夜更かししたせいでまだ少し眠い目を擦って、家を出た。
なんだか走り出したくなって、ナックルシティの石畳を蹴る。眠気と興奮がごちゃまぜになった頭が彼に早く会いたいと叫ぶのだ。

少しひんやりとして寂しい夜を、ワンクリックで心と目頭を熱くさせてくれた感謝を誰かに伝えたかった。
そしてわたしが会うことのできる関係者は一人しかいない。

今日は何だか街がキラキラして見える。街の人たちも、笑顔が弾けているような。
皆もあれを観たのかな。わかるよ。泣き出したくなるほど熱いバトルを見たときのようなワクワクは抑えられるものじゃない。

家を出てすぐ走り出した勢いそのまま、ナックルジムに突撃した。
受付の人は顔パス。いつもより元気に「おはよう!」と挨拶すると、彼もまたいつもより元気に「おはようございます!」と返してくれた。そして、キバナさんならコートの方にいますよ、と。

キバナさんの恋人になって、ナックルジムの人たちに紹介してもらってから、こういう対応をしてもらえるのは嬉しいけど少し恥ずかしくもある。
わたしだってトレーナーだからキバナさんに会いに来る以外の用事だってあるかもしれないのに。


「キバナさんっ!!」


コートの真ん中でポケモンに囲まれていたキバナさんを発見する。
わたしの足は、キバナさんの腕の中でようやく止まった。

朝から元気だな、と上からの笑い声を聞きながら、すりすりとキバナさんの胸に頭をこすりつける。
ちょっと汗臭い。キバナさんこそ、朝からトレーニングしてたんだ。ストイックなキバナさん、かっこいいいです。

そんなにオレさまに会いたかったか?と揶揄うように問いかけられる。
いつものわたしなら恥ずかしくて俯いて何も言えなくなってしまうけど、テンションがおかしくなったわたしは羞恥心を感じにくくなってしまったみたいだ。今なら何だってできそうな気がする浮ついた心そのまま、思いの丈をキバナさんにぶつけた。会いたかった。


「ミュージックビデオ、最ッ…高でした!!ありがとうございます!!もう!本当!!好きで!!素敵で!!ああ、何回観たか……っ!おかげで寝不足ですっ!」

「あー昨日公開だったな。はは、ありがとな!そう言ってもらえて嬉しいぜ」

「あ、あれ?あんまり嬉しそうじゃない、ですね……?」


湧き上がった衝動が抑えきれず、うずうずと体を揺らす。

昨日動画投稿サービスにアップロードされた、とあるミュージックビデオ。
有名なトレーナーたちが数多く出演したそれは、トレーナーたちのカリスマ性も相まって、とても言葉では言い表せないほど素晴らしい作品だった。

ポケモンたちの可愛さ、激しいバトルを連想させるスピード感溢れる演出、優しくも力強い音楽、人やポケモンとの絆の美しさを賛美するような歌詞、大胆に歴史を駆け抜けるような構成、ところどころに散りばめられたファンには堪らない数々の要素。
まるで一本の大作映画を観ているようだった。

しかしわたしの上がり切ったテンションとは逆に、キバナさんは何だか少し元気がないみたいだ。
こういうとき、キバナさんはいつもわたしの喜びに全力で付き合ってくれるのに。どうしたんだろう。


「んーまあ、なんていうか……オレさま映ったのちょっとだしさ。世界で人気あるやつはたくさんいるんだなーって改めて思ったんだよな」

「あ、グリーンさんもかっこよかったですよね〜!手持ち6体全部出してくれて超迫力!」

「ああ、さすが、強そうだったよな」

「博士達も素敵でした〜!ポケモン研究の権威が大集合!なんて、スペシャルすぎますっ!」

「豪華だよな」

「あと世界のチャンピオン達とその一番のパートナー達!次々に迫り来るレジェンド!それからなんと言っても音楽が最ッ高でしたね!」


たった3分の中に詰め込まれた情報量。そうだ、たった3分の動画に、なんてものを詰め込んでくれたんだ。涙でよく見えなかったシーンを何度も見返し、見返すたびに好きを発見し、興奮でとてもじゃないが寝られたものではなかった。
それでもなんとかして寝たあと、朝になっても大迫力の映像を思い出してはまた体が熱くなり、日頃の感謝を伝えたくなって、手持ちのポケモンたちを撫で回した。
それだけでは飽き足らず、この感動を誰かに伝えずにはいられなくなって、そしてまず最初にキバナさんが頭に浮かんだのだ。


