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宵闇に染まる村に人工的な明かりは一つもなく、民家にも人の気配などない。村の中心にある広場には村民全員が集まり、全員が黒い布で顔を隠している。メラメラと燃える松明だけが辺りを煌々と照らしていた。
ドン、ドドン、ドン、ドドン、と腹の底に響くような太鼓の音に合わせ、白い着物の女性達は榊を手に取り舞い踊る。人の波が綺麗に割れていき、中心から姿を表したのは巫女服に身を包んだ常夜さん。後ろで一本に縛られた長い黒髪が静かに揺れる。大きな一つ目の模様が入った布で顔を覆われており、表情は伺えない。
一際大きなかがり火を挟んで彼女と真向かいに存在するのは、大仰な祭壇の柱に縛り付けられた一人の鬼。面妖な衣装に、憤怒している鬼の面を着けられていた。おそらく、あれが的鬼だ。今年は一人なのだろうか。
「皆ん者、時は来よる! 今ひとたびこん村に巣食う悪鬼ば射ち、安寧と豊穣ば祝い、この村に奇跡を起こさん!」
鬼の左右に、黒布で顔を隠した巫女の従者がそれぞれ立つ。左の従者が鬼の面を取ると、驚くことにそれは猿ぐつわをされた哀牙探偵だった。
「な、なしてあんたがッ……いや、悪鬼ちゃ今こそ射ち滅ぼさるるべし!」
「んぐグふっ、んン"〜〜!」
村長は哀牙探偵に気付くと目を見開いて驚いたが、すぐ気を取り直して言葉を続けた。フゴフゴ言う哀牙探偵があまりに五月蝿いので、右の従者が彼の猿ぐつわを取ってやる。最後に言い残すことはないか、と村長が問うと哀牙探偵はニヤリと笑った。
「成程……我を"的鬼"にするのは村長殿の指示ではなかったのですな。でなければ我の顔を見た時に『なして』などと驚くまい……」
「な、何のことだ?」
「我々は貴方の家を出てから村中の者に追われたのですよ──この哀牙と助手を今宵の"的鬼"にする為に。何故だかおわかりかな? そう、村民の間では『鬼射祭で的鬼になった者は神隠しに遭う』という噂が広まっていたからですッ!」
「なに……ッ!?」
哀牙探偵の言葉に広場がざわつく。口八丁な彼の猿ぐつわを取ったのは間違いだろう。確実に。
「村人たちはこれ以上村からの失踪者が出ぬよう、村長殿の知らぬ間に我々を捕らえようとしたのだ。わざわざ村長殿の屋敷へ招いたり、睡眠薬入りのお茶を出したりなどの小細工をして」
「す、睡眠薬入り……!?」
「しかし村の者は知らなかった。三年前から起こっている神隠し……その真犯人こそズヴァリ! 村長殿、貴方だという事をッ!」
哀牙探偵は本当は指をさしたいくらいの勢いなのだろうが、四肢の自由を奪われているせいで睨みつけることしか出来ない。広場のざわめきが大きくなり、村長に視線が集中する。
「……くだらぬ出鱈目を。あんたはうちらば欺き、こん村ん禁忌に触れて神ん怒りば買うてた。だからあんたば神ん元へ送り、怒りば鎮めて平和ばもたらすことがこん村の為や」
「オヤ、まるでご自身が神にでもなった口ぶりだ。これでは能なき民は、よもやこの村長の皮を被った禍々しき悪鬼に操られていることなど気付かぬでしょうな!」
声高らかに笑う哀牙探偵。どよめく村の住民。どうやら村民は本気で"神隠し"を信じていたようだ。
「……一体どういう事だ? あの男の言う通りなのか?」
「本当に村長が裏で的鬼になった人たちを殺してたの……?」
「そんな……だって村長は今までずっとこの村を守ってきてくれたじゃないか……」
「し、信じないぞ……俺は信じない……!」
村長と哀牙探偵の言い合いに村人達は困惑を隠しきれない。今や哀牙探偵のペースになったのを良いことに、ここぞとばかりに話し始めた……彼なりの推理――否、もはや真実に近い真相を。
「この村の平和は代々神主と巫女に守られており、常夜殿のご両親の代もそれは続いていた。……が、五年前の事故でご両親は帰らぬ人となった。代わりに娘である常夜殿が翌年の祭りの射手に任命された。しかしそこで不運にも事故が起こってしまった。的鬼を弓で射る際、本当に中の人間まで殺めてしまったのだ。その事故により心を塞ぎ、失敗を恐れた常夜殿は射手を降りると決めた。だが昔から続いてきた由緒ある祭りを中止するわけにはいかず、常夜殿の代わりになる者も居ない。だから村長殿は常夜殿を操ることにした──村外れに咲く"アンジェラ・パラドット"という催眠効果を持つ植物を使って」
