なやみのタネ



ジムチャレンジ。それはポケモンバトルのカリスマがジムリーダーとして運営するジムに、チャレンジャーがポケモンバトルを挑むことである。
地方によってジムの形態は様々だが、ここガラル地方での“ジムチャレンジ”は単純にジムに挑むのとは違う意味を持っている。推薦などで資格を得た限られたチャレンジャーが決められた順番にジムリーダーと戦い、8つのジムのリーダーに勝利した者がトーナメントへの参加資格を得るという、いわばトーナメント出場権を賭けた予選だ。予選とはいえ有望な新人とジムリーダーの試合が見られるため国民にとっては最高のエンターテイメントである。

手加減されているとはいえジムリーダーに勝つのは難しいが、本選は更に激戦となる。
大勢の観客を収容する大きなスタジアムに絶対的人気を誇るジムリーダーたちが一堂に会するトーナメントは毎回チケットが即完売する。一つ残らず埋まった席からジムリーダーたちに熱い声援を送る様は、ガラル国民のポケモンバトルへの意識の高さがよく分かる光景だ。

そんな国民達が夢中になるスター、それがジムリーダー達である。
ナックルシティ某所の会議室。そこには今ジムリーダーが勢揃いしていた。
ジムは8か所だが、時期や各々の都合により交代でジムリーダーを務めている所もある。しかしこの定例会は可能な限り全員が出席することになっていた。

トーナメントが終わって1週間。
ダンデを破り、新チャンピオンとなった女の子を交えての初めての会議であった。
彼女にジムチャレンジ運営側の説明と、来期のジムチャレンジについてロードマップを作成するのが今回の議題である。ロードマップの作成は運営が既に仮の案を出しているので後はそれに微調整を加えていくだけだ。つまり今回の会議は特に議論が白熱するような内容ではない。
因みに今年は2つのジムでリーダー交代となったが、新ジムリーダー達は初めてのトーナメント戦で疲れ果ててしまったらしく最初の会議から欠席を許されている。その代わり、席を譲った筈の旧ジムリーダーがしばらく出席し、未熟な新米ジムリーダーを補助することになっていた。
チャンピオンまでもが新人となった今回は、最強のジムリーダー・キバナが司会進行を務めている。


「ま、概要はこんな感じだ。あとはその時になったら都度説明するよ。ハニー、何か質問はあるか?」

「気安く名前呼ばないでください」

「ええー……」


年によって細部は違うもののトーナメントとジムチャレンジの仕組みは遥か昔に出来たもので、当然それらを盛り立ててゆく会議も昔から行われてきた。
しかしこのように殺伐とした雰囲気で行われた会議は長い歴史の中でもおそらく初めてだろう。

オフシーズンとはいえジムチャレンジは来年も再来年も行われるため、今年度から準備しておくべきことも多い。だからジムリーダー達は自主練習やそれぞれの仕事の合間を縫って、今年の反省点や改善点など話し合いを行う。
特に来年度からは10年変わらなかったチャンピオンが交代する。ジムチャレンジの概要など説明せずとも知り尽くしていたダンデと違い、年端もいかぬ経験の浅い少女には何かと教えることが多いだろう。ジムリーダー達は基本的に親切で真面目なので、彼らを華麗に撃破し一気に頂点に上り詰めた若き才能に皆、丁寧に手解きするつもりだった。

しかし。


「アンタのために説明してるんだよ、真面目に聞きなさい」

「弱い人に教えられることなんてないです」

「キバナに弱いって……」


メロンが五児の母親らしく注意するもハニーは憎まれ口を叩くだけで反省の色は無い。ガラルで長く二番目に強いとされていたキバナを“弱い”と宣う彼女にヤローが苦笑した。

チャンピオン並びにジムリーダーは変わった性格の者も多いが大体が人格者である。なぜなら、ポケモンも卑小な人間のもとでは強く育たず、芯が強く大きな心を持つ者にこそ惹かれ期待に応えるべく成長するからだ。ポケモンバトルが強い人間はポケモンに好かれる者、そして人格者に多いのは明らかであった。
しかしハニーは違った。何の間違いだろうか、彼女はとんでもなくバトルが強いのと反比例して、とんでもなく生意気であった。


「キバナが弱い話なんて今してないよ!アンタの話をしてるんだ」

「メロンさんまでオレさまのこと弱いって言うのかよ」

「キバナ、アンタも言われっぱなしにしてるんじゃないよ!」

「えー、とばっちりじゃないですか」

「メロンさんは唯一キバナくんに負け無しだからねえ。でもハニー、きみはそんなことを言ってはいけない。最低限の礼儀というものがあるからね」

「だから敬語は使います。でも尊敬はしてないです。だってわたしが一番強いから」

「……」


カブが優しく諭しても彼女には響かない。ファンであれば何でも従ってしまいそうになるカブの渋い説教も、自分より弱い者を敬ったりしないという彼女には効果がないようだ。

会議の雰囲気は最悪だった。普段なら茶菓子を摘みながら朗らかに、時には熱く進行する会議も、今回は全体的にフラストレーションが溜まっている様子だ。もちろん新チャンピオンとなった彼女のせいで。誰も手を付けない温かいお茶はすっかり冷めていた。

