わたしはなんて意地の悪い人間なんだろう。

宿題も予習復習もする気になれず、高校から帰ってすぐ自室のベッドに寝転がった。
この一ヶ月、罪悪感と自己嫌悪から様々なことが手につかない。
テスト期間だというのに集中できていないと、学校でも塾でも先生に怒られて、それがまた気分を下げて、悪いことばかり考えてしまう負のループだ。


「青春って、なんて残酷なんだろう」


呟いてみるが、残酷なのは青春ではなくわたしだ。
こんな汚い感情を青春というのはおかしい。

ベッドに寝転がったままスマホの画面を見て、何の通知も無いことに意気消沈する。
彼はもうわたしの意地悪に気付いてしまっただろうか。
気付いてしまったのだろうな。
だって、一週間に一回くらいはしていたSNSでの会話が、この一ヶ月ぱったりと途絶えてしまった。

SNSのアプリを開く。
彼のトークの通知は、無料スタンプ目的の企業のトークとは違って、当然ONにしている。
だからアプリを開いたところで、待ち受け画面に通知が来ていなければ彼からの連絡は無いというのに。


「酷いことしちゃったな……」


溜息を吐いて、スクロールする。
上の方は、ルフィ君達がいる部活のグループトークや、ナミやロビンとの女子グループトークが占めている。
後は企業の公式アカウントや家族のトークルームだ。
下の方までスクロールしないと彼とのトークルームが出てこないことに、胸がチクチクと痛んだ。

“ロー君”と名前の付いたトークルームを開く。
わたしと彼だけの部屋。
そこには、次の授業の準備物についてだったり、ドラマの感想だったり、ただの同級生としての会話のログが残っている。
最後のトークを見て、また深い溜息を吐いた。


『相談したいことがある。放課後、中庭に来い』

『それが人にものを頼む態度か(笑) いいよ(笑)』

『中庭着いた(‘ω’)ノ 待ってる』

『参考になった。助かった』


トークはロー君で終わっている。日付は一ヶ月前だ。
ロー君からのお礼の言葉。“相談”が終わった時にも対面で言われたけど、こうしてSNSでも送ってくれた。普段は必要なことも最低限しか言ってくれないのに、この時は二回もお礼を言われた。きっとそれほど感謝されたのだろう、わたしは。
どういたしましてとは、後ろめたくて、とてもじゃないが送れなかった。

学校でロー君と会うことはそもそも少ない。
彼は理系クラスで、わたしは文系クラス。接点の無いわたし達が友達になれたのは、わたしと同じクラスのゾロがロー君と同じ剣道部だからだ。
ゾロの応援のため他校との練習試合をルフィ君達と見に行った時に知り合い、その後校内で再会し連絡先を交換した。

彼はものすごく女子に人気がある。
目つきが悪いにも拘らずものすごく整った顔をしているし、頭も良いし、背も高い。体育祭でも大活躍だったし、スタイル抜群だ。少しくらい冷たくても、その媚びない態度が逆にいいと、女の子の心を片っ端から鷲掴みしていく。
校内で見かける度、クラス・学年問わず女の子の注目を攫っているのを目の当たりにした。
そんな彼がゾロと友達だというだけでわたしと連絡先を交換してくれたのは、自分の手柄でもないのに誇らしかった。優越感があった。
柱の陰に隠れるようにしてこそっとスマホ同士を振ったのが、妙に気恥しかったのをよく覚えている。

そんな優越感から彼を好きになったわけではないが、食堂や廊下で彼とすれ違うことをいつの間にか楽しみにしている自分がいた。

こんなに好きなのに。
好きだからあんなことを言ってしまった。


「馬鹿、性悪女……!!」


枕に顔を埋める。布に涙が染みていく。

相談があると彼に呼び出された時、わたしは期待した。
もしかして、告白なのではないかと。

結論から言えば全然脈無しだったので、今思えばあのポジティブ思考が死ぬほど恥ずかしい。
しかし丁度ロー君と感想を言い合っていたドラマで中庭で告白するシーンがあったから、そのことが頭に浮かんで、きっとそうだと思い込んでしまった。

彼にはわたしを好きだなんて素振りは無かったにも拘わらずだ。
他の女の子には教えない連絡先を教えてくれたこと、ほんの些細な日常会話をSNSでしていたこと、ドラマで中庭に呼び出して告白するシーンがあったこと。たった!たったそれだけで!わたしの脳は咲き乱れてしまった!