そうか、だから常夜さんは祭りの記憶が無かったんだ。村長が私達に言った『祭りの話を巫女にしてはいけない』というのは常夜さんに今も祭りは続いていると知られたくなかったからだ。そして常夜さんの言う『鬼を射る夢を見た』というの四年前からも毎年続いていた祭りが潜在的に頭に残っていたのだろう。
「さらに毎年"的鬼"となった二名を秘密裏に殺し、あたかも"行方不明者"のように見せた。おそらく祭りの信憑性を高め、かつ村中を縛り付ける為……そして常夜殿が起こした"四年前の事故"の印象を薄める為です」
「ち、違う! 神隠しは本当にあるんね!」
「神隠しなどではない! 貴方は死体を湖に捨てたのだ!……証拠に、湖に続く川から流れてきたのですよ、人の骨が」
「なっ……!?」
「常夜殿。これが貴女の知りたかった失踪事件の真実です」
「……話しかけても無駄だ。あんたの言う通り、常夜は今宵も巫女ん役目ば果たす」
左の従者が常夜さんの顔を覆う布を外すと、パチリと美しい瞳が現れた。漆黒がゆらりと揺れ、桜色の唇が薄く開く。
「……私は祭りからも、射手からも……全てから、逃げられなかったのね」
「常夜!?」
「星威岳さんに言われた通り、村長に渡された食べ物は一切口をつけていない。お茶も飲むふりをして捨てたわ」
「聡明なお嬢さんで何よりだ」
その褒め言葉も、今の常夜さんは素直に受け取れないだろう。何故なら哀牙探偵の言うことを聞いたばっかりに、眠っていたパンドラの箱を開けてしまったのだから。
「ですが常夜殿。巫女になった年……四年前の事故は明確な殺意があったのではないかな? 貴女の家にある儀式用の矢は針が仕込まれており、しっかりとルミノオル反応も出ました。針に毒でも塗っておいたのでしょう。そして村長殿、貴方もそれに気付いていたのではありませぬか?」
「そこまで調べたんか……! ばってん何故そう思う? "殺意"やらと……」
「殺意の理由は──ズヴァリ、ご両親の仇でしょうな」
「探偵さん、それは依頼の範囲外です。神隠しの真実が分かればもう十分。……お疲れ様でした」
常夜さんは哀牙探偵の推理を聞こうともせず、手に持っていた矢を弦にかけて引く。哀牙探偵に狙いを定める彼女の目は脅しではなく本気だった。流石の哀牙探偵も言葉に詰まって息を呑んだが、それでもなお言葉を続ける。
「図星なのですな。ですが常夜殿、一つ申したい。"事実から目を逸らせば真実は手に入らない"」
「黙りなさい。……そして、さようなら」
常夜さんは哀牙探偵を黙らせる為に、無慈悲にも矢を放った。ひゅっと風を切りながら哀牙探偵の心臓を射抜く──直前、右の従者がその矢を掴んだ。周りは何が起こったか理解できず、広場はしんと静まり返る。その者は掴んだ矢を放り捨て、顔に掛かっている黒布を取っ払った。
「あ、貴女は逃げたはずじゃ……!」
「全く……冷や冷やしましたぞ、刑事殿」
「お待たせしました哀牙探偵。ちゃーんと見付けてきましたよ、"神隠しの真実"を!」
私は哀牙探偵の横で仁王立ちをしながらふんぞり返る。哀牙探偵があまり驚いていないのは、やはり私の正体に気付いていたからだろう。すう、と息を吸って村中に響き渡るような声を上げる。
「お前らのやったことは全てモロっとお見通しだ!」
「良いから早く解いて下され」
「あなた、刑事だったの? そう、二人共、最初からそういうつもりだったの……」
常夜さんが"刑事"という言葉に反応して睨んでくる。つもりも何も、私は哀牙探偵に騙されて巻き込まれただけだ。
村人が怖い顔で詰め寄ってくるので、制すように手のひらを向けて警告した。
「動かないで下さい! この村は既に警察が包囲しています!」
「くっ……!」
広場の外を見回す村人達。かがり火の外側は真っ暗闇で人の姿は見えないが、気配は確かにある。その間に哀牙探偵を拘束していた縄を解いていく。
