▼知りたいと思う気持ち
ぼーっとしたまま起き上がる。
朝、いや、昼…?
太陽の光が部屋に射し込んでいた。
昨夜、ドフラミンゴさんから
「お前がほしい」
なんて言われて不覚にも乙女心を掴まれたわけだがその後は、特になにもなかった。
まさかの…ほら、あの…えっちも、しなかった。
いや、別にしたかったわけじゃない。
そういうわけじゃない。
何をしていたかというと。
ドフラミンゴさんが私を抱き枕に、眠ったのだ。
強く引き寄せたくましい腕の中へ閉じ込められた。
シャツの上からでもわかる胸板の厚さ。
猫のように丸まった背中を少しだけ緩めて。
無駄に長い足に、もふもふな桃色のコート。
首筋に顔を埋め、眠ってしまうドフラミンゴさん。
寝る時くらいサングラスを外すかと思いきや、着用したままだった。寝づらそうだから外したい衝動に駆られたけどここまで頑なに着けているのには理由がありそうで、勝手な真似は出来なかった。
…バレた時が怖い!というのは大いにある。
穏やかな寝息が、妙に心をざわつかせた。
体を重ねていた方がよかったかもしれない。
ああいう風に無防備に眠るドフラミンゴさんを知らない方がよかった。何故かそう思えてならない。
顔を洗おうと立ち上がる。
ついでに時間も見る。…まだ午前中だった。
冷たい水で洗って拭き、鏡に写る自分へ目をやる。
そこには至って平凡な外見の普段通りの私がいた。
…ドフラミンゴさんは物好きだなぁと思う。
◇ ◇ ◇
一日ゴロゴロするつもりが同僚から連絡がきた。
『奢るからご飯食べに行こう!』と。
今から準備して出るのはなぁ。と腰が重い。
人付き合い、ましてや同僚とのコミュニケーションは大事だ。まぁご飯食べるだけだし、と自分に言い聞かせ了承の返事を送れば返ってきたのは。
『可愛い格好して来てね!』そんな言葉だった。
全くもって嫌な予感しかない。
了承した手前、今さら用事が…とは言えない。
可愛い格好…ではなく小綺麗程度の服装にして、腰どころか足取りさえ重くなる己を何とか叱咤する。
そんな感じで、待ち合わせ場所へ向かった。
…予想は的中しました。
同僚は三人いて、見知らぬ男性も四人いる。
ハメられた感がすごい。
連絡をくれた同僚がにっこり笑っていたので、肩に拳を入れておいた。痛がりつつ笑顔で謝る彼女。
察していたし、ご飯に釣られたのは私だ。
出会いは求めてないのでご飯をしっかり食べよう。
─午後10時、帰宅。
はぁ、と自然にため息が出てしまう。
ご飯は美味しかったし同僚たちと話せたのはとてもよかった。…だが、見知らぬ男性の『俺はこういう人間で、こういう所がすごいんだぜ!』という、
面倒くささ溢れる話を延々と聞くのはキツかった。
店を出て次に行かず帰ってきたのは正解だろう。
…そういえば、ドフラミンゴさんはそういう隙自語をしない。何故海賊になったのか、とか。
船長になって何をして何を得たいのか、とか。
…むしろ私から聞きたいことがいくつかある。
いったい何歳なのか。
身長、どれくらいあるんだろう。
日中は何をしているの。
好きな食べ物はなにかな。
嫌いなものとか苦手なものがあるのかな。
そこまで考えて、額に手をあてた。
「……なんでこんなに知りたがってるんだろ」
何度も何度も自分を戒める。
あの人は夢の中の人だ。と。
詳細を知ったところでどうにもならない。
どうも出来ない。
あの人は夢で、あの人にとって私は夢。
シャワーを浴び、肌ケアを忘れずベッドへ座った。
会いたい。でも会いたくない。
…会いたくない。のに、思い浮かぶのは桃色の人。
自分の本心がよくわからなくなっている。
「……よォ、ナナシちゃん」
「こんばんは、ドフラミンゴさん…」
今夜も来てしまった。
私は大きな大きなベッドの上。
ドフラミンゴさんは椅子から離れてこちらへ来る。
何気なくサングラスを抑えてる風だったけど、実際は眉間に手を宛てているようにも見えた。
…お仕事、してたのかな。
「お疲れ、ですか?」
「そんなことはねェ。…と、虚勢を張りてェところだが。フフフ、まぁまぁ疲れてる」
「私相手に虚勢を張る必要ないですよ」
「……それは何故だ?」
それは、だって。
「私は夢の存在です。ドフラミンゴさんが何をしても何を話しても、誰にも影響を与えません。あなたの夢ですから。なので、私のことは空気だと思って少しくらい息を抜いていいと思うんです」
「フ、フッフッフ!空気?そりゃあいい」
「はい。透明で見えないものといいますか、」
「…なくてはならない存在だな」
…。
え?
…はっ!?
