夢の中で逢える人


体が重くて目が覚めた。
腰も痛い…気がする。
でも、それは気のせいだと知っている。
服に乱れはなく、下着も着ているから。
…唯一寝る前と違う箇所を挙げるとすれば。
ショーツが驚くほどぐっしょり濡れていた。
夢を見ただけでこんなになる?ってくらい。

無意識にため息を吐く。
もっと酷く抱いてほしかった。最初の時のように。
思うまま、自分勝手に。
労りや気遣いは相変わらずなかったけど、それでも確実に“私が”気持ち良くなる抱き方だった。
優しいキスがとても甘かった。
私の名前を呼んで口元に笑みを浮かべるあの人が、頭から離れない。最低最悪な人なのに。

…シャワーを浴びよう。
あれは夢。夢だから。もう醒めている。
現実はこちらだ。
いつまでも夢に引っ張られるわけにはいかない。
そう、思うものの。足取りは少し…重かった。

いつもの通勤。
いつもの仕事。
だが、今日はトラブルが発生して残業だった。
まさか日付けを跨ぐとは思わなかった。
よりによって休日前に…!と頭を抱えそうになるがグッと堪えて作業にあたる。
結局帰宅したのは午前2時。
タクシー代、経費で落ちないかな…!無理だな…。

珍しく眠気がこない。
疲れているのに、眠れなかった。
あの人は…ドフラミンゴさんは、どうしてるかな。
まぁ、私なんて居なくても絶対に何も問題はない。
むしろ毎夜現れる女なんて煩わしいだけでは?
今度は意識してため息を吐いた。
…まるで会いたいと思ってるみたいだ。
思考を掻き消すように目を瞑った。



◇ ◇ ◇



電子音で目が覚める。
目が、覚めた。
いつの間にか寝ていたらしい。
でも…夢は見なかった。あの人に会わなかった。
軽く衝撃が走ってしまう。
眠っても会わないことがあるのか。と。
アラームを止めて画面を確認すると会社の後輩から連絡が入っていた。

朝の挨拶とめちゃくちゃ申し訳なさそうな謝罪文と…本日出勤せねばならない本題が書いてあった。
き、休日出勤かぁ…!!
思わず目頭を抑える。暴言を吐かなかった私偉い。
大丈夫、大丈夫。今日を出勤扱いにして明日か明後日、振り替えで休みを貰おう。絶対貰おう。
貰えなかったら許さんぞ弊社ァ…!
明確な怒りを持って準備を始める。

…桃色のコートの感触が、少しだけ恋しかった。

それから。
業務を終えて現在自宅。
時間は日付けを跨ぐ前。
疲れた。本当に疲れた。
今日は眠気もある。そして明日は休み。
そう!もぎ取ったのだ、休みを!!
アラームはセットしていない。泥のように眠ろう。
目を閉じればすぐに睡魔がやってくる。
それに抗うことなく、眠りについた。

「───ナナシ、」

…。

眠りについた、よね?
そうです。寝ています、寝ているのです。
私の体は睡眠を求めているのです。
やっと眠れた所なのです。起こさないで…!!

「へェ。狸寝入りが得意なのか?いいだろう。どのタイミングで目を覚ますか、見ものだなァ…?」

不穏な声色に飛び起きた。
何をされるか検討つくのが悲しい。
眠い目を擦り、見渡そうとしたら頬を掴まれた。
がっちりと。

「ナナシ、何か言うことがあるよな?」
「…こ、こんばんふぁ、」
「挨拶は求めちゃいねェ。心当たりがあるはずだ」
「こころあたり…」

あるとすれば昨日来なかったこと、かな。
…来なかったことに怒ってらっしゃる?
なんで?別に私がいてもいなくてもどうでも良いんじゃないんですか?なんで怒ってるんだろう。

首を傾げると頬から手が離れた。

「昨夜来なかったのは何故だ」
「えっ、本当にそのことで怒ってるんですか?」
「怒ってる?…おれが?フ、フッフッフ!ハハハ!
ああ、いいや、そうだな。おれァお前に怒ってる」

自身への疑問、笑い、肯定から否定で怒りの自認。
…情緒大丈夫です?とは言えなかった。
見えないけど目がマジだと思う。
まさか本当に来なかったことに怒っていたとは。
でも、怒る理由はわからない。

来れなかった事情だけでも話しておこうかな。
昨日は仕事で残業したこと。
日付けを跨いでしまい、眠気が来なかったこと。
その後数時間寝たがこちらへは来れなかったこと。

「…仕事」
「はい。それはもう、大変でした」
「来たくなかったわけじゃねェんだな?」
「……」
「沈黙は金とでも言いてェのか。生憎言葉に出してもらわねェと納得しないタチだぜ、おれは」

来たくなかったわけじゃねェんだな?
どう、捉えたらいいの。
私はここへ来たくないから、来なかった。
ドフラミンゴさんはそう思ってる?
そしてそれを否定しろ、と…言ってるんだよね…?
こう解釈しちゃうよ!?いいのかな!?

ええい、ままよ!

「会いたくないのに、会いたかったです」

…そう、これが私の素直な気持ち。
疲れて帰ってきて、横になれば浮かんだ桃色。
夢を見たくない、会いたくなかった。
でも、…少し。恋しくなってしまった。
私の名前を呼んで、求めてくれるこの人を。

「来たくなかったわけでは…ありません」

探るような視線を感じる。
それから逃げるように顔を下ろして視線も伏せた。
伏せた先で視界に入ったのは、桃色コートの端。

手を伸ばして触れる。
ふわふわ、と柔らかい手触り。
今はこんなに近くにいるんだ。
触れられるくらい、近く。

左側の頬に大きな手が宛てがわれる。
ビクッと反応してしまうのは許してほしい。
次いで右の頬へ唇を寄せて撫でるように触れ、ゆっくり耳へ移動すると…耳たぶを甘噛みされた。

「……会いたかったのか、テメェを襲った男に」
「そう、ですね。会いたくなかったんですけど…。
…会いたかった、です」
「フフッ、そうか。それならいい」

下ろしていた顔を上に向けられる。
右手の親指が頬を撫でて唇にも触れた。
目を閉じると指は離れ、ふわりと重ねられる唇。

「ナナシ、」
「…はい」
「お前がほしい」

その言葉が耳に届くと心臓を掴まれたように苦しくなった。顔に熱が集まるのも感じた。

応えてはいけない。
想ってもいけない。
この人は、夢。夢の中の人。
私を襲った……悪い、人。

それなのに。
私も、この人がほしいと…思ってしまった。


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