▼あなたがいる部屋
─トントン。
控えめなノックの音で目が覚める。
首だけ動かしてみればそこは桃色の人の部屋。
昨夜の行為に頭を振って。今夜もお邪魔します。
しかし、部屋の主はいなかった。
今までいなかったことはないのに。珍しいなぁ。
ぼーっとした頭でそんなことを考えていたら、もう一度聞こえたノックの音。
どうぞー、なんて言える訳もなく。
…よく考えたら私がここにいるの不味くない?
見知らぬ奴が船長のベッドにいる。
…やばいね!?
隠れよう!?どこに!!
そうだ!洗面所かお風呂場はどうだろう!
善は急げ!上体を起こした瞬間。
──ガチャ。
扉が開いた。
あ、開けた!?ここ船長の部屋でしょう!?
つまり上司の部屋!返事を待ちなさいよ!!
うわー!冷静ぶってるけど実際はパニック!
落ち着いて私!!
「………」
「……!」
目が合ったのは、赤いフードにハート柄のシャツ。
黒い羽毛のような…ふわふわコートを羽織る男性。
暗い部屋でなぜ容姿が分かったのか?
それはこの人がランタンを手にしていたから。
さてどうしよう。
固まっている私と、同じく固まっているその人。
何か言ってくれないかな…!
ジリ…と後退り、ゆっくり扉を閉めた。
その人が。
「閉めちゃうんだ…?」
掴みかかったり武器を突きつけられたり、船長の部屋で何をしている!的な感じで怒鳴られるかと…。
…あの黒いコートは見覚えがある。
そう、ドフラミンゴさんの桃色のコートだ。
身長もそれほど変わらなかった気がする。
他の人を呼びに行ったのかな。
ドフラミンゴさんがここへ戻ってこなかった場合、
私の運命やいかに…。
再びバン!と扉が勢いよく開いた。
手に何かを持っている。
そしてそれを私に見せている?
うん、遠くて何なのか見えない。こういう時こそ、そのランタンで明かりを翳してほしいものだ。
忍び足、いや、すり足…?で近づいてくるその人。
手に持っていたのはスケッチブックだった。
“ここで何をしてる?”
文字を読んで顔を上げる。
また黒いコートの人と目が合う。
コテン、と首を傾げるその人に既視感を覚えた。
ええと。もしかして話せないのかな。
「あの」
「!!」
肩を跳ねさせるその人。
そんなにビビらないでほしい…。地味に傷つく。
「私は怪しいものではありません。説得力ありませんけど、ただの一般人です。簡単に説明しますと、自分の部屋で眠るとここへ来てしまうんです。
つまり私は夢です。あなたも夢を見てるんです!」
効果音をつけるとしたら「どーん!」だろう。
言い切ったのはいいけど、すっごい微妙な表情。
…これ、「お前大丈夫か?」という顔では?
私の発言を聞いて、サラサラと何やら綴る。
“ドフィの女?”
ドフィ…?
…あ、ああ。前にもそう呼ばれてたっけ?
その名前はドフラミンゴさんを指していたはず。
ドフィ。可愛い愛称だなぁ。
「その言い方も語弊があります。そういう関係では…ない、です。あ!娼婦さんでもないです!本当にごく普通の一般人なんです。ここに来る明確な理由は…正直なところ私にもよくわかりません。何故か夜になるとここへ来てしまうんです」
今度は反対側に首を傾げる。
…なんだか可愛く見えるな、この人。
“無理やり連れて来られた、とかではなく?”
「ドフラミンゴさんにですか?そういうことしそうですよね。でも、そうじゃないです」
“逃げないのか?”
「…最初は逃げたいと思いました。体が動かなくて逃げられませんでしたけど。でも、…今は」
一瞬顔を伏せて、すぐに上げた。
黒いコートの人の目を真っ直ぐ見て、笑う。
「逃げたくないです。…むしろ─、」
続けた言葉にその人の瞳が見開く。
なぜか優しく目を細めたのもわかった。
…なんだか不思議な雰囲気を持つ人だ。
その後も私はベッドの端に座って、その人は私の前の床に座り話をした。横へ来たらいいのに、頑なに
「それはおれでも出来ない」と断られた。
黒いコートの人。名前はコラソンさん。
ピエロのようなメイクが目を引く。
話せないのかあえて話さないのか、真意は不明だが筆談での会話に慣れてるようでテンポよく話せた。
この人も海賊団の一員らしい。
ドフラミンゴさんに比べて、だいぶ穏やかな空気を持つコラソンさんに対して警戒心が無くなった頃、ようやく部屋の主が帰ってきた。
「………コラソンか」
「こんばんは、ドフラミンゴさん」
「…あぁ。二人でなにをしていた?」
「コラソンさんとお話してました」
「お話…ねェ」
扉の前に立つドフラミンゴさんをよそに、コラソンさんが私に向けてスケッチブックをバシバシ叩く。
なんだなんだ。と、そちらに目をやれば
“コラさんでいいって言っただろ!”