「そ!そういう意味ではなくてですね!?」
「空気は黙ってろ」
ベッドに座る私へ近づいて、唇に触れる。
何度も啄み、ひと舐めすると満足そうに離れた。
「お前がいねェと、息が出来ねェってこったな」
「く、空気ですよ!酸素じゃないです!」
「フフフフフ!同じようなモンだ」
顔が赤くなっている気がする。
失言だったし、墓穴も掘った。
空気ではなく“壁”と言えばよかったかな…!
慌てる私をよそにドフラミンゴさんは正面から抱きしめ、胡座をかいたその上に乗せられた。
無言で肩に額を寄せているドフラミンゴさん。
本当に疲れてるみたいだ。
「一緒に、寝ますか?」
「いいや。まだやることが残ってるからな…。休憩してるだけだ。それに寝ちまったら、」
起きた時お前はもういないだろう?
「…そう、ですけど」
「寝る時間が惜しい」
どうしよう。
どうすればいい?
胸が苦しい。
どうして今夜はこんなに心を掴む言葉を紡ぐのか。
まるで、私のことを求めてくれてるみたいだ。
夢なのに。本当はいない存在なのに。
「お前を……ナナシを夢だと思いたくねェ」
…どんな表情をしてるのかな。
なんで、そんなこと言ってくれるの。
何も言葉を返さない私を…どう思ってるんだろう。
服を掴むと背中に回る腕の力が強くなる。
「…フッフッフ…、柄にもねェこと言っちまった。
上手く聞き流してくれよ、空気チャン?」
「…空気じゃないです、壁です…」
「フフフ。そうだな。壁っちゃ壁だもんなァ」
特に胸のあたり。
「………喧嘩売ってます?」
「まさか。育てがいがある」
「この歳じゃもう育ちませんよ」
「この歳?お前いくつだ」
「女性に年齢を聞かないでください」
「なるほど、その見た目で80超えてるか」
「はっ倒しますよ!?そういうドフラミンゴさんはおいくつなんですか?」
「知ってどうする」
「どうもしないです」
ツレねェなァ。
そう言った後、ちゃんと教えてくれた。
24歳。24歳でいち海賊団の船長か…。
「身長はどれくらいあるんですか?」
「身長?300はあるな」
「さっ…!3メートル?人間ですか?」
「そういうお前も200はあるだろ」
えっ、いや、私は普通に平均身長だ。
平均身長…だ、けど。言われてみればドフラミンゴさんとの身長差はそこまで感じられない。
ドフラミンゴさん以外の人には会っていないから、
比較対象も一人しかいない。なるほど、それじゃあ違和感を感じないわけだ。
「おれのを出し入れするんだ。そこそこ身長がねェと全部は受け入れられないだろう?」
「…そういう下ネタはいらないです…」
「フッフッフ!照れんなよ」
「照れてません!!」
思い出してない。
臨戦態勢のそれを思い出してなどいません。
「日中は何をしてるんですか?」
「……やけに知りたがるな」
「それは、その。…夜しか会わないので。海賊が何をしているのかも少しだけ興味があります」
「特に何もしてねェよ。おれはずっと海の上にいるわけじゃねェ。陸での仕事もある。まぁ海賊らしく物を奪ったり海賊同士戦ったり海軍に追われたり、そういうのはままあるな。…この大海賊時代、お前の所には海賊が来ねェのか?」
大海賊時代。初めて聞いた。
そう呼ばれていた時期、場所といえば中世のヨーロッパあたりじゃなかったかな?少なくとも日本には海賊ではなく水軍の存在しかなかったような…?
瀬戸内海にはいたんだっけ?
うーん、日本史も世界史も記憶が曖昧だ。
とにかく身近に海賊が来たことはない。
考えていたことを話せば額を離して首を傾げる。
おや?思い当たる節が、というか内容がなさげ…?
微妙に常識が噛み合ってないもんね。
まず3メートルもある人間を見たことがない。
さすがは夢の世界。
「この部屋から出てみたいか?」
「いえ、別に」
「海を見てェとか」
「興味はありますけど、無理に出たいとは…」
「おれに抱かれてる方がいいよな」
「……一度だけでいいのでビンタさせてください」
「させるわけねェだろ」
フッフッフッフ!と高笑いするドフラミンゴさん。
脳内までピンクだな、この人は。
するすると背中を触る手の動きが妖しくなる。
「…下着をしてくるなって言わなかったか」
「胸の形が崩れるのが嫌なんです」
「おれは気にしない」
「私が気にするんです!」
「フフ、どんな胸でもお前のなら愛でるけどな」
耳元に息がかかる。
首筋に唇が宛てがわれていく。
拒めばいいのに、…拒めない。
「お仕事っ、は、いいんですか…?」
「問題ねェ」
「疲れ、てる…なら、休んでほしい…です」
「無理だ」
首筋を強く吸われ、服の下へ手が伸びる。
ビクビク跳ねる体を押し付けて声を堪えた。
「ナナシを抱きたい」
熱い吐息が耳にかかり、頬擦りされる。
唇が深く重なってしまえば逃げられない。
ドフラミンゴさんの愛撫に翻弄されて、私の思考は夜の闇と一緒にゆっくりと溶けていった。