▼私とあなたの想い
言葉に出した瞬間、隣の男性が呻き声を上げた。
頭に突きつけられた銃は下へと落ちていく。
その人を確認する間もなく捕まえられていた体が、支えを失い前へ傾き踏ん張ることも出来ずに落下する。このままだと海へ…いや、床にぶつかる。
目を強く瞑り、来るであろう強い衝撃に恐怖した。
予想とは、裏腹に。
ふわりと顔に何かが触れた。
ゆっくり目を開けてみると、視界には桃色の羽。
背中へまわされるのは、安心する腕。
首筋に当たるのは……唇。
「フッフッフ…。怪我なんぞ負ってねェな?」
「…はい、」
「なんで日中なのに来てんだ。しかも戦闘中に」
「お昼寝、したら…来て…しまっ、て…っ」
体と手首を縛る縄はいつの間にか切られていた。
じわりじわり、我慢していた恐怖が表に出てくる。
強く抱きしめてくれるから、強く強くしがみつく。
「こ、っ!こわかっ…た、怖かった…!」
「あんな馬鹿に捕まってんじゃねェよ」
「ごめ、ごめんなさ…いっ!っく、ドフラミンゴさん…ごめんなさい…!私もう、ここへは来な、」
浮遊感が消えてドフラミンゴさんの船へ降りたと
同時に紡いだ言葉は、唇が塞いだ。
「ナナシ、お前は…おれの女だ 」
「…ドフラミンゴ、さん…?」
「離さねェし、逃がさねェよ」
後頭部に手を宛て桃色のコートへ顔を埋められる。
片手は私の髪を梳いて、撫でて。
もう片方の手は、相手の船に向けられていた。
指を動かすとミシミシと何かが軋む音が聞こえて。
「─野郎共、誰一人残すな。船も遺すな。フフフ!おれのモンに手ェ出したこと、あの世で悔いろ!」
表現出来ないほどの破壊音と爆発音の後に、相手の船が大きく割られ海へ傾いて行く。
こちらの仲間の人たちは声を掛け合い船を行き来し始めた。それを見ることなく、ドフラミンゴさんは踵を返し歩き出す。行き先は…自分の部屋。
途中でコラさんが駆け寄ってきてくれた。
頭を撫でて、怪我の心配をしてくれる。
ドフラミンゴさんは、そんなコラさんの首根っこを掴み「お前も行け」とぞんざいに後方へ放った。
放られたコラさんは気にする素振りもなく、ズレたフードを直しながら手を振って去って行く。強い。
部屋の扉は壊され、だいぶ荒らされている。
腕を振ると瓦礫があちこちへ飛び散り、ベッドが見えた。端の方まで来ると砂埃を払い、下ろされる。
「この人に抱かれるくらいなら、死にます。か」
「…だって、触られたくない、です」
「おれには抱かれてるが?」
「ドフラミンゴさんは、違う…ので」
「嫌がるお前を無理やり抱いた、同じ海賊だ」
ベッドに座る私の前に膝を付くと、手首を取り赤くなった所を指で撫ぜる。
優しい手つきにようやく体の力が抜けた。
「…あなたは助けてくれました」
「お前が望んだから、だろう」
「望まなければ、見捨てられていましたか?」
「フフ、殺してたよ。あいつをな」
素足のままであの海賊に捕まった。
どうやら足の裏が汚れているみたいで、手に取ると軽く払ってくれる。汚れがつくと思って引っ込めようとした…が、足すらも離してくれない。
「おれに抱かれても、死にたくならねェのか」
「ならないです」
「へェ…?理由を聞いても?」
「それは、…その」
…言わせようとしてる。
これは言わせようとしてる。
さすがに、わかった。
恋心を自覚してこの人のことがわからず苦しくて、死にそうになり初めて想いを伝えたいと思った。
報われなくても拒絶されても想いを伝えたい。
不毛でも、いい。
死の淵にたった時、そう…思った。
そして命を救ってもらって、今、ここにいる。
「私はドフラミンゴさんが好き…だから、です」
言葉に出せば顔に熱が集まる。
涙も浮かんでくる。泣きたいわけじゃないのに。
ドフラミンゴさんは私を見ていた。
サングラス越しに、真っ直ぐ。
私も見つめ返す。想いを知って欲しくて。
「好き、です。ドフラミンゴさんが、好き」
「ああ」
「最低で最悪の海賊なのに、私は性欲処理のための存在なのに。…好きになってしまいました」
「フフフ、性欲処理のための存在?お前が?」
「愛する方がいらっしゃるのは知ってます。だから…ここへ来るのは、やめようと思ってたんです」
「……愛する方ァ?おれに?それを知ってる…?」
眉間にいくつも皺を寄せるドフラミンゴさん。
…どうして自覚がないのかな。
なんで「誰のことだ?」みたいな顔してるんです。
「…島を散策する予定の前夜、都合が悪いって仰ってましたよね。私…その夜、こちらにいました」
船ではなく、綺麗なホテルへ現れたこと。
ドフラミンゴさんの口元は引きつっている。
…思い出しましたか?思い出しましたね?