「……」

「いろんな人が大切なポケモンと一緒にそれぞれのドラマを生んできたと思ったらわたし、胸がぐわーーーッてなって!もう!……あ、ごめんなさい!一人で盛り上がっちゃって」


一人で喋りすぎた。返ってこなくなった声に気付いて、キバナさんを置いてけぼりにしてしまったなと見上げると、キバナさんは大きな口をへの字に引き結んでいた。
何か言いたいような、言えないような、そんな表情。

ついにはわたしから目線を逸らして黙り込んでしまった。
珍しい。いつもはわたしが恥ずかしくなって目を逸らしちゃうくらい見つめてくるのに。

ミュージックビデオの出演時間が短かったのがそんなにショックだったんだろうか。でも一般公開される前に当然キバナさんも出来上がりは見ているはずだから、今更なのでは?

確かにキバナさんが映った時間は短かったし、別に計ってはいないけどたぶんライバルのダンデさんのほうが出演時間は長かった。
でも、ポケモンバトルの偉人はたくさんいるのだ。3分じゃ一人分の魅力すらとても紹介しきれないほどの圧倒的存在が、たくさん。よく通常の動画データに収まったものだ。画素数をドット絵まで落としてもギガどころかテラバイトまでいってしまいそうな彼らを。

だからキバナさんが出演時間の短さを気にする必要はまったくない。あの目まぐるしく流れて行く膨大な情報の中で埋もれることなくキバナさんが輝いていたのは、動画編集のお力だけでなく、他でもないキバナさん自身の魅力のおかげだった筈だ。

そもそも、そんなこと気にする人じゃないのにな。気にしたとしても、落ち込むんじゃなくて、これをバネにもっと頑張ろうと言える人だ。そして本当に頑張る人だ。こんな風に元気が無いのは本当に珍しい。

テンションが低い理由はともかくなんとか元気になってほしいと、背中を撫でたり腕をさすってみたりしているうち、キバナさんはやっと大きな溜息を吐いて、観念したようにぽつりと呟いた。


「悪い、他のやつのことそんな褒めないで」


目を逸らしたまま、キバナさんは気まずそうに言った。

言われている意味がよくわからなくて、え?と聞き返すと、キバナさんは今度は口をむずむずさせた。

キバナさんのポケモンたちもそんなキバナさんの表情は滅多に見ないのか、キバナさんの顔を覗き込んで同じように口をむずむずさせる真似をしている。
可愛い。特に微妙な表情が難しいジュラルドンが真似しようとしてできていないのが可愛い。

永遠にわたしが察しそうにないのを見てか、暫くむずむずさせた後、キバナさんは結局ちゃんと説明してくれた。


「ハニーにはキバナが一番でいて欲しいわけ。…MV、ほんと最高の仕上がりだったからさ。ハニーが他の人に熱あげんのも仕方ねーかなーって思うけど、やっぱ妬く」

「……!!」


なん…だこの可愛さは……!?
きっともっと心のままに言ってしまいたいだろうに、乱暴にならないよう言葉を選びながらぽつりぽつりと話すキバナさんに、きゅううんと胸が締めつけられる。
なんて可愛いんだ。いつもは可愛いより先にまずかっこいいいばかり思ってしまうけど、今はもう、可愛い。可愛い!可愛いしか出てこない!
キバナさんのレアリーグカードみたいに、彼の周りにハートが煌めいている幻覚すら見える。

このいくらでも甘やかしてあげたくなる感情は間違いなく目の前のキバナさんのせいで生まれたものだ。なんて強く母性本能を刺激するイケナイお兄さんなんだ…罪だ……!!