そんな期待を胸に放課後中庭に向かうと、彼は既に来てベンチに座っていた。
隣に座るだなんて今まで無かった(その程度の関係のくせに、舞い上がったのがまた恥ずかしい!)ので、とても緊張した。


「悪いな」

「いいよ」


彼の態度は、わたしとは違っていつも通りだった。
背もたれに完全に体重を預けて脱力していて、その尊大な座り方も格好良いなあと思った。


「それで、相談だが」

「うんうん」

「好きな奴がいる。もうすぐ誕生日だから何か贈って告白してェんだが、女子に何やったらいいかわからねェ。お前だったら何が欲しい?」


耳の中でザッという音が聞こえて、一気に血が下がったのが分かった。
花畑は全部枯れた。
勝手に期待した分、落胆も大きかった。

持っていた鞄を握りしめた。手汗が滲む。
何も反応できないとロー君が不審に思う。何かリアクションをとらないといけない。
叶わない恋なら、気持ちはバレないで欲しかった。


「そっ…か!そうなの!なんだ、もっと早く言ってくれたらよかったのに!」


明るい調子を心がけてみたものの、空回る。
何を早く言えっていうんだ。
自分でもよくわからない返事をしてしまって、焦る。
笑顔を作れているか自信がなくて、表情を見られないよう下を向いた。彼と向かい合っていなくてよかった。こんな形で隣に座れて嬉しいなんて思いたくはなかったけれど。
どうしよう。変な態度になっていること、ロー君は気付いている?

挽回しないと。早く何か言わないと。

そう思っても取り繕うことができない。上手に想いを隠して彼を応援できるほど、わたしは大人になんてなれない。
悔しい。ロー君に思われている人が、羨ましい。
悔しいなんて、ロー君に好かれるために何の努力もしていないわたしが吐いていいセリフではないのだけれど。分かっていても、ロー君と一番よく話す女子はわたしだったのに、なんで盗っていくのなんて言葉が頭に胸に渦巻いて苦しい。

他の女の子と楽しそうに歩いているロー君を想像して、酷く悲しい気持ちになった。
そして、彼のことが少し憎くなった。

好きな人が他の女の子に告白するために、なんでわたしが一生懸命考えなくちゃいけないんだ。

浅ましいわたしはそう思ってしまった。

いや、彼はわたしの気持ちなんて知らない。純粋に友達としてもわたしを頼ってくれている。だから彼を憎く思うのはわたしが悪いのだ。
好きな人が頼ってくれているんだ。滅多にない機会なんだからちゃんと応えないと。

そう思っても感情のコントロールが効かない。黒い感情に良心は飲まれてしまっている。

彼の告白が上手くいかなければいい。
ロー君なんて、振られてしまえばいい。

そう思ったわたしは、早く何か言わないとという焦りもあって、黒い気持ちをそのままに言ってしまった。


「下着」

「下着……?」


疑うような視線を向けられて、後には引けないと更に続けた。


「そう、下着。だって、直接肌に着けるものだよ?好きな人から貰ったらすっごく嬉しいに決まってる!」

「いやまだ、あっちは、好きってわけじゃねェと思う」

「えーでも告白するんでしょ?本気が伝わると思うの!それに、ロー君めちゃくちゃ格好良いしモテるんだからさ、相手もきっとロー君のこと好きだよ!」

「…だといいが」


ふ、とロー君が表情を緩める。
ああ、好きだなあ。そう思うのに、思いたくない。こんなタイミングで改めて自覚したって何もかも遅いのだから。
遅れた分を取り戻そうとするように、わたしの口が勝手に動く。
自分が追いつけないからって、人を堕とそうとする奴だったんだ。わたし。
どんどん自分が嫌いになっていく。


「もちろん上下セットね!その子の好みじゃなくてロー君がその子に着て欲しいものを贈った方が、ロー君の気持ちも伝わっていいんじゃないかなあ!わたしだったら、嬉しすぎて泣いちゃうかもしれない!」