綺麗で大きな部屋を探索していると、お風呂場から声が聞こえた。あなたの名前を呼ぶ女性の喘ぎ声。
「ドフラミンゴさんには愛する人がいる。もしかしたら奥さんがいるかもしれない。私はあなたの特別というわけではない…。そう考えたら胸が苦しくて、つらくて、悲しくて。もう会うのを止めようと…昨日まで意図して来ませんでした」
ついに額へ手を宛てるドフラミンゴさん。
そうです、思い当たる節。それです。
「…お互いに夢の中の人、ですけど。寝ないと会えないけど。私を呼んでくれるあなたが…、両手を広げて抱きしめてくれるあなたが、好きなんです…」
ひとつ、ふたつ。
ほろりほろりと涙が頬を伝う。
言葉を紡ぐたび一緒に零れていく。
私以外の人を…抱かないで。
その腕に、私以外の人を包まないで。
飽きたのなら、もう性欲処理としてもいらないなら
優しくしないで。愛おしそうに名前を呼ばないで。
勘違いしてしまうから。
「……来なかったのはおれのせい、か」
「嫉妬した自分のせい、です」
「それをさせたのもおれだ。そういうことか…」
ドフラミンゴさんにしては珍しく、頭を抱えるようにベッドの端へ額をつけ、長いため息を吐いた。
「…言い訳するつもりはねェ。確かにあの夜、お前以外の女を抱いた。だが、あれはおれの女じゃない。名前も知らない娼婦だ。それに……」
「それに…?」
額を離して私の頬を両手で包む。
むにむに、頬の感触を楽しむように触れる。
「…勃たなかった」
「…はい?」
「豊かな胸を揉んでも。滑らかな肌を撫でても。
反応しなかった。あろうことか、このおれが」
その手の女に恥をかかせるわけにいかない。
なんたってナワバリの娼婦だ。沽券にも関わる。
だから風呂場で女に施すだけ施した。
愛撫しても嬌声を耳にしても、ぴくりとも動かなかったんだ。信じられるか?おれは信じられねェよ。
…私はいったい何を聞かされてるの…?
「昨日の夜、お前が来て。涙を流してる姿を見て。
おれの名前を呼ぶ姿を目にして。…完全に勃った」
「…なんの話をしてるんですか!?」
「フフフ!誰にも言えない秘密の話さ」
「でも、その、奥さん…とか、は?」
「いるわけねェだろ、煩わしいだけだ」
涙を拭われ、視界に広がる匂い。
ドフラミンゴさんの匂い。
ぎゅう、と抱きしめる。桃色を掴んで頬を埋めた。
安心する、腕の中。
好きな人の腕の中。
「お前が毎夜来るたび、おれはおれじゃなくなる。
お前がほしくてほしくて、たまらねェ。何故お前は朝になると消える?おれの前からいなくなる?
こうして触れるのに。お前は本当に夢なのか?」
無言で頷く。
…嬉しくて仕方なかった。
私と同じことを思ってくれていたんだと思うと。
焦がれているのは私だけじゃなかったんだ。
「どうすればお前はおれの元へ留まる?どれだけ、お前を抱けば…おれの痕を残せる…?」
「ドフラミンゴさん…っ」
「……おれは、ナナシがほしい…!」
多くを語らないドフラミンゴさんが、絞り出すように言葉を紡ぐ。それが切なくて何故か悲しくて…、とても、とても愛おしい。
桃色に埋めた顔を離してドフラミンゴさんの頬へ
両手を添える。涙こそ流れていないけど、唇は強く結ばれていた。何かに耐えるように。
「勘違いしろ。おれはお前を求めてる。性欲処理として抱いたのは最初だけだ。その後は抱きたいから体に触れた。お前がほしいから貫いた。抱いても抱いても足りない…。他の女じゃ満たされねェ」
触れるだけの口付け。
目の前にいるのを確認するような…優しいキス。
「愛する方、ってのがもしおれにいるなら」
それはお前だ。
拭われた涙が、また溢れる。
「ナナシが好きだ。自分でも驚くほどにな」
「ドフラミンゴさん、ドフラミンゴさん…!」
「フフフ!柄にもねェこと、言っちまった」
「好きでいて、いい、んですか…」
「ああ」
「私以外の人を、抱いてほしく…ない、です」
「お前以外で勃つようなことがあれば約束しかねる。…が、おれは今、ナナシしか抱けねェんだ」
「…私は他の人に抱かれてもいいんですか?」
「フッフッフ、お前は怖いもの知らずだな」
頬に添えた私の手を掴んで握りしめる。
すり、と頬同士が触れ合い耳たぶを甘噛みされた。
そしてそのまま耳元で囁かれる。
「おれ以外の男を受け入れるのは…許さねェ…」
ぞくぞく、と、背中が粟立つ。
それは恐怖なのか、独占欲を見せられた喜びか。
「フフフ、このまま押し倒して行為に耽りてェところだが。こんなムードもへったくれもねェ部屋じゃ満足に抱けない。戦闘の後始末、ってヤツもまだだしなァ。強制的に意識を飛ばしてやる。また夜にこい。…必ず、と言わなくても…お前はおれの元へ来るって分かってるしな。夜は長ェ。気長に待とう」
「あの、強制的に意識を飛ばす…とは…?」
「フッフッフッフ!!」
「笑いごとではないですよね?…なんですかその手は。…!手刀ってやつですか!?え、やめ、」
首の後ろに衝撃が走る。
思っていたほど強くはないが、意識は落ちる。
手刀で気絶…って漫画の世界でしか見たことない。
それに、下手な人が行うと首を痛めると聞いたこともある。躊躇いなく実行するドフラミンゴさんは、
…うん、とてもドフラミンゴさんらしいです…。
体が何かに包まれる。
優しく暖かい何かに。
きっと抱きしめてくれている。
あんなに会いたくなかったのに。
夜が来るのが憂鬱だったのに。
早く夜にならないかな、と思う私がいた。
恋する乙女は複雑だけど単純でもある。
乙女、と呼ぶほど…綺麗なものではないけど。
ドフラミンゴさんの体温を感じながら、私は自分の部屋で静かに目を覚ました。