18.羊と宛先のない手紙
──さて、どこから話そうか。
私は、数年前からずっと自分の時間が止まっているような感覚だった。だがそれは違った。私の周りの時間はちゃんと進んでいたし、私の時間も止まってなどいなかった。いや、正確に言えば「彼らのおかげで再び動き出した」に近いだろう。
彼らといえば、決まっている。同僚の狼と、妹の名前の二人だ。
このたった半年間で、本当に色んなことがあった。
狼と名前の二人が出会った時、こうなる予感がしていたと言えば君は笑うだろうか。いやきっと「自分もそう思っていた」と同意してくれるだろう。二人は真反対の性格だが、だからこそ互いに惹かれるものがあったのかもしれない。
名前はよく私にブルーベリーパイを作ってくれるし気遣いも出来るいい子だ。惚れてしまうのも無理はない。血の繋がりはないが大事な妹だ。
そうそう、狼に「私の好物のブルーベリーパイを作っているのは母ではなく名前だ」とまるで衝撃の事実のように暴露されたことがあったが、私はとっくに気付いていたよ。けど名前はそれを隠していたんだ。だったらそれに付き合ってあげるべきだろう。まったく、狼、そういうとこだぞ。
休暇中に三人でテーマパークに行ったこともあったな。幼い頃に行ったきりだったが、なかなか楽しかった。ジェットコースターで狼が犬みたいな鳴き声を出していたのは今思い出しても笑ってしまう。観覧車が停電になったときは驚いたが、何事もなくて良かった。逆にアイツがついていながら何かあったら許さない。
程なくして名前が仕事のために私の家で一緒に暮らしだし、狼もよく遊びに来るようになった。来すぎなくらいに。そうだ、私が仕事で出張中も狼は名前が一人で居る家によく来ていた。私が久々に帰るとまるで我が家のように狼が名前と一緒にお茶をしているんだ。流石に突っ込まずにはいられなかったよ。君も見たら吹き出すに違いない。
まあ、おかげで防犯上は安心できた、と思う。もしかしたら、この頃から狼は名前に特別な感情を抱いていたのだろうな。まあ間違いは起きないていないから良しとしよう。
クリスマスにはプレゼントを贈り合っていた。
名前はキルトで作ったタオルケットを、狼はアンティーク調のペンダントを。正直、ここで告白してしまえばいいのにと思った。……おかしいな、気付けば私は、早く二人が恋人にならないものだろうかと、もどかしさを感じていたようだ。
さらにバレンタイン。名前は狼から七本の薔薇を貰ったらしい。"密かな愛"……なんてキザな奴だ。私には真似できない。だが残念ながら狼、名前は日本式のバレンタインしか知らない。薔薇の本数の意味もわかっていなかったぞ。流石に同情したが、もう二人が恋人になるのは時間の問題のように思えた。
だが、ここでアクシデントが一つ起きた。
名前がある事件に巻き込まれた。この国を揺るがすほどの大きな事件だ。この言葉を事実と受け取るか、オーバーな表現と受け取るかは君次第だ。まあ、私と狼で何とか解決出来たわけだが、母は名前を日本に連れて帰ることにしたんだ。名前は必死に抵抗するが聞き入れて貰えず、一時帰国が決まった。まさかこんな形で二人が引き裂かれるとは夢にも思わないだろう。だが、名前のことを思えば日本の方が安全なのかもしれない。……私も離れがたく思う。非常に難しい問題だ。
その事件のせいで入院していた私の病室に、名前が最後のお見舞いに来てくれた。これから飛行機で日本に向かうらしい。だがもう二度と会えないわけではない。少し落ち着いたらまた戻ってくるようだ。
帰国前に名前が私に一本の鍵を託した。レターウォールの特別の手紙が入っている鍵だ。狼に渡してくれと頼まれた。そう言った彼女の曇った表情を、どうしたら晴らすことが出来ただろうか。
名前が別れの言葉を告げてから二時間後、狼が来た。名前の姿が見えないのが気になっているようだが、私の見舞いに来たなら私を気遣え。そう思いながら狼に鍵を渡してやった。それだけなのにレターウォールの鍵であることと、名前が居なくなることを見抜いた。流石、コイツの頭は飾りじゃない。ずばり名前に関しては飛び抜けて冴えている。
本当は一時帰国するだけだが、二度と戻ってこないかのように伝えてやる。もう手遅れになるようなことは許さない。そしてお前だけじゃない、私だって少し寂しい。だから、しっかり捕まえて来るんだぞ。狼、GO!
案の定、その日の夜に狼と名前がやって来た。よくやった。
どうやら狼は、空港で名前にかなり熱烈な、聞いてる方が顔を真赤にしてしまう程の告白をしてしまったらしい。だがその想いが名前に届き、二人は引き裂かれる直前にめでたく結ばれたわけだ。しかもその直後に母がやってきて、一部始終を見られていたとのこと。場面を想像するだけで口端が上がってしまう。私もその場に居たかった。
結局飛行機はキャンセルして、名前と母は日本への帰国を中止した。アイツの一度決めたら頑として推し進む強さをよく知っているが、まさかあの母親にも通用するとはな。
名前が狼宛にレターウォールに置いてきた手紙はもう必要ないとのことで、私が回収をすることにした。そのついでに、今この手紙を書いているところだ。
名前の書いた手紙は私宛ではないから読むなどと野暮なことはしない。が、こっそりと狼に渡してやる。私の予想では、そうだな……きっと「一年後に絶対また会いに来るから待ってて」などと、ほぼ告白に近いものが書いてあったのではないだろうか。
何にせよ、彼らにはこれからもっと幸せになってもらいたいと思う。
それだけが私の望みだ。
さて、今日の手紙はこれくらいにしておこう。
こうして過去の私が未来の君に手紙を書くのは何度目だろうか。しかし今日の手紙ほど長く、そして幸せに満ちたものは無いだろう。
これを君がいつ読むかはわからないが、そう遠くない未来であることを願う。忘れた頃に読むのも面白いとは思うが、こんなビッグイベントはそうそう記憶から消えないものだ。
手紙をここに挟むのも惜しいくらいだが、こんなに素晴らしい出来事を私一人の中に留めておくのも勿体無い。君以外の誰かが読むかもしれないと思うと、それすらも楽しみに感じてしまうんだ。誰かとこの喜びを共有出来たら、それはとても幸せなことだ。
ではまた読みに……いや、書きに来るかもしれないな。
その時はまた会おう。
親愛なる数年後の君へ
◆ 狼と羊と子羊 完◆
(20190322)
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Smotherd mate