「…気持ちが伝わる、か。いいかもな」


全部嘘だ。

わたしだったらドン引きだ。薄ら寒い。寒すぎる。
たとえ好きな人からでも、初めてのプレゼントが下着なんて嫌すぎる。一瞬迷ってそれでも顔目掛けて投げつけるレベルだ。
直接肌に着けるものを贈られるのはせめて恋人同士になってからだと思うし、それもお互いを深く知る関係になってからでないと、…ぶっちゃけ性行為を期待されているようで生理的に無理だ。
下着でない物にしたって、好みから外れているものを贈られても困る。
消え物の石鹸だってNGだと聞くのに、下着はもう完全にアウトだ。ある意味奇跡のチョイスだ。人間の世の中は雑然としている。特別な事情でもなければ、非恋人に好いてもらいたいという目的のプレゼントとして下着は最低の悪手。その下はせいぜいゴミくらいのものだろう。

ああ、ごめんなさい。
騙されるロー君が可愛いと思うことにすら罪悪感を覚えた。


「はァ……」


ロー君に好きな人がいたことと、自分が思っているよりよほど卑怯な人間だったことがショックで、その後のことはよく覚えていない。

ロー君はわたしに感謝を示してきたけど、それには返信できず結果既読スルーする形になった。
それどころかあれ以来学校でも彼を避けてしまっている。

文系と理系は校舎からして違うし、ゾロの応援には忙しくなったといって行かなくなった。
元々お弁当だから食堂に行かずに教室で食べればいいし、移動教室は理系クラスの廊下を通らないよう遠回りした。

彼の顔が見たいけど、わたしには合わせる顔がない。

これでロー君が好きな人に振られていたら完全にわたしのせいだ。
だって、女の子がロー君の告白を断る理由なんかある?あんな完璧な男の子の告白を。

ちなみにわたしの誕生日は半年先だから、実はロー君の好きな人はわたしという展開はあり得ない。
そもそも教えた覚えもないから、ロー君はわたしの誕生日を知らない。

『もうすぐ誕生日』の『もうすぐ』っていつなんだろう。
一ヶ月彼から何もアクションが無いということは、もう結論は出たのかな。

告白が上手くいって彼女ができたから、他の女子と個人トークをするのをやめてしまった?
それとも告白は失敗してわたしの意地悪に気付いて、わたしのことが嫌いになった?

どちらも嫌だが自業自得だ。彼に対して真摯でいれば、せめて友達として傍にいることはできたはずなのに。


「しにたい……、ッ!?」


スマホが震えた。
慌てて通知画面を確認すると、女子グループトークのナミの発言だった。
上げた顔を枕に戻す。

『この前ハニーの家でやったお泊り会、楽しかったわね!週末、今度はウチでやらない?』

返事をする気にもなれず、スマホの画面を消した。
確かに気が紛れて最終的には楽しかったが、あの時は、落ち込んでいるわたしなどそっちのけでクローゼットから机から引っ掻き回されて大変だった。
ナミはともかく、ロビンまでノリノリで家探しするのだ。あれには参った。

夕飯ができた、と母親が呼ぶ声がして、スマホは放置したまま、部屋を出た。





―――――――――――――――――





「終わった……」


わたしの恋もテストも。

テスト期間最終日のチャイムは無情にも時間通りに鳴り響き、空白が目立つ答案用紙は先生に回収されていった。
身から出た錆とはいえ、今回はロー君の事で頭がいっぱいで全く勉強が手につかなかった。
まあそれはいい。どうせわたしの成績など最初から期待されるようなものではない。

問題はロー君だ。
ここ一ヶ月避け続けているから様子はわからないが、好きな人に玉砕していたらきっと落ち込んで、テストの成績も散々に違いない。
いや、元々が優秀な彼のことだからいつも通り日ごろの勉強の成果を上げているかもしれない。

なんにせよ、何もかも普通なわたしには遠い存在だったのだ。
何度でも繰り返すが彼は人に好かれる要素を両手いっぱいに抱えている。頭脳から容姿から。冷めているように見えて意外とすぐムキになるところさえも愛される。

学業からの束の間の開放にはしゃぐクラスメートと一緒になって騒ぐ気分には到底なれない。
カラオケの誘いを丁重にお断りして、のろのろと筆箱を片付ける。

問題用紙をファイルに挟み復習嫌だなあと項垂れたところで、ポケットのスマホが震えた。
そうだ、ナミにまだ返信していなかった。ロビンもよく既読スルーするから、テストが終わったところで催促だろうか。

待ち受け画面の通知を見たところで、一気に体温が上がる。
ロー君だ。

うそ、なんだろう、何があったのだろう。
罪悪感とか申し訳ないとか散々考えたくせに、好きな人からのラインはシンプルに心が飛び跳ねる。
汗で指紋認証が上手く通らなくて、パスワードに移行する。それも慌てて入力するせいで何度も間違えてもどかしい。


