宇髄さんとたったひとり

「一体どうしてしまったの」
「どうしてってべつに」
「べつにじゃないわ。どう見たって穏やかじゃないでしょう」

4LDKの小ぎれいな空間の至るところにあった女性の私物のすべてがなくなっている。
洗面台をところ狭しと占拠していた化粧水や洗顔料、コットンケースにカラフルな歯ブラシ、キッチンのやたらと多い箸もマグカップも、あらゆるものすべてが。

「どうして」

わたしがそう改めて口にすると、彼は顎に手を当て、右肩ごと首をおおきく傾いだ。これは彼の癖である。
んん、と間延びした声を上げながら、おおげさに傾く。
このとき、わたしが真似をしていっしょに首を傾ぐと彼は大層よろこんでくれるのだけれど、今はとてもじゃないけれどそういう気分ではなかった。

「お前が地味に日陰を歩かなくてすむように」
「それでみんな追い出してしまったというの?」
「人聞き悪ィな。円満破局だっつうの」

わたしは「やることが急だわ」と呟く。彼は「派手だろ」とニヒルに笑う。
こうまでされてしまうと、すっかり逃げ場を失った気分だ。外堀は完ぺきに埋められてしまった。
破天荒が過ぎるこのおとこが、それでもいとおしくてたまらないこの変てこなおとこが、世界で唯一わたしだけをしあわせにする、世界で唯一のわたしだけのおとこなのだ。