琥珀糖





実弥はその日もどこか気鬱な気分だった。彼が鬱屈としていない日など少ないが、それでもいつもより気鬱になる理由が確かに存在していた。

先日、長屋から助け出した少女。なんとか一命をとりとめ目覚めたものの、ほとんど話をしないということを人伝に聞きだしたからだった。
話ができないわけではなく、話さないのだという。
家族が全員殺された惨状のあとで、元気に振る舞えなどというのはあの小さな少女には酷な話なのかもしれない。鬼に家族を殺された者は、精神的な影響で話すことができなくなったり、家族の後を追い自殺することも少なくはない。少女も、鬼に恨みを持ち鬼殺隊に入るような側の人間ではなく、ただ精神的に不安定になってしまう側だったのだという、それだけの話だ。その時点で、既に実弥の身の上とは話が異なっている。
本来助けた人間になどいちいち興味は持たない。その後の人間の世話は隠の仕事であって柱や隊員のすべきことではない。そんなことまで考えていたらキリがない、というのが現状だった。彼も、鬼を殺すことが一番の目的であったし、そればかりを考えて生きてきた。鬼に大切な家族や友人を奪われた恨みの念が尽きることはない。

それでも実弥には、あの少女を気にかける理由があった。
あのとき、あの長屋で、少女を掴んだ時に。少女の言葉を聞いてしまったときに。

まるで対岸の己を見ているようだった。

母を殺すことが出来ず息絶えていた己の姿。並んだ幼子たちの遺体の中に、幼い頃の玄弥を見た。ぱちぱちと、爆ぜる火花のような一瞬の幻影は、あの日から目の裏に焼き付いて離れなくなった。

蝶屋敷に滞在することとなった少女の現状を問い詰める実弥に怯える隠には分からないだろうし、彼らに教えてやる義理もないが、実弥はどうしようもなくあの少女を気にかけてしまうのだ。

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