『話がある。中庭に来い』


終わった。恋どころか人生終わった。
上がった体温が一気に下がって、吐き気がする。ストレスが急激な体調変化をもたらすなんて初めて知った。

きっと彼は振られたのだ。そして気付いたのだ。好きな女の子にいきなり下着をプレゼントするなんて常識では考えられないことに。巷に溢れるありとあらゆる物の中でも最悪の選択をさせられたことに。
常識外れのことをわたしがわざと教えたことに気付いてしまったのだ。

だから彼は報復するのだ、わたしに。
クールフェイスを崩さない彼も、この度の件は本気で怒っているだろう。
彼だってわかっているはずだ。自分がいかに欠点のない、誰もが彼氏にしたい人間だということに。ならばたった一つの振られる理由を作ってしまったわたしの事を恨むのは当然のことだ。
あれだけモテるにも拘わらず浮いた噂はひとつも聞かないロー君のことだ、告白した相手のことを大事に一途に想ってきたのだろう。ならば怒りも一入のはず。

怒られるだけで済めばいい。
嫌われたくない。……でも、後の祭りだ。

震える指で文字を打つ。


『差支えなければ図書室にしていただけませんでしょうか?』


間髪入れずに返信が来る。


『理由は?』


中庭よりは土下座しても汚れないからだ。
これをどう返事したものかと悩んでいると、追撃が来た。


『いや、いい。お前に合わせる。だが18時でいいか?』


場所を理由に断らせない気だ。絶対殺す、その雰囲気が伝わってくる。
時間指定は何なのだろう、今日はテスト最終日だから部活はまだ無いはずだが。

…ああ、人目を避けるつもりなんだ。中庭は近くにクラス教室がないから普段から人はほとんどいないが、図書室はこの時間なら人がいてもおかしくない。
しかし時計の針が縦にまっすぐ伸びる頃になれば、さすがに残る人はほぼいないだろう。
人に見せられないくらい、苛烈にわたしを糾弾する気なんだ。
丁度いい、わたしも土下座する姿を人に晒したくはないし、何よりわたしのせいでロー君が怖い人だと誤解されるのは嫌だ。


『承知しました』


返信して、スマホをポケットに戻す。
手早く帰り支度をして、図書館へまっすぐ向かう。せめて時間よりずっと早く着いておくのが誠意だと思った。





―――――――――――――――――





「何してる」

「写経です……」

「…返信も口調が変だったが、テストの出来でも悪かったか」


大半の理由はそれではないのだが、テストの出来が悪かったのは本当なので頷く。

普段は18時になれば部活終わりの生徒が帰っていく時間だが、校内にはほとんど人が残っていないようで、それは図書館も同じだった。
テストが終わって暫くはいた数人の生徒達はとっくに帰り支度をして去っていった。

西日が差し込む図書室。
眩しかったのか、ロー君は入室するとすぐ窓に向かい、カーテンを閉めた。
あるいは、これから始まる惨劇を目撃されないようにするためか。
処刑の準備を着々と進めるロー君に心臓が痛いほどどきどきしている。ペンを握る手に汗が滲む。

ロー君が大きなカーテンを二つ閉めると、図書室はかなり薄暗くなる。最後に出て行った生徒が隅っこで一心不乱に写経するわたしに気付かず律義に消灯していってからというもの、敢えて明るくする気も起きず、そのままにしてあったからだ。

机に向かうわたしの反対側ではなく隣に座ったロー君は、書きかけの写経と既に書きあがった写経ルーズリーフの束を見て、呆れた顔をしていた。

並んで座るなんて、あの時ぶりだな。
思い出して涙腺が潤みそうになるのを堪える。あの時わたしがあんなことを言わなければ、ロー君を悲しませることはなかったのに。


「テストが悪かったんなら勉強をしろよ」

「一番悪いのはわたしの根性なので……」

「は? おい、しかも裏表かよ」


机に肘をついていたロー君が、裏表びっちり書き込まれた写経ルーズリーフの束をひっくり返して、不気味なものを見るように顔を顰めた。
本当何やってんだ、と苦笑するロー君に別の意味で心臓がどきどきした。笑顔激レアありがとうございます。気まずい気持ちを抱えていても、やはりまだ好きな気持ちは全く消えない。

