▼両手を広げる、その姿
ぐっすり眠って翌日は昼過ぎに起きた。
半日も寝てしまうとは。
短時間睡眠は良くないな、と改めて実感する。
肌の調子も悪くなるし目の下の隈もなかなか酷い。
日中の予定は特になく夜までゴロゴロしていた。
必ず来い、か。
昨夜のドフラミンゴさんの言葉を思い出す。
あの日の夜に抱いていた女の人は誰ですか?
なんて軽々しく聞けない。
だって「恋人だ」もしくは「妻だ」って言われたら…それこそ本当の本気で立ち直れない。想像しただけで心が折れるどころか、粉々に砕けそうだ。
夢の中の人に恋をした…なんて。
まさに夢物語。一体誰に相談すればいいんだろう。
不毛すぎる。
ため息をついて目を閉じた。
寝ても覚めても脳内を支配するのは桃色の人。
現実世界にまで影響を与えないでほしい。
目を閉じたまま、今夜のことを考える。
何を言われるんだろう。
何か言ってくれるのかな。
例えば、もう来るな…とか?
それとも、ただ抱きたいだけ…とか。
私は性欲処理の女だもんね、ありえる。
自分で考えておきながら気が沈んだ。
恋をするならもっと楽しい恋をしたかった。
優しくて誠実で。嘘をつかなくて、性欲も普通で。
ずっとサングラスを着けずに過ごしてくれて。
桃色のふわふわコートではなく普通のジャケットを羽織ってくれて。笑い方も控えめで。
海賊なんて物騒な職業ではなく、普通に働く人。
そんな、…そんな。
ドフラミンゴさんとは真逆の人を、好きになれば。
…もしくは。
私がドフラミンゴさん好みの女性だったなら。
こんなにくよくようじうじ考えずに済んだのかな。
◇ ◇ ◇
─ドォン!!!
大きな音に振動、凄まじい揺れで目を覚ます。
どうやら寝てしまっていた。
何時だろう、そして今の衝撃音はなに。
目を開けて固まる。
ここは私の部屋じゃない。
ドフラミンゴさんの船の私室だ。
夜じゃないからと油断していた。
昼寝でも来れてしまうの…!?
ガタガタと揺れる船内。
よく耳を傾ければ大勢の人の声がする。
金属製の何かがぶつかり合う音。
罵倒し合う男性たちの会話。
耳を劈く銃声と大砲の轟音。
…経験したことのない恐怖が身を震わせた。
もしかしなくても、これは海賊同士の争い。
戦闘の最中に来てしまったんだ…。
まさかここに来ないよね?
だってここ、鍵もかかってるし。
仮にも船長室だし。
自分から出ていかなければきっと大丈夫…!
─ドン!!ガチャガチャ、…バタンッ!!
「!鍵がかかってると思えば…なるほど、船長室ってわけか。そんで…お前があいつの弱味だな?」
…大丈夫じゃ、なかった!!
嘘でしょ自分でフラグ立てちゃってた!?
扉を壊して入って来たのは、黒髪長髪、口の周りは髭が覆っていて横にも縦にも大柄な男性。いかにも海賊!という出で立ちに思わず感嘆する。
いや、感嘆してる場合じゃない。
ただでさえ一般人で戦う術を持たないひ弱な私。
ドフラミンゴさんの迷惑になるわけには…!
震える手を握りしめどう逃げようか考えていたが。
銃口が私に向いて、逃げる意志が早々に萎えた。
銃。命を奪える、道具。
ドラマやフィクションの世界では目にしていても、現実…いや、自分に突きつけられて初めて感じた。
明確な“死”のかたち。
銃口を頭に付けて乱暴に腕を掴む。
痛みに顔を歪めるが声は出さなかった。
…恐怖で唇が震えて、出なかった。
「そこまでだ、ドフラミンゴォ!!!」
硝煙と砂埃、血の匂いが立ち込める二つの船。
私は相手の船の…大きな柱の上にいた。
腕を後ろに回され、手首は縄で縛られて。
歯が震えでカチカチとぶつかりしっかり立っていられない。怖い。私は今から殺されるんだ。
高い場所から下を見る。
一部を除いた場所で戦闘が止まった。
大勢いる人の中でも、簡単に見つけてしまう。
桃色のふわふわコートを羽織る…その人。
見上げて視界に入ったのは私か、隣の男性か。
「おっと、攻撃なんてしてくれるなよ。こいつがどうなってもいいなら構わねェが!鍵をかけた部屋にいたんだ。お前の大事な大事な女なんだろう?」
ドフラミンゴさんは、何も言わない。
…残念だったね。海賊の人。
私はあの人にとって大事な女じゃない。
いてもいなくても変わらない性欲処理のための女。
「……フ、フフフ。おれを脅すつもりか」
「つもりじゃねェ、脅してんだよ!こいつを返して欲しけりゃあテメェを含めた幹部共々、大人しく捕まってテメェの船にある財宝全てを寄越しやがれ!!そんでそのまま海軍へ引き渡してやらァ!」
ダメだ、私がいたらドフラミンゴさんに迷惑がかかる。コラさんにも、他の仲間の人たちもそうだ。
特に他の人たちは私の存在を知らない。
今だってなんだかザワついている。
あの女誰だ?
