1.子羊とブルーベリーパイ
「兄さん、兄さーん。遊びに来たよー」
コンコンと見慣れたドアを軽快にノックする。久しぶりに兄さんに会えると思うとワクワクしちゃう。元気にしてたかな。ちゃんとご飯は食べているかな。ガチャッと開いた瞬間私はすかさず腕を伸ばした。しかし最愛の兄へ向けた愛情のこもったハグは、直前でピタリと固まった。
「あン? なんだアンタ」
「に、に、兄さんが……」
ぶるぶるわなわなと体を震わせて、私は目の前の現実が受け入れられずにいた。私の大好きな兄さんは、流れるようなサラサラヘアーを狼の耳の様に尖らせて、憂いを帯びた瞳は鋭い眼光になり、清潔感溢れる格好は胸元がバッチリ開いたワイルドなファッションに変貌させていたのだ。
「兄さんが不良になったー!」
両手で顔を覆いながら玄関先で大いに嘆く。ああ、兄さんは私の知っている兄さんではなくなってしまった。昔の儚くて純粋で天使のような兄さんはどこへ行ってしまったのだろうか。しばらく呆然としていると、騒ぎを聞きつけたのか部屋の奥からパタパタと足音が聞こえてきた。
「狼、何をしているんだ?」
「いや、この女が勝手に……」
「あっ、兄さん! 良かった今度は本物だ!」
奥から現れてきた人物を見て今度こそ本物だと確信。そして私の兄、アクビー・ヒックスに抱き付いた。この肌触り、匂い、体つき……ああ、間違えようもない。兄さんだ。彼は驚きながらも私を抱きとめると優しく頭を撫でてくれた。
「おい、兄さんって……」
「ああ、彼女は名前。私の妹だ」
「は、はあー!?」
部屋に招かれて、私は持っていた大きな旅行用バッグと手提げ鞄を部屋の隅に置かせて貰う。大きいバッグから野菜やら固形スープの素やら日持ちする食料やらを取り出して、キッチンの端に次々と置いていく。それがひと段落した後、私達は部屋の中央のテーブルを囲んだ。兄さんは仕事の同僚である狼士龍さんに私を紹介し、私にも彼を紹介してくれた。さっきは失礼なことをしてしまったから、心なしか睨まれている気がして怖い。元々鋭い目付きというのもあるだろうけど。
「あの、先程は失礼しました」
「別に気にしてねえよ。それより妹が居たなんて初耳だぜ」
「あれ、言ってなかったか?」
兄さんが悪びれずにそう言い放つと狼さんは呆れた。兄さんは天然で、どこかボケているというか、それでいて飄々としたところもあって、初対面の人にはちょっと掴みづらい。狼さんは多分そんな兄さんも知った上での反応だろうけど。兄さんは職場では家族の話は、あまりしない方なのかな。それもちょっと寂しい。
「それにしてもアンタら似てねえな」
私達が兄妹だと知った人は皆がそう言う。兄さんは金髪碧眼で鼻はシュッとして端正な顔つき……いや最早芸術的というべき美しさだ……うん、落ち着こう。まあとにかくボルジニア人の顔付きだが、私はそれと全く違う日本人。誰がどう見ても兄妹には見えない。
「私達は連れ子同士なんだ。私の父と、名前の母が再婚してね」
「兄さんは全然実家に帰ってきてくれないから、こうして私が遊びに来るんです」
兄さんの仕事は国際警察の捜査官で、すごく忙しいのは知ってる。あまり邪魔をしたくないけど、やっぱりたまには顔を見ないと心配で仕方ない。だって兄さんの仕事は危険と隣合わせだから。仕事の事はよくわからないけど、海外出張によく行っていると聞くし、休みもあまり取れていないように見える。麻薬とか国際犯罪とか、兎に角そういった悪質な犯罪と戦っているのだろう。今日は休日だって前もって教えてくれていたから、私はこうして訪れたのだ。
「へえ、仲が良いんだな」
他の人からそう言われるのは嬉しい。私は今まで兄弟が居なかったから憧れていた。もっとも、母が再婚したのは私が高校生の頃だったから、すでに働き始めていた兄とはあまり接点が持てなかった。けど私が高校卒業後の進路に悩んでいる時、一番親身になって相談に乗ってくれたのが兄だった。それから私は、尊敬や敬愛のような感情を兄に対して抱いている。だから仕事の為に一人暮らしをすると兄が決めた時は本当に寂しかった。けど私達家族はそんな兄を笑顔で見送ったし、私も度々遊びに来ては両親に頼まれた荷物を持ってきたりしている。
「これ、母さんがいつもの作ってくれたから、温かい内に食べよう!」
そう言って私が取り出したのはまだ微かに温もりを残しているブルーベリーパイ。それを見て兄さんは顔を綻ばせた。これは彼の好物で、幼い頃によく作ってもらっていたらしい。私の母も兄の為に作るようになり、流れで私も何度か挑戦したがやはり母の味には遠く及ばなかった。
「じゃあ、俺はこの辺で……」
「何言ってるんだ、狼」
「せっかくですし狼さんも一緒に食べましょう!」
兄妹水入らずだろ、と狼さんは言うけど、兄さんの友達にそんな失礼をするはずがない。帰ろうとする狼さんを二人で引き止めると、狼さんは「仕方ねえな」とどこか嬉しそうに、再び席に着いた。
いつもは家族で、たまに兄さんと二人で食べるブルーベリーパイだったけど、狼さんも交えて三人で食べるパイも、また格別に美味しかった。
(20160828)
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Smotherd mate