しかしおかしいな。ロー君がいつも通りだ。いやいつもよりむしろ機嫌がいいような……いや、何だか浮足立っているような。
少なくとも、今から血の制裁を加えようという雰囲気ではない。


「あ……」


そうか。告白は、なぜか成功したんだ。
非常識なプレゼントごとロー君を受け入れてくれる女の子だったんだ、彼の想い人は。

せっかく引き締めていた涙腺がまた危うくなる。ついに彼が誰かのものになってしまった。
わたしの子供じみた嫌がらせも虚しく恋が終わったことが、悔しくて、情けなくて。
謝ることもできない。あれは嘘だったんだよ、嫌がらせだったんだよと、言うことができない。せっかく幸せな気持ちでいる彼に、これ以上水を差すようなことはしたくない。

いや、単にわたしがロー君に嫌われたくなくて、逃げてるだけか。

慌ててペンを取り、写経を再開する。彼がわたしを呼び出したのは、告白が上手くいった報告と、相談に乗った礼だろう。さっきから気になっていたが、ロー君はいつも使っている鞄に加えてファンシーな紙袋を持っていた。あれはきっと、わたしへのアドバイス料だ。言葉だけじゃなく物で感謝を表しにきたのだ。

やめてほしい。わたしはロー君の想いを踏みにじったんだ。
いや、後ろ足で砂をかけるような真似をして――――それに気付かれもしなかったような間抜けな道化なのだ。

まだやるのかよ、と呟いた彼はわたしの右手を握ってペンを止めさせた。道の字が歪んで変な形になる。まさに外道。わたしのことだ、と皮肉なことを思った。


「悪いな、こんな時間になって」

「……ううん、いいよ」


すぐに本題に入る流れだ。彼は合理的だから、用があるときは最初に済ませる。そんなところも好きだった、けれどもう諦めなければいけない。
そういえばリンチではなくお礼を渡すためなら、何故この時間にして人目を避けたのだろうか。二人きりになって、彼女……彼女に、疑われたりしないのだろうか。

平凡なわたしじゃ疑う要素も無いってか。
もはや捻くれた考えが止まらない。


「お前に渡したいものがある」

「……うん」

「喜んでもらえるといいが」


覚悟を決める。貰えるものは受け取ってしまって、早くこの場を終わらせよう。
これ以上彼といたら、絶対に泣いてしまう。
ロー君は椅子の向きを変えて体ごとわたしの方を向くと、おもむろにファンシーな紙袋を差し出した。

拒否することもできず受け取る。受け取る資格がないなどと言ったら、時間を喰うだけだ。
複雑な気持ちだ。彼にプレゼントを貰うのは本当に嬉しい。おそらく一生大事にすると思う。
でも初めてもらうプレゼントがこんな形になるなんて。ロー君が誰かと結ばれた記念プレゼントなんて、悲しくてたまらない。

ああ、これはきっと罰だ。
何をくれたのか知らないが、きっとわたしはこれを捨てられずに部屋に置いておくだろう。
そして見る度に思い出すのだ。これはわたしが、ロー君を陥れようとしておいて、気付かれることさえ無く撃沈した思い出の品なのだと。

視界が滲む。ロー君にばれないように、慌てて下を向いた。


「ありがとう。ロー君の気持ち、嬉しいよ」

「そうか」


駄目だ。限界だ。もうすぐ涙が零れる。
下を向いたことを誤魔化すのと時間を稼ぐために、閉じられた紙袋の口を開く。
くれた本人の目の前でプレゼントを開けるなんてあまり良い態度ではないかと思ったが、背に腹は代えられない。
マナーのなってない奴だと思われようが、ロー君はどうせもう他の人のものなのだ、関係無かった。

紙袋の中身を取り出す。
包んでいた薄い紙を破るのと同時に、一粒、涙が零れた。


「……」

「……」

「……?」


包み紙から解放したプレゼントに理解が追いつかなかった。

わたしの手には、色も形も全体的にピンクなブラジャーが。

頭は置いておいて、とりあえず手を動かす。紙袋の中身、もう一つの包み紙を手に取って破る。
ブラジャーとお揃いの、これまたピンクなパンツが入っていた。

両手にそれぞれブラとパンツを握り締め、固まる。


「…本当に泣くほど嬉しいとは思わなかった」


ロー君が何か呟いた気がしたが、わたしの頭はいっぱいいっぱいで、よく聞き取れない。
遠くのほうで、アホウ、とカラスが鳴いた。




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海獺