▼好奇心は猫をも殺す
あの日の夜に起きたことは教えてくれなかった。
フフフ、といつもの笑い声を上げるだけ。
これ以上追求しても絶対に話さないだろう。
それが分かるほど、この人を知ってしまっている。
気に留めても仕方ないのでもう触れない。
「最近コラさん来ないですねぇ」
「会いたいのか」
「元気かなー、って心配してるだけです」
「お前が抱かれる姿を見せたいなら呼んでやるが」
「えっ!?それはだいぶ嫌です。やめてください」
見せたいのはおれだけって?フフフ!可愛い奴だ。
なんて戯言を抜かす桃色の人は放っといて。
揺れる船にはまだ慣れないがなんとか酔わないようになった。海賊に転職は出来ないな、と思う。
外は雨が降っているらしく、耳をすませば微かに雨音が聞こえる。雨が降ってる割りに海は時化ってないんだな。まだまだ耐えられる揺れだ。
ベッドの上でゴロゴロしているとお仕事をしていたドフラミンゴさんが書類を置いてこちらへ来た。
休憩かな?
「お疲れ様でーす」
「ああ、癒せ」
「言い方…!ハグとちゅー、どっちがいいです?」
「セッ「選択肢以外はしません!」フフフフッ!」
じゃあハグで。
腕が私を捕らえ、そのまま首の後ろへ持っていく。
私はぎゅうと抱きついて頭を抱え込んだ。
ついでに髪を撫でてヨシヨシしてあげる。
次はキスだな。そう迫られるが、キスしてしまえば第三の選択肢へと進んでしまう。
…嫌じゃないけど、阻止せねば。
近づいてくる唇に手を宛てて止めた。
「キスさせろ」
「キスで終わらないので止めてるんです!」
「チッ」
「舌打ちしてもダメでーす!」
頭の方から腕の中へ潜り込む。
背中に手を回しもう一度ハグする。
耳が胸に当たっているので心音が一定のリズムで聞こえてくる。なんとも言えない心地良さだ。
「夜が明けた頃、管轄下にある島へ着く」
「管轄下にある…島!?」
「ナワバリつった方が正しいな」
「より物騒度が増したんですけど!」
ドフラミンゴさんは相当強い海賊らしく、ひとつの島を自分のものにしているらしい。
それを“ナワバリ”と呼んでいる。海賊っぽいなぁ。
どんな島なのか聞けば常夏の島…とのこと。
基本部屋から出ない私だが、常夏の島と聞いてしまうとワクワクする。きっと海は透き通っていて、サンゴ礁や綺麗な魚、イルカとかもいるのでは?
イメージは南国!ヤシの木にココナッツ!!
夜にしか来れないけど外へ出てみたくなった。
「…島へ降りてみるか?」
「はい。気になります!」
「フッフッフ!言うと思ったぜ。明日は連れて行けねェが、明後日なら船から降りても構わない」
「明日は都合が悪いんですね?」
「そういうことだ」
なるほど、それなら明後日を楽しみにしていよう。
明日がいいなんてワガママは言わない。
そこは何が名産なのか、治安は良いのか。
うきうきしながらドフラミンゴさんに尋ねる。
行ってみりゃわかる。と言いつつ教えてくれるドフラミンゴさんは優しい。優しくなった…と思う。
雨音と心音、ゼロ距離で二人だけの会話。
穏やかな空気が心を和ませた。
◇ ◇ ◇
翌日の夜。
私は大いに動揺していた。
なぜなら、今私がいるのはドフラミンゴさんの船の私室ではなく見知らぬベッドの上だったから。
桃色の塊が見えない。
それだけで底知れぬ恐怖を感じてしまう。
もしかしたら、違う夢を見ているのかも。
ドフラミンゴさんが関係してない、普通の夢。
…それにしては、やけに鮮明な夢だけど…!
部屋をぐるっと見渡す。
雰囲気的にお高めなホテルの…お高めな部屋。
スイートルーム、かな。
豪華で繊細な装飾品や調度品、美しい家具に天井。
私が座るベッドはドフラミンゴさんが所有するものと遜色ない、高級そうな肌触りと弾力。
大きなガラス張りの窓から景色……は、見えないがきっとオーシャンビューが広がっているんだろう。
あまり物に触れないよう、部屋を見て回る。
観葉植物も置いてあったり水槽があったり。
素敵な部屋…!なんて思っていたら、どこからか
物音が聞こえた。耳をすませば声もする。
…気づかれる前に隠れる所も探しておこう。
出入口も確認した。内側からは開けられる。
いざとなればここから逃げるとして、身を隠すにはどこがいいかな。やはり無難にクローゼット?