見たことねェ格好してンな。
若様の女?どこの島のどの女だ?
娼婦だろ、脅しの材料にすらならねェよ!
おい、構わずあの馬鹿を撃ち抜け!
船長!よろしいですね!?
「待て」
喧騒が一瞬で止む。
隣の男性ですら、ビクリと反応していた。
「おれを捕まえた後、そいつをどうするつもりだ」
その言葉に私も体を強ばらせた。
捕まる?ドフラミンゴさんが?
…私なんかの、せいで?
「あ、あァ!?ンなもん、テメェの女だってんなら余程イイんだろう!遠慮なく楽しませてもらうぜ?たっぷり可愛がったら、うちのクルーへもマワして最後は海へドボン…!だなァ!!」
下卑た笑い声が近くと後方で聞こえる。
最低だ。
海賊って、最低。
「そうかい。…ナナシ、お前はそれでいいのか」
それでいいのか?
そんなの、嫌に決まってる。
でも、助けを求めるなんて出来ない。
怖くても助けて欲しくても、言えない。
こんな無駄な会話をしていないで、私もろとも撃ち抜いてくれたらいい。私の代わりも愛する人もいるなら。ただ恋に破れた女が一人消えるだけ。
「この人に抱かれるくらいなら、死にます」
震える唇は、しっかりと言葉を紡いだ。
よかった、声が出て。
しん、と静まる二つの船。
ドフラミンゴさんと目が合った…気がする。
「フッフッフッフ!!フフフ、そうだな。名も知らねェ下級海賊に抱かれるなんざ屈辱以外の何物でもねェよなァ。ナナシちゃんよ、おれァな。この海じゃそこそこ名の通った海賊だ。お前が思ってるよりおれは強い。もちろんおれのクルーもそうさ」
両手を広げて笑う、桃色の人。
隣の海賊は小さく震え、歯軋りを始める。
頭に着く銃口も同じように震えだした。
「ここからお前を殺すも救うも、どちらも容易い」
ドフラミンゴさんの意図が、わからない。
殺せるなら…怖いけど、嫌だけど。…すぐにでも。
救う…。私を?救う必要が、あなたにあるの?
「さあ、どうしたい?おれを動かしてみろ」
おれを動かしてみろ。
つまり私が決めろ…ってこと、か。
ここは夢。
夢の中の世界。
桃色の人は私を無理やり抱いた酷い人。
船酔いする私に泡風呂で気を紛らわせてくれた。
強く抱きしめて、気まぐれに優しく撫でてくれる。
他に女性がいても、おやすみと囁いて。
性欲処理の女であっても…求めて、くれる。
勘違いするほど体も心も掴んで離してくれない。
夢の中…だけど。
私は私の気持ちを桃色の人に、ドフラミンゴさんに
ひとつも伝えていない。
報われなくても拒絶されても想いを伝えたい。
不毛でも、いい。
夢から覚めたら「不思議でありえない恋だった」といつか笑って言える日が来るはずだから。
ドフラミンゴさんの“弱味”になるくらいなら、と
殺してほしい気持ちもある。
死にたいかと聞かれたら、…死にたくは、ない。
「ナナシ」
…言ってもいいのかな。
迷惑じゃないかな。
断られたら、どうしよう。
でも。
でも、気持ちを伝えたいと思ってしまったから。
「ドフラミンゴさん、…たすけて」
その広げた腕の中へ、行きたいと思ったから。
名前を呼んでくれる…あなたの元へ。
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