琥珀糖





つんざくような悲鳴が聞こえた、気がした。

青年は振り返り、すぐさま走り出す。方角を探ると、南西の方からかすかに鬼の気配がする。夜明けまであと三十分もないというのに、まだ人を食い荒らさんとする鬼が残っていたらしい。こんな時間まで呑気に居残っている鬼に気付かなかった己が不甲斐ない。チッと舌打ちをこぼしながら、走るスピードをぐんと限界まであげる。鬼の返り血で濡れた白い羽織がはためいた。
地面を蹴るように跳ね、民家の屋根に登ると古びれた長屋地帯が広がっている。寂れた鉱山地帯の麓で、人の気配は多くない。捻れるように心臓が動いたが、感傷に浸っている場合ではなかった。
鬼の気配、血の匂い。それをよりよく感じられる場所を本能で探す。彼はその本能で生きてきたし、これからも本能で鬼の気配を探っては斬っていく。
悲鳴はもう聞こえず、遅きに失した可能性が高いようにも思えてしまった。焦りが大きくなる。

鬼の潜む長屋の一室にたどり着きふすまを開けたときには、もうあたりは血みどろの大惨事であった。家族と思わしき人が、重なるように死んでいる。その数六人。
その中央で、その鬼は一番小さな少女の頭を食らっている最中だった。

「てめえは、死ね」

脳裏が赤く染まった瞬間、そのとき既に鬼の頸を撥ねていた。ぼとりと頭が落ちたとき、あ‥と鬼が呟きながら人だった原型に戻る。
妙齢の女だった。異形となり限界まで膨れていた、血塗れのくたびれた着物。その上半身が食らっていたはずの、少女の体を守るように抱きしめてくずおれた。

とてつもなく、嫌な感じがする。己の過去を彷彿とさせるいやな記憶の蓋が開こうとしていた。

周りに倒れた肉塊をよくよく見回すと、積み重なった子供の上の方の一人だけ、まだかすかに息があった。それもまた少女であった。胸の辺りをざっくりと切られている。出血量が多いため、このままだと死んでしまうだろう。間に合えばなんとかなる。あまり動かさないよう慎重に持ち上げると、少女の口がぱくぱくと動き、小さな声は風に乗って青年の耳へと運ばれた。

「    」

実弥はその姿が、どうにも哀れな過去の自分と重なってしまった。少女の頭を抱え込んで、血の匂いの中、ギリギリと奥歯を噛み締めた。

もう少し早ければ。せめてお前の兄妹たちを救えたかもしれないのに。

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