「湖を調べていたら思ったより時間が掛かってしまったので、私だけ先に戻って来て祭りに潜入しました。遅れてしまってすみません」
「ご苦労ですぞ、苗字刑事。囚われのプリンセスとはこういう気持ちなのでしょうなぁ」
冗談を言う余裕はあるみたいだからもう少し遅くても良かったかもしれない。
縄を解きながら、村から脱出した後に必死に捜査して手に入れた情報を報告する。
「哀牙探偵の言う通り、山の中腹にある湖から八人分の人骨が発見されました。内六名は例の違法植物の毒により変色していました。他二名は胸骨に針で刺されたような跡があり、六名とは違う方法で殺害された事が判明しました。常夜さんの家にあった仕込針と骨の傷跡は見事に一致。これで哀牙探偵の推理のウラは取れました」
哀牙探偵が折った仕込針は確かに重要な証拠品となった。……ここまでとは思わなかったけど。
村長の顔色が青ざめていく。見事に言葉を失ったようだ。
すると常夜さんが、持っていた弓を地に勢いよく突き立てた。美しい顔は悲しく歪み、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
「……そうよ。四年前、私が初めて射手になった鬼射祭は事故じゃない。あの二人は私が殺したのよ。だって彼らは私の両親の……仇だったから!」
「と、常夜!?」
「両親が亡くなった後、一年経たないくらいかしら……。たまたま聞いてしまったの、私の両親が死んだ時の話を……『死んで当然』『天罰だ』『居なくなって安心した』……誰一人悲しんでいない、それどころか清々しささえ感じたわ。そして気付いたの。私の両親は事故じゃなく、彼らに殺されたのだと。どうして私の両親が殺されなければいけなかったの? この村を一生懸命守ってきたのに、殺されるなんてあまりに酷いじゃない! 彼らこそが本当の悪鬼よ! だから私は鬼射祭で彼らを殺す計画を立てた。……射手になった私は、祭りで使う矢に毒を塗った針を仕込み、彼らを鬼役に抜擢し、そして射殺した!……後悔なんてなかった。この村の全てが、憎かった!」
しんと静まり返る広場。この数年間、心の奥にしまってきた全てを吐き出した常夜さんは、全ての力が抜けるくらい大きな息を吐いた。しかし瞳はまだ鋭さを失っておらず、乱れた呼吸を整えながら、先程より弱々しい声音で続けた。
「私の犯行がバレたって別にいい。両親の仇が討てれば十分だった。……後は村長達が勝手にやったことよ。もっとも、村長はこの村を守ろうと更に罪を重ねたみたいだけれど」
「……それは違いますぞ、常夜殿。村長殿は村ではなく貴女を守ろうとしたのです。貴女は大切な一人娘であったから、殺人犯などにしてはならぬと」
「え……?」
哀牙探偵の否定に常夜さんは目を見開いた。その顔には困惑の色が見える。言っている意味がわからないといった様子だ。
「ど、どういう事……?」
「常夜殿、貴女と村長殿が笑った顔はとてもよく似ておりますな。まるで血の繋がりを感じる程に」
「う……嘘でしょ……!? ねえ、村長!」
まさか、そんな……常夜さんの本当の両親は……。
村長に視線が集中するが、口を閉ざしたまま何も答えない。彼はただ静かに哀牙探偵の言葉を待っている。全てを見抜いてしまった、名探偵の放つ真実の言葉を。
「五年前、神主と巫女が亡くなった理由――それは、二人が例の植物"アンジェラ・パラドット"を使って違法な取引をしていたからなのです。その書類は貴女の家の書斎にて見付けました。そして日付は全て五年前で止まっておりました。"事実から目を逸らせば真実は手に入らない"……貴女がご両親の死、そして仇討ちから目を反らし続ける限り、本当のご両親に気付くことは無かったでしょう。……そうですな村長殿?」
村長に視線を送る哀牙探偵。この閉鎖的で小さな村を治める長が、ようやく重い口を開いた。
「……参ったちゃ。そこまで見抜かれとったち。恐ろしか探偵だ、まったく」
「村長、今の話、本当なの?」
「ああ、そうだ。常夜、お前は紛れもなく私達の子だ」
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Smotherd mate