ジムリーダー達は一度もしくは二度、彼女と戦った仲である。彼女と対面してその対応に疑問を抱かなかったわけではない。
しかしそれはバトル直前の話。まだ幼いゆえ、あまりの緊張に仏頂面の不愛想になっているだけだと思っていたのだ。それがまだまだ子供らしくて可愛いとさえ思っていた。

通常運転でこうだとは思わなかったのだ。誰も。


「そもそも、わたしが強いんじゃなくて皆が弱いんだもん」

「いや…チャンピオンがそれ言ったら……強い人、ひとりもいないんじゃ……」

「雑魚に意見なんか訊いてないです」

「ひっ……」

「大丈夫、オニオンくんは強いよ!自信持って!」

「弱い人の意見なんか聞いててガラルが強くなるわけないです」

「ひいっ……」

「お前の意見も一理ありますけどね、オニオンもここにいる皆も弱くはないですよ。ガラルで最も強い人たちです」

「ふん。わたしのポケモンを一体でも倒してから言ってください」

「…クソガキ……」


彼女よりは年上であるはずのオニオンが虐められ、窘めたネズも一蹴される始末だ。煽る彼女にネズは大人気なく毒を吐いた。
歳の離れた妹がいるネズならあるいはハニーの扱いも心得ているかもしれない、と期待した面々は彼が呟いたセリフに肩を落とす。仕方のないことではあるが、誰か一人でもこの暴君を御することができれば、と思ってしまうほどに彼女には手を焼いた。

静まり返る中、口を開いたのはキバナだった。ジムチャレンジ最後のジムリーダーを任されているキバナは責任感も強い。この会議の進行役は彼だ。暴言を吐かれようともスムーズに話し合いを進めるのが彼の役割なのである。


「まーまー皆、大目に見てやろうぜ。ハニーだってチャンピオンなったばっかなんだからさ、勝手がわかんねーんだよ。な、ハニー?」

「理解者ぶるのやめてください。そういうの一番ムカつくんです。弱い人が強いわたしの気持ちなんて分かるわけないじゃないですか」


せっかくのキバナのフォローも平気で撃墜する。
キバナは苦笑でそれを流したが、代わりに今まで我慢してきたルリナが爆発した。


「はァ……!?いい加減あったまきた、チャンピオンだからって何言ってもいいわけ!?」

「ルリナ、落ち着けよ」

「違います。弱い人に発言権が無いだけです」

「そのすぐ人を弱いって言うのどうにかしなさいよ!」

「わたしに勝てないんだから弱いです」

「ストーーップ!!」


ついに興奮して立ち上がったルリナをキバナが止める。
言い合いをしているもう一方は涼しい顔だ。これで二人の年齢が逆ならまだ分かるが、悲しいことに、自分の言いたいことを言いながら冷静にしている方が年下である。

更にヤローが促したことで、ルリナは納得していない顔で渋々席に着く。自分を落ち着かせるために頭をガシガシと掻いたルリナはひとつ深呼吸をして落ち着きを取り戻した。

対岸で火事が収まるのを待って、キバナが横にいるハニーに椅子ごと体を向ける。
そして彼女の目を見て、言い聞かせるように、ゆっくりと話した。


「ハニー。お前は天才だけどな、バトルが強いだけじゃガラルは盛り上がんねーの。だから皆、観客を沸かすために努力してるんだぜ」

「うむ、その通り。拮抗するからこそ白熱するバトルもある」

「そんなのは弱いの同士でやる遊びじゃないですか。わたしは強いのに、何で弱いほうに合わせなきゃいけないんですか?」

「ちょっと聞き捨てなりませんね。お前、一体何様のつもりです?」

「チャンピオンです。ここにいる人達が束になっても負けないです」

「クソガキ……!!」

「はー……。今回の目的は果たしたから、今日はこれで終了だ。解散!」


この空気はもうハニーを黙らせたところでどうにもならないと判断したらしい。ルリナだけでなくネズまで殺気立ってしまったため、キバナは手を叩いて無理矢理に会議を終わらせた。
ジムチャレンジの運営は彼女を表に立たせて行わなくてはいけない。なにせチャンピオンだ。リーグの顔となる彼女を裏に押し込めておくわけにはいかない。特に、あの最強と謳われたダンデを倒した10年ぶりの新チャンピオンとなれば、国民の期待も高まっている。
だから今回の会議で参加する側でなく運営する側の大枠くらいはさすがに知っておいて欲しかったのだが、彼女は一体どこまで理解しているだろうか。
あの態度を見れば真面目に聞いていない可能性もある。
そうするとこの会議は通例より何回も多く行わなくてはいけないかもしれないと、今回の会議の最悪の雰囲気を振り返って、キバナは溜息を吐いた。

