あらすじ…馬乃介さんが帰ってきません。
23
「あれ……?」
気が付くと、私は自分のベッドで横になっていた。
昨夜はテーブルに突っ伏したまま眠気に襲われて、そのまま寝てしまった気がしたんだけど……。
もしかしたら馬乃介さんが帰ってきて、私をベッドまで運んでくれたのかもしれない。
急いでリビング側にまわったが、誰も居ない。
携帯を覗いてもやっぱり連絡はなく、私は大きな溜息を吐いた。
「まだ、仕事かな……」
誰も居ない静かな部屋に、私の声がぽつりと沈んで消えた。
昨日の残り物でも食べようと冷蔵庫を開けると、作ったはずの料理がなくなっていた。
流しには食器が綺麗に洗って置いてある。
やっぱり、馬乃介さんは帰って来たんだと確信し、しっかり起きていれば良かったと悔やんだ。
合鍵を持っているのは馬乃介さんだけだし、流石にまた変質者がこんな理解できない事をしたとなると、もう頭がパンクする。……まあ、変質者の筆頭のような人と暮らしているわけだけど。
連絡も書き置きもないのが不安だけど、時間が無かったのだろう、と自分を納得させた。
今日も良い天気で、洗濯物がよく乾きそうだ。
次々と2人分の洗濯物を干していくが、馬乃介さんの服の大きさには毎回驚かされる。
185cmってことはLかLLサイズなのかな。体格の差を感じて、なんだかドキドキする。
自分でも驚くほど切り替えは早いもので。
履歴書を書いている内に私の集中力はそちらに奪われていった。
そういえば、これを書いている時に隠しカメラを発見したんだよなあ。思い返すと、本当にすごい偶然だ。
これ以上2人の生活を覗かれなくて良かった、と心底思う。
馬乃介さんの奥さんになる為の履歴書……なんて、今思うと本当に阿呆らしい。
以前、その履歴書はビリビリに破いてしまったが、これから現実になるかもしれないと思うと、自然とペンが動いた。
・自己PR。掃除・洗濯・炊事が出来ます。料理はまだ下手ですが、これから上達するよう頑張ります。
・志望動機。心強さ、優しさ、逞しさに惹かれました。守られるだけでなく、私も真に貴方を守りたいです。
・就業時間。24時間。
……我ながらこっ恥ずかしい事を書いてしまった。
改めて読むと、以前書いたものよりも恥を上乗せしている文章だ。
照れ隠しとして最後に少しだけ書き足す。
『馬乃介さんがこれを読んでいると言うことは、すでに私は苗字ではないのでしょう』。
余計に恥ずかしくなってしまった。もう駄目だ。
もし馬乃介さんが読んだらどういう反応をするだろうか。
絶対にすっごく喜ぶ。からの抱擁。そして『俺のところに永久就職しちまえよ!』とか言い出すんだ。
容易に想像出来てしまい、プッと吹き出した。
最初の出会いからちょうど1週間、考えてみるとすごい距離の縮まり方だと思う。
目が合ったから恋人と勘違いされて、誘拐されて、その後もしつこく付きまとわれて。
かと思えば急に離れて、盗聴器と発信機付けて戻ってきて、借金から助けてくれて、ルームシェアが始まって。
社長が壊した鍵は直してくれちゃうし、人が居ない隙にベッドを堪能してるし、やりたい放題で人生をとても楽しんでいる。
「……ふふふ、あははは!」
今までの出会いを振り返ってみるとあまりにもおかしくて、他人事のように笑えてくる。
ひとしきり笑った後、私は天井を見上げた。
――もう、不安になるのはやめよう。
馬乃介さんと同じ空間に居るのはとても居心地が良い。
彼にもそう思ってもらえるように、彼が安心できる居場所をいつも作ってあげよう。
馬乃介さんはきっと帰って来るし、連絡もその内くれるはず。
もし帰って来なかったとしても、その時はその時だ。……その可能性はあまり考えたくはないけれど。
「今日も美味しいもの作って待ってようかな!」
同時に良い事を思い付いた。
馬乃介さんに何かプレゼントを贈ろう。
今までの感謝の気持ちを込めて、とっておきの何かを。
これからの私達を繋いでくれる、素敵なプレゼントを。
何が良いかなとウィンドウショッピングをしていると、スーツ店がふと目に入った。
馬乃介さんはよくスーツを着ているから、ネクタイとかどうだろう。
意気込んで店内に入ったは良いものの、馬乃介さんの好みがイマイチわからない事に気付いた。
記憶を掘り返していくと、馬乃介さんの持って来た荷物の柄はチェックだった事を思い出す。
それに、チェスの駒みたいなキーホルダーも付いてたし……そうだ、最初に誘拐されて連れて来られた部屋にはチェスボードも置いてあった。
なるほど、馬乃介さんはチェスが好きなのか。
店員さんに話し掛け、早速ネクタイ売り場に案内して貰うとちょうど良いものを発見した。
ブラウンとベージュのチェック柄のネクタイ。一目見て、「これだ」と思った。
ついでにシルバーのネクタイピンとカフスのセットも購入し、シックなデザインのラッピングをしてもらった。
これを渡した時の反応を面白おかしく想像しながらお店を出ようとしたら、黒いスーツを着た見知らぬ男性とのすれ違いざまに「あ」という声が聞こえた。
何だろうと思って振り向くと、角刈りの40代くらいの背が高い男性が、サングラス越しに私を見ていた。
「すみませんが、内藤という男をご存知ですか?」
「えっ」
急に声を掛けられて、私は戸惑った。
彼の言う『内藤という男』の特徴は、長身で金髪のモヒカンで目つきが鋭い奴……ピッタリ当てはまるのは私のよく知っている、あの内藤 馬乃介のみだった。
ふっ、と頭に、以前公園から見かけた『哀牙探偵事務所』の文字がよぎった。
……もしかして、この人は探偵?
