聴器からゼニトラの声が聞こえてきたから急いで駆けつけたってわけだ」
「2回も私のベッドで何してんですか!」
「シンプ……」
「シンプリフィケーションどころじゃないですよ!」
「ハッハ、アンタも言うようになったじゃねえか」
ああ……知りたくなかった。本当に。
だけど今回ばかりは助けてもらった手前、通報だの言うわけにはいかない。
「あ、じゃあ鍵の修理代を……」
「いいんだよ、んな事」
「でも、」
「だってよ、俺も今日からここに住むんだから鍵が無いと危ねえだろ? 気にすんな」
「ああ、なら仕方な……………………はあ!?」
今、この人なんて言った!?
ここに、私の家に、一緒に住む!? 冗談でしょ!?
「ちょっと何を仰っているか理解出来ません」
「今使っていた部屋は解約してきたから、どのみち泊まる場所は無え。荷物や布団ならすでに押し入れにしまってあるから心配いらん。それともベッドで一緒に寝るか?」
「ねねね、寝るわけないじゃないですか!」
私は顔を真赤にして叫んだ。
私の焦りをよそに、馬乃介さんは意地悪く笑みを浮かべる。
困り果てていると彼が名案を思い付いたと言わんばかりに指をパチンと鳴らした。
「よし、なら俺のことはペットと思え」
「思えるわけないじゃないですか! ……そういえば身長いくつですか?」
「185cmだ」
「 で っ か い ! ! ! 」
「じゃあ、こ、恋人って思ってくれてもいいんだぜ……?」
「悪化したじゃないですか! 何すこし照れてるんですか!」
こっちまで照れるから、やめて下さい。とは言えず。
私は静かにテーブルに顔を伏せた。
「名前?」
「……少し考えさせて下さい」
同居自体はもう撤回なんて出来ないだろう。
彼は確かに押しが強い。今までの行動を思い返してみても、私は大体彼の押しに負けている。
しかし彼なりの良心で、越えてはいけないラインを守ってくれている……と私は思う。
私が本当に嫌がる事はしないし、今だって無理にでも私を我が物にしようとしない。
彼なりに……変わってきているのかもしれない。
それに、難しく考える必要はない。
そう、ルームシェアだ。
そして彼は私のボディガードで、四六時中守ってくれるナイトさん。
……ちょっと無理があるかな。
とにかく、私は腹を決めて顔を上げた。
「ところで、私は職を失ったので少しの間、文無しになりますが大丈夫ですか?」
「今更そんな事を気にすると思うか? そもそも、俺がアンタの仕事を奪ったようなもんだぜ?」
その言葉に私は少し気が楽になった。
『安心と信頼』というフレーズがよく似合う人だ。犯罪気質さえなければ。
座り方を正座に直し、覚悟を決めた瞳で馬乃介さんを見据えた。
「……わかりました、一緒に住みましょう」
「名前、俺との同棲を認めてくれるんだな!」
「ルームシェアです」
「どうせ……」
「ルームシェア」
「ど……」
「ル・ウ・ム・シェ・ア」
ここだけは譲れない。
馬乃介さんは不服そうに唇を尖らせるが、私の意思もはっきり伝えておかないと、いつかいい加減になってしまいそうだ。
「まさか、アンタからそんなに前向きな返事が聞けるとは思わなかったぜ。借金の事で気を遣ったのか?」
「……それも、ありますけど」
無いといえば嘘になる。
でも、最後に従ったのは、私の気持ちだ。
「馬乃介さんとなら……良いかな、って思ったんです」
「………………………」
馬乃介さんは、私の言葉に言葉を失っていた。
目を見開き、口を大きく開けている。
言った後に恥ずかしくなって私は自分の口元を手で押さえた。
「これは…………両想いってやつか?」
「ちちちちち、違います! あっ、その、いえ、えっと……そ、そういうんじゃなくて! そ、その、馬乃介さんは信用出来る方だと、思ったから……!」
手をバタバタと振り、慌てふためいて弁明するも、馬乃介さん恍惚とした表情を浮かべている。
ああ、これは自分の世界に浸ってしまっているな。
「と、とにかく! 宜しくお願いします!」
この空気を何とか打破しなければと思いながら、真剣な眼差しで深々と頭を下げる。
と、勢い良くテーブルに額をぶつけてしまい、ゴンといい音が響いた。
あまりにも恥ずかしくて顔を上げられずに居ると、クックックと笑い声が聞こえてくる。
指先で頭を突かれ、私は額を押さえながらゆっくり顔を上げた。
「よろしくな、名前」
「……はい」
色々と、まだ不安なことはある。
でも私は、社長の前であの言葉を発した時の馬乃介さんを信じる。
そう決めたんだ。
こうして出会いから3日目にして、馬乃介さんとのルームシェアが始まった。
まずは防犯ブザーを買いに行こう。
備えあれば憂いなし……かなあ。
一応、話はまとまったので、今日のところは休もうとなった。
お風呂は先にどうぞと進めたけど、何故か馬乃介さんは頑なに拒んだので、私はタンスから下着を取り出す。
「……あれ?」
「どうした?」
「いえ、下着が減っているような気がして……」
「俺じゃねえぞ! 俺ならもっと堂々とアンタに了解を得るからな」
「堂々と言われても了承できませんけど!?」
一抹の不安を残しつつ私はお風呂で疲れを洗い落とすことにしたのだった。
(20130320 修正20160728)
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Smotherd mate