4.子羊とサプライズ
その夜、三人で食事をした後、狼さんは取っているホテルへ戻った。私は一緒に兄さんの家へ行き、バッグから着替えやその他お泊りセットを取り出す。
「道理で大きい鞄だと思った」
「出来れば一泊と言わず、もっと泊まりたいんだけどね」
それじゃ迷惑でしょ、と遠慮がちに言うと、兄さんはやんわりと否定した。『サプライズ』という単語でぼかしたせいで少し慌てたが、決して迷惑ではないと言ってくれた。本当は泊まるだけじゃなくて、一緒に住みたい。しかし、それこそ本当に迷惑に違いないと思うと怖くて言い出せない。
実は私は来月から社会人として仕事が始まる。これを切っ掛けに一人暮らしを始めようと思ったが両親に「心配だ」と反対された。その勤め先が兄さんが住んでいる家の近くなので、私は思い切って両親に「なら兄さんと同居する」と希望を告げたら「アクビーが良いなら」と言った。よし、言質は取った。その為に兄さんに会いに来たわけだけど、思わぬ来客が居たのでなかなか話を切り出せずにいた。いや、かえって良かったと思う。おかげで緊張が少し解れたし、久しぶりに兄さんと楽しい時間を過ごせたから。しかし今度は『いつ切り出すか』という問題が降ってかかった。
考えながら俯いていると、兄さんは私が「何泊もするのが迷惑なのだろうか」と悩んでいると勘違いして「大丈夫だよ」と頭を撫でた。その優しさとピュアな笑顔にキュンとする。
シャワーを借りた後、髪をドライヤーで乾かしながら櫛でせっせと整えていると、次に入っていた兄さんがシャワールームから出てきた。早すぎてカラスの行水かと思った。冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して一気に飲み干す。風呂上がりで薄着になった兄さんは、スーツ姿じゃ想像もつかない程に逞しくて肉付きの良い体を持っていた。ごつごつと男らしいわけではないけれど美しい筋肉の付き方に見惚れてしまう。ぼうっと兄さんを不純な目で見ていると青い瞳と視線がぶつかった。
「私はソファで寝るから、名前はベッドを使いなよ」
「なんで? 一緒に寝ようよ」
そう言うと兄さんは口から水を吹き出してむせた。口元から滴る水を手の甲で拭い、肩にかけていたタオルで顔と足元の水を拭き取る。そんなに驚くような事を言ったつもりはないんだけど彼の中ではアウトだったらしい。
「馬鹿を言うんじゃない。名前はもう大人なんだから一人で寝れるだろう?」
大人、か。兄さんと一緒に寝れるのなら子どもに戻りってもいいかもしれない。……どこまでも駄目な妹だなと自嘲気味に鼻で笑い、冗談だよと返した。毛布を持ってソファに寝転がると兄さんがやってきてベッドを指差した。普段はおとなしくて押しが弱そうなのにこういう所はやけに頑固だ。結局、兄さんの優しさに甘えてベッドで寝かせてもらう事にした。けれど兄さんの匂いのするベッドに何故か緊張してなかなか眠れず、その晩は私が夢の中に落ちるまで兄さんとおしゃべりを続けた。
翌朝、朝食を食べ終えた頃に狼さんがやってきた。「兄妹水入らずでよく寝れたか?」と聞かれたので元気よく頷く。「もしかして一緒に寝たのか?」とさらに踏み込まれたので、私は顔を赤らめながら口元を手で押さえると狼さんは見事に引っかかってくれて「このフシダラ野郎!」と兄さんの頭を叩いた。冤罪を食らった兄さんは、狼さんからの理不尽なツッコミに対して「物的証拠もなく思い込みで判断するのは如何なものか」と狼さんの髪の毛をギュッと掴んだ。狼さんのオオカミのような髪型が片方だけグシャリと崩れてしまい、つい吹き出してしまった。慈悲なき暴力により潰された髪の毛を直す狼さん。
「なあ名前、もし良けりゃ俺の泊まってるホテルに来てもいいぜ?」
「フシダラなのは君だ、狼」
え、と。それはどういうお誘いなのだろうか。困惑していると私より先に兄さんが口を開いた。「私の目の前で堂々と妹を毒牙にかける気か。嫁入り前の妹を君のような男にやるものか。冗談も大概にしろ」と早口で捲し立てられると狼さんは慌てて否定した。どうやら自分の寝床はソファでも構わないという心優しい提案だったようだ。正直兄さんと同様に良からぬ想像をしてしまったので心の中で静かに謝る。けど兄さんは「その必要はない」とだけ私の代わりに狼さんに返答をした。
まだ狼さんとは出会って二日目なのに、狼さんと兄さんの上下関係を垣間見た気がした。
(20161011)
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Smotherd mate