自分で言ったことが恥ずかしくて耐え切れなくなったのか、キバナさんが「あ゛ー……」と言いながらその場に座り込んだ。
顔を覆う両手ごと頭を優しく抱えて、よしよししてあげる。


「キバナさんが一番かっこよかったよ」

「どーだか」


拗ねてるー!
普段はお兄さんみ全開で優しくてたまーに意地悪してくる余裕たっぷりのキバナさんが、子供みたいに拗ねておられる。

頭をぎゅうと抱きしめると、キバナさんは体が大きくて、わたしの方が縋りついているみたいで滑稽だ。図体でかいキバナさんかっこいいい。肩の筋肉もがっしり硬くてすごい。男らしい。でも今は子供っぽくて可愛い。嫉妬するキバナさんめちゃくちゃ可愛い。

かっこよさと可愛さがごちゃまぜになってめくるめく幸福の崖っぷちに立たされているような心地だ。もういっそのこと落ちてしまいたい。


「本当ですよ。キバナさんばっかり見てました」


顔が見たくなって覗き込むと、キバナさんは眉尻を下げて見つめ返してくれた。


「じゃあ口パクでハニー好きって言ってんの分かった?」

「えーっ!!?ちょっと今すぐ見返してきます!!」

「ウーソ」

「ええ!ひどい!」

「ハニーが好きなのはホント」

「…うう、わたしも好きです……」


今度はわたしが目を逸らしながら聞こえるか聞こえないか微妙な声で絞り出したら、キバナさんは余裕を取り戻したみたい。
わたしは普段あまり好きって口に出して言えないから、たまに言うとすっごく嬉しそうに笑ってくれるんだ。


「さて、妬いてたってしょーがねーな!MVでいくらハニーの目を奪ったって、あの人達はハニーのことは知らないし触れないんだし」


立ち上がってググっと伸びをしたキバナさんは、やっぱり体が大きくてかっこいい。
可愛いに全振りしたキバナさんをもうちょっと見ていたかったな、とちょっと残念に思っていたら、右手を掬われて、手の甲に口づけられた。

キバナさんはこういうところが狡猾だ。わざとわたしが恥ずかしがるように仕向けて、先ほどまでの自分の醜態(とキバナさんは思っているんだろう)の記憶を少しでも薄くしようとしている。

しかし申し訳ないことに、可愛いキバナさんはそれこそテラバイト級の超超高画質で映像も音も匂いも感触も時間の流れすら、わたしの脳に刻み込まれてしまったのだけれど。


「オレさまだけのハニーだって実感させて?……ベッドで」


やっぱり記憶飛ぶかも。

ううう。MVでも見せてくれたあのニンマリ顔で迫られて断れる人なんかいるのかな。
わたしは無理です。顔が良すぎる。
ちょっと弱ったところを見せられたからといって、キバナさんには勝てっこないのだ。

まんまとキバナさんに乗せられて、えっちのお誘いを了承してしまった。


「じゃあ、夜、うち来る……?それともわたしがキバナさん家に行ったほうがいい?」

「ん?いや、ホテル行く。今から」

「今から!?お仕事は!?」


すっかり元の調子に戻ったキバナさんはさっそくわたしの手を握って歩き出した。
ポケモンたちは、生き生きとしたキバナさんがやっぱり大好きらしく、それぞれ嬉しそうに鳴いてわたしたちに擦り寄りながらついてくる。


「ハニーが来てくれるかなーと思ってジムにいたけど、今日は半分休みみたいなもんなの。夕方ちょっとジム戻るけど、それまで時間あるから」


いっぱいしよーな。
そう言って、指を搦めて力強く手を握りなおしてにぱーっと笑うキバナさんはやっぱりかっこよくて可愛くて、頭の中をごちゃまぜにされながら、わたしは日々それに流されないように隣を歩いていくしかないんだと実感した。



KKG(カッコイイとカワイイがゴッチャ混ぜ)





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