「は、はい……」
「やはりそうでしたか」
訝しげに返事をすると、その男性は安心したように口端を上げた。
……あれ……この人、どこかで見たことがあるような気がする。
「突然失礼しました。私は内藤と同じ会社でボディガードをしている外城という者です」
「あっ!」
そうだ、初めて馬乃介さんを公園で見かけた時、一緒に女性を警護していた人だ。
年齢的に見ると、この人が馬乃介さんの上司にあたるのだろうか。探偵だなんて、妙な勘違いをしてしまって恥ずかしい。
「今回の件は大変でしたね。犯人が捕まって良かったです」
「ありがとうございます。あの、いつも馬乃介さんがお世話になってます」
軽くお辞儀をすると外城さんも丁寧に返してくれた。
馬乃介さんの会社の人とこうしてお会いするなんて、何だか不思議だ。
「ところで、どうして私だとわかったんですか?」
「おっと、そうだ。実はこれを内藤に返して欲しくてですね」
そう言って外城さんに渡されたのは、馬乃介さんの携帯電話だった。
聞けば馬乃介さんは、待ち受け画面の私をしょっちゅう会社で自慢しているらしい。
おかげで私の顔は馬乃介さんの会社でとても有名だという。
その話を聞いている間、私は今すぐ馬乃介さんに助走をつけて殴りたくて仕方ない気分に駆られた。何してくれてんだあの人は。
そして昨日やっと会社に来たので、今まで溜まっていた仕事をさせていたが、いつまた抜け出すかわからない。
というわけで、馬乃介さんの携帯電話を没収し、交代で見張りをしていた同僚の皆さん。
給食が食べ終わらなくて昼休みも延々と食べている小学生ですかあなたは。
流石に長時間労働で大変だろうと、一旦、退社をさせようとしたが馬乃介さんは意地になってずっと仕事をしていた。
……が、やはり夜中に会社を抜けだして(多分この時に家に帰ってきた)、その後同僚に見つかって会社に戻された……という流れらしい。
どこの脱獄囚ですか。
そして先程ようやく仕事を終え、没収された携帯電話をすっかり忘れて全速力で帰宅した、と外城さんは言った。
明日返そうと思っていたが、たまたま私に会ったので任せようということだ。
……つまり、家にはもう馬乃介さんが帰っている?
