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「今日は楽しかったな!」
「お前ら、気を付けて帰れよ」
「そっちこそ〜」
「じゃあね、おやすみ!」
金曜の夜、仕事終わりに同僚との飲み会で盛り上がり、私達は気分が最高潮のまま解散した。
同期の風前 灯里(ふうぜん ともり)と一緒に、私のアパートで二次会を始める。今日はこのまま飲み明かすんだと意気込み、グラスに注いでもらったチューハイをグイッとあおった。
しかし一杯を飲みきった時には眠気が頂点に達し、私はベッドに倒れ込んでしまった。床には客用の布団も敷いてあるし、あとは灯里に任せよう……。
五時六分に死に渡る
喉の乾きを感じ、重い瞼をゆっくり開ける。
カーテンの隙間から漏れてくる光と鳥の鳴き声で朝だと理解した。……時間は7時前か。今日は夜勤だからもう少し休める。
とりあえず水を飲もうとベッドから立ち上がると、布団で寝ていた灯里に足をぶつけてしまった。慌てて謝りながら足元に視線を落とす。
「灯里、ごめ――……」
しかし謝罪の言葉は止まり、私は呆然と床を見つめた。
そこには、昨夜の笑顔が塗りつぶされるような苦痛に満ちた表情で息絶えている灯里の姿があった。
信じられない光景にフッと気が遠くなるのを感じ、私は意識を失った。
「……刑事……苗字刑事!」
哀牙探偵の声がする。
体を揺さぶられ、徐々に意識がハッキリしてきて、ハッと目を開いた。勢い良く上体を起こし、目の前の哀牙探偵の肩を掴む。
「哀牙探偵、大変なんです! 灯里が――……ってあれ、夢……?」
「残念ながら夢ではありませぬ」
「えっ……」
辺りを見回すと、私の部屋にはイトノコ先輩や鑑識の人達が忙しなく働いていた。
灯里が寝ていたはずの布団には白いテープが人型に貼られている。それを見て、私が先程目にした彼女の姿は現実だったのだと思い知らされ、血の気がさっと引いた。
「貴女の同僚、風前 灯里(ふうぜん ともり)殿は何者かによって殺された。そう、貴女の部屋で」
「わわ、私、殺してません! そんな、どうして灯里がっ!」
哀牙探偵の鋭い視線に声が震え、肩を掴んだ手は少しずつズリ落ちていく。
わけがわからない。頭の回転が追い付かない。
「落ち着きなされ苗字刑事。探偵として申すならば、『残された証拠が真実を語る』でしょう」
「……哀牙探偵は私が殺したと思ってますか?」
彼の事務的な答えにショックを受け、力無く頭を垂れる。……そうだよね。誰がどう見たって私が殺したようにしか見えないもの……。
「――が、気絶グセのあるチキンハアトな貴女が殺人に手を染めることなどそう出来ますまい……というのが、我自身の言葉でありますな」
絶望に陥っていると、力強い哀牙探偵自身の言葉が私の頭に降ってきた。哀牙探偵、私の事を信じてくれているんだ。
「貴女の臆病っぷりは周知の事実。なればこそ、皆々様が貴女の無実を晴らそうとしている」
「哀牙探偵……」
彼だけじゃない、目を向ければイトノコ先輩もマコ先輩も、皆が真剣になって捜査をしている。それも全部、この私の為なんだ……。だったら私は悲しみに暮れている場合じゃない。灯里の身に何が起きたのか私こそが知るべきだ。
私はぎゅっと口を結び、心を奮い立たせた。
「やっと刑事の顔に戻りましたな。さて苗字刑事、昨晩から今に至る話をお聞かせ願いますぞ」
「はい!」
私は昨夜の記憶を思い出しながら順を追って説明を始めた。
昨日は仕事を終えてから、同僚の灯里、八波 かける(はっぱ −)君、片原 至士(かたはら いたし)君の四人で飲み始めた。開始時刻は20時頃、場所はいつもの居酒屋。仕事やプライベート、その他諸々の話で盛り上がり、店を出る頃には深夜1時を回っていた。
その後皆でコンビニへ行き、私と灯里は恒例の二人きりの二次会をする為にお酒やおつまみを買うつもりだったが、片原君が気前良く奢ってくれた。
そして解散し、灯里と一緒に私のアパートで二次会を始めた。けど私はお酒を飲んだ直後に眠気に襲われて……起きたらこの有り様だった。
「ところで灯里の遺体はどちらに?」
「また気絶されては話が進まぬので、別室へ移動させて頂きました」
ありがたいような、情けないような……。けれど今灯里の遺体を目にすれば、やっと奮い立った心が再び撃沈するのは目に見えているので、素直に感謝の意を伝える。
哀牙探偵の話によると、灯里の死因は絞殺。
首には縄の跡と、"吉川線"という縄を解こうとあがいて首を引っ掻いた傷が残されていた。
死亡推定時刻は五時六分。灯里の腕時計のガラスが割れて壊れていたので判明した。
凶器の縄には私の指紋が付いていた。犯人が眠っている私に握らせたのだろうと哀牙探偵は言った。
