キッチン

蔦子さんからいただいた苺のへたを落としていると、義勇さんが猫のように背後から擦り寄ってきた。
着古したスウェットのここちよい感触が、腕や背中を滑る。

「つまみ食いしたいひとはいますか?」

こどもに言うように問いかけると、義勇さんは、ん、とちいさく返事をした。
顔を覗き込むようにしてゆるく開けられた口内に、濡れたいちごを押し込んでやる。
洗顔ソープとミントの、清潔なかおりがする。起き抜けの恋人の、深くあまいかおりも。

「おいしい?」
「うん。あまい」

義勇さんはわたしを、ほとんどのしかかるようにして抱いたまま、軽いくちづけをくれた。

「まだほしいの?」

とろけるようなまなざしの理由は、もうほとんどわかりはじめていたが、いちおうポーズとして、質問というかたちをとってみる。
視線がはずされ、義勇さんの鼻先がうなじにうずまる。

わたしたちの場合、キスをしたり触れあったりしているうちに、きわめてスムーズな流れでセックスに及ぶことが多い。セックスは触れあいの延長であるので、セックスに至る触れあいはあるが、セックスのための触れあいは、ほとんどない。
ほかの恋人たちがどうしているのかはよくわからないけれど。
とにかく、突発的なセックス、つまり、性欲が先行することは珍しいことだった。
しかしまったくないというわけでは勿論なくて、視線を交わす前から抱くという決心をしてしまっているときも、あるにはあるのだ。
こういう具合に、キッチンではじまることが多いと思う。

義勇さんは、窓辺でも、キッチンでも、わたしのうしろすがたを見ると、たまらない気持ちになると言う。
不意に視界に飛び込むうしろすがたというものは、瞳には決まってせつなげに映り、触れて顔を見るまでは、かなしい思いをしているのではないかなどとあれこれ考えてしまうらしい。それが突発的なセックスとなにか関わりあいがあるのかは、わからないけれど。ともあれ、どんななりゆきでも、義勇さんと触れあうことは、幸福だ。


ネグリジェの裾が捲られて、素肌に義勇さんを感じる。お腹に、腰に、背中に。ショーツは寝室に置いてきてしまったので、ヒップも、濡れた肌も、直に。義勇さんのやりかたの、こういうときでも無遠慮というかんじがまったくしないところがすきだ。

じゅうぶんに潤んだところに、硬い熱が割り込んでくる。わたしはワークトップに肘をついて身体を支えようとするが、がくがくと足が震えて、とても立っていられない。

「だめ、ベッドに行かせて、お願い」
「だめじゃない。立て」

腰と胸のあたりに腕がまわされて、わたしの身体が引き上げられるあいだも、ゆるい律動はやまない。
どうせすぐにまた、立てなくなってしまう。次はほんとうに、崩れ落ちてしまうかもしれない。はたまた、キッチンマットを汚してしまうかもしれない。(どちらも以前起きたことだ)
そして結局は、のぼせて半べそをかきながら、義勇さんに抱きかかえられて寝室へゆくのだ。(そしてこれは毎度のこと)
輪郭がとろとろに溶けてしまったときの抱っこと、しんと静かでつめたい寝室を肌が感じる瞬間が、たまらなくすきだ。

しかし、うしろすがたを見ると不安になってしまうほどたいせつな女性を、しまいには滅茶苦茶に泣かせてしまうというのは、一体どういうことなのだろう。
そう思いつつ、わたしは背後に感じる義勇さんの気配をいつもうれしく思うし、逃れたいほどの快感を、期待していないと言えばうそになる。
キッチンには、あべこべがたくさん潜んでいるのだ。