ふふっ、と笑みを零してしまう。
コラソンさん…コラさんは大きな子どもみたい。
「コラさんが、お話相手になってくれました」
言い改めてみたら、ドヤ!とばかりにドフラミンゴさんへ向けて胸を張るコラさん。かわいいな。
私もドフラミンゴさんへ視線を移せ…ば……。
「楽しかったようで何よりだ」
「……怒ってます?」
「怒らせるようなことをしてたのか?」
「?ドフラミンゴさん…?」
突如として空気が重く冷たくなった…気がする。
気がするだけであってほしい。
コラさんは近づいて行ってスケッチブックを見せていた。新たに文字を追加しながらドフラミンゴさんに状況を説明している、ように見える。
そして、コラさんの黒いコートの襟あたりを掴んで何か耳打ちしていた。
聞こえないけど、不穏な気配を察知してしまう。
一人でそわそわしているとコラさんが振り返る。
じっと見つめれば大きく手を振ってきた。
どうやら部屋から出て行くようだ。
小さく振り返せばコラさんは行ってしまった。
「随分仲良くなったんだな」
「…手を振るのは仲が良いってことなんですか?」
「知るかよ」
「……やっぱり怒ってます、ね?」
ここまでピリピリしたドフラミンゴさんは見たことがない。扉からこちらへ来る様子も、ない。
私から近づいてもいい…かな?
手と足に力を入れて立ち上がる。
「…来るな」
「いやです」
「じゃあ、どこへ行くんだ?あいつを追うのか?」
「あいつ…って、コラさんのことですか?」
名前を紡ぐと舌打ちが耳に届く。
なにをそんなにイラついてるんだろう。
裸足で床を歩いてドフラミンゴさんの前へ。
立って並べば、身長の高さを実感する。
黒シャツの裾を掴んで上を向いた。
「ドフラミンゴさん、」
「…なんだ」
「私はどこにも行きません。ここにいます。だから、あの、夜は…部屋にいてほしい、です。コラさんだったから何も起きなかったと思うんですが、また今日みたいなことが起こって武器とか突きつけられたら…さすがに怖いですし…」
「………鍵をしてなかったおれも悪ィ、か」
はぁ、と短くため息を吐くドフラミンゴさん。
「ドフラミンゴさん」
「今度はなんだ」
「しゃがんでください」
「…?」
首を傾げる仕草は、コラさんと同じだった。
もしかして仲間になると仕草も似てくるのかな?
思わず笑ってしまう。
ほら早く!お願いします!
ぐいぐい裾を引っ張ればようやく観念したようで、腰を曲げて目線を合わせてくれた。
頑張れ私。
やるんだ私!
腕を伸ばしてギュッと抱き着く。
そして首元に額を宛て顔を見られないように隠す。
「…おかえりなさい」
言葉に出せば顔に熱が集まってきた。
ドフラミンゴさんにとっては自分の部屋に戻ってきただけ。外からの帰宅、という意識はないだろう。
でも、私にとってはこの部屋から一歩でも出れば
“外”なわけなので。
いつも起こされる側だから、…迎えたかった。
そもそもここは私の家でも部屋でもないけど。
お邪魔させてもらっている身だけど。
「フッ、フフフフ…フッフッフッフ!!」
「笑わなくてもいいじゃないですか…」
「フフフ…、お前を笑ったんじゃねェさ。…あァ、
おれは自惚れていいのかもしれねェなぁ…」
「自惚れる…?」
「なんでもねェ。…ただいま、ナナシちゃん」
お返し、とばかりに強く抱き締められる。
目線が同じとはいえ手加減をしてほしい。
ちょっと痛いです。
抱き締めた腕は緩まず、そのまま抱えられた。
ふわりと浮いて抱き着く体勢は“しがみつく”に意味を変える。落ちないように、しがみつく。
足を向けるのは大きなベッド。抱えられたまま横になると一緒にマットレスへ沈む。
「…おれを見てろ」
「?はい」
「おれだけを、だ」
「ドフラミンゴさんだけを…?」
「フフ、分からねェならいい。無意識でも…な。
なァ、ナナシ。もうおれから逃げないのか?」
逃げないのか?
数分前、コラさんにも聞かれたその言葉。
まさか二回も言う羽目になるとは思わなかった。
しかも二回目は本人を前にして、とか。
「逃げたくないです。むしろ、」
逃がされたら…少しだけ寂しい、です。
恥ずかしい。
これは恥ずかし死する。
顔を見られたくなくて首筋に擦り寄った。
…今日のドフラミンゴさんの体は暖かいな。
「逃がすつもりは微塵もねェよ…」
優しく、髪を梳かれる。
最初はあんなに嫌だったのに。
今は…この腕の中がとても居心地がよかった。