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――15年前
『村長、申し訳ありません……私達が子に恵まれないばかりに』
床に額を付けて、申し訳無さそうに我々夫婦に謝罪をする神主と巫女。
私は隣に座るまだ小さく幼い常夜に目をやる。常夜は幼いなりにも理解したのか、口を噤んだまま何も言わなかった。
『こん村の古くからん決まりだ。致し方なか。常夜よ、二人ん言うことばちゃんと聞くんばい』
『常夜、何があったっちゃ貴女は私達の娘。ちゃんとご飯ば食べて、病気や怪我ばせんごとね』
『はい。お父様、お母様』
神主と巫女は子どもに恵まれなかった。神事に携わる家に跡取りが生まれぬ場合、村の女の子を養子に出す決まりがあった。仕方なく私達は、まだ五歳の常夜を養子に出した。立派な巫女に成長するよう陰ながら見守っていたが、それは間違いだった。
奴らは子に恵まれなかったのではない。わざと"子を作らなかった"のだ。
その上、村の禁忌とされていた"アンジェラ・パラドット"を不法に横流しして利益を得ていた。それに気付いたのは、常夜を養子に出してから10年も経ってからだった。
『こん愚か者どもが! 神に仕える身でありながらなんちゅう大罪ば! 貴様らはもうこん村ん者ではなか! 二度と足ば踏み入れるな! 出ていけ! さあ、今すぐにだ!!』
許せなかった。神に仕える身でありながら人道に外れた愚行が。そして奴らの本性を見抜けずにお前を預けてしまった自分達が。
最初は常夜を引き戻し、二人を村から追放しようとした。しかし奴らは錯乱しており、抵抗した挙句あろうことか常夜を人質に取って逃げ出した。
『待てー! 常夜ば返せー!』
『く、来るなー! あっちに行けえぇーー! どうせお前らも、俺達を殺す気なんだ!!』
常夜を連れた神主夫妻を橋の上で囲むが、今の興奮状態では常夜の身が危ない。奴らは捕まらぬようにと暴れ狂い、結果、老朽化した橋のロープはほつれ、踏み板がバラバラと足元から崩れ落ちていく。
『いやッ助けてッ! お父様、お母様ー!』
『常夜! 常夜ーー!』
そして常夜と神主夫妻は川へと転落した。
常夜だけでも助けねばと、私は川へ飛び込んだ。必死に我が子を抱き寄せて腕の中に閉じ込め、なんとか川岸まで辿り着いた。
そして……逆らえない川の流れにみるみる飲み込まれていく奴らを、私達は見殺しにした。
気絶した常夜が目覚めた時、神主夫妻に人質にされた事を忘れていた。転落事故のショックからだ。だがそれで良かった。我が子のように育ててくれた二人が、自分を人質にしていたなどという悲しい事件は忘れるべきだ。
だが反対に最悪なこともあった。常夜の記憶からは、私達が実の両親である事も消えていたのだった。
『村長、さん……?』
『常夜……お前の両親は、実は……』
『私のお父様と、お母さ……うっ、頭が痛い……!』
『あなた、今はまだやめましょう。常夜の回復を待ちましょう……』
事故直後の常夜はひどく混乱しており、事故について話そうとする度に頭を抱えて苦しんだ。そんな辛そうな常夜を見て、もう話さないでおこうと決めた。村の皆にも口止めをした。それでもいつかは本当の事を話せる時が来ると信じていた。私達が実の両親であると。
だが翌年、祭りで事故が起きた。
『お、おい……的鬼が倒れたまま動かないぞ! どうした!?』
『呼吸がおかしい……大丈夫か!? おい、しっかりしろ!!』
『と、常夜は無事か!? 怪我はないか!!』
『ええ、私は大丈夫です……村長』
いや、常夜の目を見てこれは事故ではないと気付いた。何故なら常夜の瞳には、まるで村そのものを憎んでいるような、復讐心のようなものが見えたからだ。常夜は気付いていたのだ。私達が、村人全員が神主夫妻──自分の両親を殺したのだと。
私は的鬼の二名を集会所の休憩室に寝かせ、矢が当たったと思われる箇所を確認した。鋭い針のようなものが刺さった跡があった。間違いない。常夜はトリカブトで毒矢を作り、この二人を射ったのだ。