「連絡が出来ずに申し訳ありません。御宅の電話番号がわからず、内藤の携帯の電池も切れてしまいまして」
「い、いえ、大丈夫です。それよりも、そんないい加減な馬乃介さんの面倒を見てくださって、本当にありがとうございます」
再び深々とお辞儀をするが、外城さんは全く迷惑そうな素振りも見せず、ごほんと咳をした。
「内藤は仕事中はヤル男なので、周りもそんなアイツを買っているんです。あの若さにしてナンバー2に登り詰めただけの実力はあります」
ナンバー2。馬乃介さんの言っていた事、本当だったんだ。
信じていたわけじゃなかったけど、上司の方から直接耳にするとやはり改めて実感する。
「それに、今までは帰れと言っても聞かずにひたすら仕事に走っていた男が、最近じゃ仕事が終わればさっさと帰るようになった」
「そうなんですか!?」
それは知らなかった。
だって、カリヨーゼの時は仕事を休むし、私が仕事を辞めてからは割りと早い帰りの方だと思う。
それは決して、馬乃介さんが仕事に精を出していないからではなく、むしろその逆だったのかと思うと馬乃介さんを見る目が変わる。
外城さんは明言はしないが、つまりそれは『私が家で待っているから』だ、という事と同義だった。
「ええ。だからこれからもアイツを宜しくお願いします」
「そんな、恐れ多いです! こ、こちらこそ宜しくお願いします!」
3度目のお辞儀。それでもまだ足りないくらいだった。
外城さんと話をして、馬乃介さんは上司に恵まれている事がわかった。
この会社でなら思う分張り切って欲しいし、これからも頑張って欲しいと願う。
最後に挨拶をして、私は外城さんと分かれた。
ああ、ますます、馬乃介さんに早く会いたくなってしまった。
私も帰らなければ。
馬乃介さんが待っている、私達の家へ。
急いで帰宅するも、部屋には鍵がかかっている上、中に入っても人の気配は全く無かった。
ベッドにも、風呂場にも、トイレにも、押し入れにも。
もしかしたら私が居ないと知って、また外に行ってしまったのかもしれない。
「あっ、やば――」
しまった、履歴書をそのままにして出掛けてしまっていた。
このこっ恥ずかしい紙っペラは読まれ――いや、絶対に読まれた。
だって、ここには無かったものが増えている。
1枚の婚姻届。『夫になる人』の欄には、馬乃介さんの氏名が書かれていた。
私もテーブルに転がっていたペンを取り、何となく隣の空欄に自分の名前を書き込んだ。
それぞれの筆跡で並んだ名前を見つめると、胸がほっこりして嬉しくなった。
「って、こうしちゃいられない!」
自分の目的を思い出し、ペンと履歴書をテーブルに置いて私は外へ飛び出した。
空がすっかり夕焼け色に染まった頃、私は重い足取りで公園を歩いていた。
どこに行っても馬乃介さんが見当たらない。
まるで、飼い犬が首輪から抜けだしたのを必死に追いかけるけど捕まえられない飼い主の気分だ。
家で素直に待ってれば良かった、と公園の通りをとぼとぼ歩く。
すると前から歩いてくる人影に気付いた。
それは、私が今の今まで探していた馬乃介さん本人だった。
馬乃介さんも私に気付いて目が合った瞬間、全力疾走で向かって来る。速い。怖い。
ぶつかる――と思ったが、馬乃介さんは私のすぐ手前で制止した。
腕を伸ばし私の腰を掴んで、思いっきり持ち上げる。
「きゃあああっ!? ま、馬乃介さん!?」
バランスが崩れてしまいそうで怖くて、私は落ちないように馬乃介さんの肩を掴んだ。
馬乃介さんよりも高い、いつもと違う目線に非現実感を感じる。
「……やっと、捕まえたぞ、名前!」
馬乃介さんはゼイゼイと息を切らして、大きな声でそう言った。
その顔はまるで、砂漠に落とした一粒の宝石をやっと見付けたような、キラキラと輝く笑顔。
その純粋な眼差しに思わず胸がときめく。
「……お仕事、お疲れ様です……」
何から言えばいいのかわからなくて、そんな言葉しか思いつかない。
馬乃介さんはすぐに私を地面に降ろしてくれるのかと思いきや、落とさないようにとしっかり抱え直した。
「連絡が出来なくてすまなかった」
「その件は、外城さんから聞きました。大丈夫です」
外城さんと会った、と言ったら眉を顰めたので、私は慌てて訂正した。
馬乃介さんが私の待ち受けなんて見せるから、と少し責めるような言い方をしても、いたずらっぽく笑うのみ。
ああ、ずるい。やっぱり馬乃介さんはどんな笑顔も最高にカッコいい。
たった1日ぶりなのに、もう何年も会っていなかったような嬉しさが胸の中に湧いてくる。
「なあ、名前。俺は今回みたいにこうやって、仕事になると連絡が出来なくなるし、出張なんてザラだ」
何を言い出すかと思えば。
「寂しい思いをさせちまうことも沢山あると思う。だがそれでも、死ぬまで俺の隣に居てくれないか?」
分かり切ってる事を、彼は。
「そんなの、当たり前じゃないですか」
馬乃介さんが私をゆっくりと地に降ろす。
私は馬乃介さんよりも低い目線に戻り、彼の顔を見るために少し見上げる。この角度が愛しい。
お互いに相手に触れている手は離さないまま、じっと見つめ合う。
「私はいつまでも馬乃介さんの帰りを待ちます。私が馬乃介さんの居場所を守ります」
私なりの、最高の笑顔を添えて。
心の花束を、最愛の馬乃介さんへ届ける。
「だから、絶対に私の元へ帰ってきて下さい」
そう言うと、馬乃介さんは目を細めながら歯を見せて笑った。
「ああ、約束する――」
夕日を背に、2人の影が重なった。
きっと私は馬乃介さんに出会う為に生まれてきたんだって、そう思えるくらいに、過去の辛い出来事が、彼と共に過ごした時間によって昇華されていく。
さあ、帰ろう。私達の家に。私達の居場所に。
その先に待っている、私達の未来の元に。
◆Swindle 完◆
(20160904)
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Smotherd mate