同じように見つかる率も高そうだ…。
この部屋の構造は大体把握できた。
隠れ場所、退路も頭に入れた。
唯一踏み入れていないのは人の気配がする風呂場。
人数だけ確認して、そのまま離れよう。
脱衣場のドアに耳をつける。
…声はひとつじゃないようだ。
うーん、二人…かな?
脱衣場も綺麗なんだろうな、なんて興味がわく。
音を立てないよう気をつけながらドアを開けた。
開けた瞬間、後悔…した。
「───ああっ、ドフィ…!」
甘く、高い、女性の声。
情事を思わせるその艶めかしい声に体が固まる。
上がっていたテンションも急降下していく。
“ドフィ”。
その名を冠する人は一人しか思い浮かばない。
昨日の夜、明日は都合が悪いって言っていたのは
…このことだったのだ、とようやく悟る。
今ごろ悟ったって遅い。
激しい水音と息遣い。女性の嬌声。
ドフラミンゴさんの声が聞こえないのが救い…だ。
震える手でドアを静かに閉めた。
しっかりした足取りで出入口に向かう。
まだ、外へは出れない。ドフラミンゴさんがいるならきっと近くに仲間の人もいそうだから。
急に出て捕まるのは…避けたかった。
壁に背をつけ、腰を下ろして膝を抱える。
……勘違いしてた。
ドフラミンゴさんは私を抱くから。
私の意識がなくなるまで、ドフラミンゴさんが満足するまで。名前を呼んで、呼ばれて。求められる。
部屋には女性の気配もなかった。
抱かれているのは私だけだと勝手に思っていた。
…そんなことは、ない…みたい。
ドフラミンゴさんは意地の悪い性格で、ちょっと捻くれてて強引で、自分の思いのまま行動する人。
だけど。
船酔いで気分が悪くならないよう、泡風呂を準備してくれた。抱き方が少しずつ優しくなった。
寝る時間が惜しい。って抱きしめてくれた。
疲れたから癒せ、と甘えてくれるようになった。
見えない糸に絡め取られるように、体を…心も。
ドフラミンゴさんから離れられなくなった。
でもそれは、私にだけでは…ない。
目の奥が熱い。
じんわりと涙も浮かんでくる。
口を強く結んで、震える手を握り締めた。
私はあの人の恋人じゃない。
抱いて抱かれるだけの関係。
お互い夢の中の存在。
私には私だけの世界があって、ドフラミンゴさんにはドフラミンゴさんだけの世界がある。
私が知らなかっただけで、もしかしたら奥さんがいるのかもしれない。恋人がいるのかもしれない。
夜にだけ現れる、そして痕跡を残さない私は…。
ドフラミンゴさんにとって都合の良い、性欲処理。
虚無感と絶望感。…驚くほどの悲しみが心を覆う。
そうだった、忘れていた。
私は都合が良いだけの女。
決して愛されているわけではないんだ。
『ナナシ』
名前を呼ぶのはなにも私だけじゃない。
強く抱きしめてくれる腕も、優しく触れる唇も、
囁くように紡がれる声も。私だけに与えられるわけではない。私があの人の特別なのではない。
当然の事実を突然目の前に突きつけられた。
堪えきれなかった涙が床に落ちてシミを作る。
私は、夢。
眠らないとあなたに会えない。
抱かれても刻みつけられても跡は残らない。
私は、空気。
本来触れることが出来ないもの。
目に見えないもの。いなくても分からないもの。
『お前がいねェと、息が出来ねェってこったな』
次々と涙が溢れてくる。
嗚咽を零さないよう必死で自分の服を噛み締めた。
言っても変わらない。言葉に意味はない。
でも、胸が苦しくて心が痛くて…焦がれてしまう。
私も…私も。うまく息が出来ない。
あなたが、ドフラミンゴさんがいないと。
ドフラミンゴさんを想って涙が出る理由。
あなたが、─好き。
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