日付が変わる頃、二人は息を引き取った。そして私は夜明け前に車で運びだして、二人の遺体を山奥の湖に捨てた。
翌朝、親族や村人は二人が姿を消したことに驚愕し、恐怖した。もちろん私も知らぬふりをし、皆で村中を探した。だがどこを探そうと見つかるわけがない。
いつしか二人は神隠しにあったとされ、村の祟りと噂をされるようになった。
「――そいでわしらば、そん探偵の言う通り常夜ん事故ば、村人ん記憶ば塗り替える為に毎年祟りば起こすことにした。ここまで全部、家内も村人も誰一人知らんたい、全てわしが一人でやった。……これが、真相ん全てだ」
村長のみが知る真実に、村中が息を呑んだ。
「もうとうに、本当んこと言い出す機会は闇に葬られた。あん日からこん村は……いや、わしは狂っちまったんだ。愛する娘ば守るために……」
今、全ての真相が明らかになった。彼はたった一人で、ずっとこの秘密を抱えていたのだ。
村中を包囲していた警察がぞろぞろと姿を表す。首謀者の村長は抵抗すること無く捕らえられた。他の村民たちも警察の指示に従って、連行される者や事情説明する者たちが居た。
幻覚にも似た村ぐるみの祭りから現実へ引き戻された常夜さんは、虚空を見つめて一人呟く。
「私が見ていた夢は……夢じゃ、なかった……」
「いいえ、三年前までは確かに夢でした。貴女はようやく覚めたのです。村ごと包み込む、この悪夢から」
「……それなら、全部が夢だったら良かったのに。私が養子に出されたことも、育ての親が死んだことも、祭りが続いていたことも、私の手に残る弦の感覚も、全部、ぜんぶ……」
常夜さんのうつろな瞳から一筋の涙が零れ落ちた。彼女にとってこの村の真相は、何よりも欲しているものであり、そして知りたくなかったものだった。
私は彼女を同情こそすれ、共感することは出来なかった。確かに彼女の生い立ちや過去は筆舌に尽くしがたいものがある。しかし、人を手にかけてしまえばそれはただの殺人犯だ。綺麗事なのはわかっている。それでも、他に道は無かったのかと、答えの出ない思考を延々とせずにはいられない。
だから私は、彼女に手錠をかけた。自分の人生を今一度、省みてもらうために。そしてこれからの人生で、よりよい答えを見つけられるように。
こうして、山奥でひっそりと終わりに近づいていくはずだった村は、一人の探偵によって暴かれ、真実と現実を取り戻したのだった。
***
村中の捜査や事情聴取などにより、私と哀牙探偵が村を出られたのは翌朝のことだった。非番なのにここまで頑張ったのだから、後はもう警察に任せる。私も警察だけど。
「哀牙探偵、よくもこんなとんでもない森林浴に誘ってくれましたね!? もう口車にはノリませんから!」
帰りの道中、私は哀牙探偵の車の助手席で文句をぶつけた。あ、ちなみにパンクしたタイヤは車にあった応急用タイヤと交換したので、なんとか走れるようになったのだ。
「オヤ残念ですな。今回の御礼にと一流懐石料理アンド露天風呂付き高級旅館にて一泊二日の安らぎを振る舞おうと思ったのですが」
「えっ」
「野山を駆けてお疲れでしょう。労いのマッサアジも追加しますぞ」
「うっ」
「霜降り和牛の土鍋は舌鼓を打つ事間違いなし!……ですが、刑事が仰るならば致し方ない今すぐ帰りの準備を――」
「ああもうわかりましたよ仕方ないですね! 行きます、行くに決まってるでしょうが! 部屋はもちろん別ですよね!?」
「当然、我はジェントルマンですから」
哀牙探偵は得意気に鼻を鳴らして進路方向を高級旅館へ変えた。こころなしか哀牙探偵も嬉しそうだ。
今回もとんでもない事件に巻き込まれたけれど、哀牙探偵と一緒だったからそんなに怖くなかった。気絶もしなかったし。
彼はやはり、私にとって信頼できる仲間……いや、相棒、かな。彼と共に事件を解決出来ると何とも達成感がある。
今後も哀牙探偵の隣で刑事として立っていたい──などという生ぬるい願望は、次の事件で見事に打ち砕かれたのであった。
(20210702)
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Smotherd mate