挨拶もせずにとっとと会議室を出て行ってしまったハニーの背中を見送り、あっちのフォローは後回しだとキバナは椅子に座りなおして、皆に水を向けた。


「なんっなのアレ!!何であんなのがチャンピオンになれるわけ!?ダンデのほうがよかった!!」


ダムが崩壊したかのように、ルリナが吠える。
バトルで伸び悩む彼女には、悔しさもあるのだろう。モデルという職業で忙しい日々を過ごしながらもトレーニングは怠らず勝つための努力をしてきた彼女には、ハニーという天才の存在は正直なところ妬ましいと思うほかない。
それがダンデのような、自らの矜持と他人への配慮を併せ持った人であればよかったのだが、ハニーはプライドが恐ろしく高くそして配慮など皆無だ。謙虚さの欠片もなく他人を尊重することを知らない。
ルリナはチャンピオンを倒すべき存在と思うと同時にとても尊敬していた。しかし、新チャンピオンがアレである。尊敬などできる筈もなかった。


「ルリナ、ハニーちゃんの実力は本物だからさ……でもあの性格はないわな」

「ウチの子だったらひっぱたいてるよ。マクワの反抗期のほうがよっぽどマシさ」

「若ささね。いずれ大きな壁にぶつかって分かる日が来ればいいけど……強すぎて、ダメだねあの子は」


温厚なヤローもメロンも、何事にも動じないポプラでさえ、彼女の態度は笑って済ませられるものではないようだった。ジムチャレンジはガラル最大のイベントだ。それの顔となる彼女があの態度では、ジムリーダー達が苦労して作り上げてきた一大行事が台無しになる恐れもある。
ポプラは特に、この節目にタイミング悪く後継者を見つけ引退してしまったことを薄っすらと後悔した。自分が見込んだピンクとはいえ、まだまだ青いビートが彼女と衝突するのは目に見えている。


「それが、一部の界隈では大人気らしいよ。なんだったかな、“ツンデレロリクソかわ”とか言って燃えているファンが結構いるみたいだね」


意味はよく分からないけど、とカブが肩を竦める。
トーナメント終了後の彼女のインタビューは、暴言を吐いていなかっただけまだマシだったが観客がチャンピオンである彼女に求める像とはかけ離れた内容だった。
歳相応にはしゃぐとか、誰もが憧れるチャンピオンになった嬉しさを表すとか、そんなことは一切無く淡々と自分のポケモンを自慢して終了だった。最後のほうは質問に対して鬱陶しそうにしているハニーにインタビュアーが気を遣って『強かったですね?』『自慢のパートナーですね?』と分かり切ったことを質問してハニーがはいと答えるだけの、ただ決められたインタビューの時間を埋めるだけの消化試合のようになっていた。
しかしそれが一部のファンには堪らなく魅力的なキャラクターだったらしい。
そういうわけで、ハニーはクールで落ち着いている女の子と認識され、まだ生意気であることまでは世間には知られていない。

カブの発言に、キバナはファンねえ、と呟いた。
綺麗なお人形みたいで愛でる気持ちは分かる。そのくせバトルでは上品さはなりを潜めて、猛攻を仕掛けてくる。クール美少女が豹変して獰猛になるとかハマるやつには堪らないだろう。自身とのバトルで見せた彼女の熱い一面を思い出し、キバナは無意識に口元が歪んでいた。


「デレたの見たことないけどねえ」

「マリィと被るじゃないですか」

「ネズさんの妹と違って可愛げないよ。ファンにもあの態度じゃ問題だわ、なんとかしないと」

「キバナさん……よく…庇えますね。ぼくは無理です……怖い……」

「はは、まー確かに生意気すぎるけどな。根は悪いやつじゃない。オレさまが何とかすっから、暫くは皆、大目に見てくれよな」


キバナは直接彼女と喋ったことは少ない。それに喋ったといっても試合前の挨拶程度の話。他のシムリーダーたちもそうだ。
しかしキバナは、他のジムリーダー達が知らない彼女の一面を知っていた。だから、彼女がこれ以上敵を増やさないようにするのは自分の役目だと、キバナは思った。

さてと、とキバナが立ち上がる。彼は暇ではない。今年度の行事日程が決定したら今度はナックルジムの運営もそれに合わせて組まなければいけないし、自分のトレーニングもメディア出演などの予定も同様だ。
他のジムリーダー達もそうだろう。キバナが立ち上がったことで、それぞれハニーの話を止め、帰り支度を始めた。


「あ、そうだオニオン。ハニーの手持ちにゴーストタイプいたっけ?」

「…いえ……いなかったと…思いますけど……、どうして……?」

「夜行性がいたら不味いなーと思って」

「……?」



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海獺