月曜日

月曜の朝なので、オフィスに一歩踏み入ると、すでに空気の気だるいかんじがした。
ひとびとの流れにまかせて、わたしたちもエレベータへと乗りこむ。かごのなかはには、むっとした熱気が立ち込めている。

「頭痛は」
「もう平気です」

義勇さんがごくちいさい声でひとりごとのように呟いた。わたしは機嫌よくほほえみ、しかし声のヴォリウムは同じようにぐっと絞って答える。
今朝の頭痛は薬のおかげか引いていたし、義勇さんといっしょなので、今日が月曜日でも、そんなことはお構いなしに、わたしは機嫌がよい。それが水曜でも、木曜でも、残業続きでも。義勇さんのいる限り、わたしの上機嫌は続くに違いない。

何名かが駆け込んできて、人壁がぎゅうと押し寄せる。右腕全体が義勇さんのからだについて、あたたかい。

「何時におわる」

定時、と答えたが、聞こえなかったようなリアクションだったため、耳打ちのかたちで伝えることにした。
「ていじ」と囁いた声が、すぐそばの義勇さんの肌にぶつかって、こちらへ跳ね返り、自分から発せられた音の、ふしぎな余韻を感じる。

一度離れたが、もう一度耳元にくちびるを寄せ「何時に、おわりますか」と聞くと、今度はわたしの耳元で「たぶん十九時」とあまい声が響いた。
ひみつのやり取りのようでなんだかたのしい。
義勇さんがまだなにか言いたげだったので、背伸びをして耳を寄せてみると、不意に耳珠のあたりをそろりと舐め上げられて、わたしの口元からは情けない声が無遠慮にこぼれ出た。
エレベータ内に響いたそれは、快感や羞恥というよりも驚きの勝った色をしていて、ぎょっとして振り向いた者はひとりしかいなかった。

よろめきながら降りたわたしを追い越し、義勇さんはすたすたと歩いて行ってしまう。
すれ違いざまの勝気なまなざしと、耳に残るあまい感触に、頭がぽうっとばかになったようなかんじがする。
ふらふらデスクへたどり着いたわたしを見て、「夕焼けみたいな顔」とカナエさんがたのしげに笑う。