他に気になる点は……壊されていた灯里の携帯、ベッドの下に落ちていたパーティ用クラッカー、玄関の鍵とチェーンに残されていた灯里の指紋だ。
この事件の通報者は隣人。
アパートの回覧板を持ってきた際に異変に気付き、倒れている私と灯里を発見したとのこと。ドアに鍵は掛かっていなかったらしい。
「苗字刑事、いくつか質問があります」
「はい、何でもお聞き下さい!」
「昨夜、部屋の鍵を閉めたのは貴女ですか?」
「そうです。灯里を部屋に招いた後、しっかり鍵を閉めました。勿論チェーンも」
「チェエンを掛ける知恵があったのですな」
「此処にはよく同僚の方が来られますかな?」
「いえ、灯里くらいしか呼んだことは無いです」
「寂しい独り身なことで」
「貴女はケエキやプディングがお好きですかな?」
「ええ、大好きですよ。でも今はダイエット中なので糖分は控えてるんです」
「夜遅くまで飲み明かしておきながら……無駄な努力ですなあ」
「いちいち質問後の一言がやかましいです! 哀牙探偵だって独身のくせに!」
私に嫌味を言う為に質問したんじゃないかというくらい、逐一耳に障る言葉を吐いてくる。新手の嫌がらせかな。……うう、声を荒げたせいか頭が痛い。飲みすぎかも。
「う〜ん、なんか妙に頭が重い……」
「そうでしょうな。何せ、貴女の飲んでいたグラスからは強力な睡眠薬が検出されましたから」
「そっかー……って、ええ、睡眠薬!?」
「心当たりは?」
「全くありません! 一体何故……」
言いながら頭に浮かんだのは灯里だった。あの缶チューハイを開けて私のグラスに注いだのは彼女だ。けどそんな事をする理由なんて……。
「貴女が飲んでいた缶の底には小さな穴がありました。注射器等で睡眠薬を混入されたのでしょう」
「えっ!? だってあれはコンビニで買ったものですよ?」
となると、無差別に狙ったイタズラ?
哀牙探偵は私と灯里が飲んでいたグラスをじっと見つめ、疑問を口にした。
「ところで、不可思議な点が一つ。風前殿のグラスに残っていたアルコオル度数は変わらず、貴女のグラスの度数は薄まっていたのですが」
「私のグラスには氷を入れたからですよ。何故か私のお酒だけ温くて」
「ほお……」
哀牙探偵は考え込み、少し間を置いて言った。
「苗字刑事、推理の材料はほぼ出揃いました。この部屋に貴女の同僚を呼びます。その際――」
哀牙探偵が耳打ちする。話を聞くにつれ、私は自然と虚ろ気になり視線が下がっていった。「心の準備は宜しいかな」と問われ、嫌な感じに脈を打つ胸元に手を当てながら、はいと一言だけ返した。
そして哀牙探偵は参考人として、八波君と片原君をここへ呼ぶようイトノコ先輩に告げた。
二人が玄関前に到着したらしく、哀牙探偵は彼らを迎えに行った。部屋の向こうから、玄関が開く音に続いて三人の話し声が聞こえてくる。
「実は風前殿だけでなく、苗字刑事も……」
「なっ、嘘だろ!?」
「そんなバカな……!」
八波君と片原君が同時に驚愕の声を上げた。
「それも苗字刑事の遺体は酷い有様でして。……角刈りにされているのです」
「かっ、角刈りィ!?」
おいコラ星威岳。いや、哀牙探偵。何テキトーなこと言ってんですか。しかし、ここはグッと我慢だ。
「とにかく、最期の姿を見てあげて下され」
「わかりました……」
「……はい」
足音がこちらに近付いてくる。そして迷うこと無く私やイトノコ先輩達が居る部屋のドアを開けて、中心に座っている私と目が合ったのは――片原君だった。
「……あれ? 苗字、無事だったのか!?」
「どういう事ですか? 星威岳さん」
片原君の後ろに立っていた八波君が哀牙探偵に問い掛ける。不謹慎な嘘を吐かれたのだ、怒りもするだろう。しかし哀牙探偵は八波君の言葉を無視し、片原君に向かって人差し指を突きつけた。
「片原殿、貴方ですな? 風前殿を殺した犯人は」
「な……っ!?」
「苗字刑事の部屋は玄関を入って真っ直ぐの廊下があり、正面とその左右、三つのドアがある。しかし貴方は迷わず左の寝室へ入った。何故そこが事件現場だとわかったのですかな?」
先刻、哀牙探偵に耳打ちされた言葉の意味をようやく理解した。
『最初にこの部屋に入った人が犯人です』
哀牙探偵は二人を試したのだ。私の部屋に来たことがない彼らがどう動くのかを。
そして哀牙探偵の目論見通り、片原君は私の居る部屋へ真っ先にやってきた。
「そ、それは……何となく……!」
片原君はバツの悪そうな顔で口ごもりながら返答する。哀牙探偵は片原君と八波君の間をすり抜けて室内に入り、二人に向き直って両腕を広げた。
「美しき推理が我に囁く真実! さあれ、この哀牙が昨夜の事件を辿って差し上げましょう!」
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Smotherd mate