チョコチップクッキー -530円

なまえは、少なくとも宇髄天元の中ではいい女である。彼奴は結構モテているし、それを本人も自覚している風でもある。
髪もいつもきれいに整えられているし、生まれつきの顔も決して悪い顔立ちではないが、見目に気を遣っているのが見てとれる。清潔感があるのはいいことだ。仕草も品があるように見えるし笑顔でいることが多く、人当たりも良い。愛嬌がいい、というのはきっとああいった女のことを言うのだろう。下手に出るのも得意なようだし、社会の中でものらりくらりとうまく生きていってしまう、そんなタイプに見えた。あの女に泣いて縋られたら、きっということを聞いてしまう。そんな一種完成された、あざとい魅力がある。

特別派手に目立つわけではないし宇髄の好みではないが、まあいい女だ。

「なまえ、今日別の匂いすんな」
「宇髄くんさすが、よく気がつくね。女子より聡いよ」
「まーな」

なまえは宇髄の後ろの席に座る女子であり、わりとクラスの中でも会話の頻度が高い。香りの元凶を辿ると、彼女の髪からするようだった。さらりと彼女の髪に指を絡めてすん、と嗅ぐと、今までにないおんなっぽい香りがする。少し珍しく思えた。
またこれくらいの女子とのスキンシップは宇髄にとって息を吸うのと同じくらい当たり前で、日常に馴染んでいることである。惚れた腫れたとかそういったこととは関係がない。

「オイル変えてみたんだ、どう?」
「お前にはちと早いんじゃねーの?」
「そう?なら明日はいつものに戻そうかな。宇髄くんが言うなら」
「お前のそう言うところ、本当にうまいと思うわ」
「ありがとう」

会話の中でさらりと褒めてくるなまえをさらりとかわしてさらりとかわされる、これも彼女との会話の中でよくあることだったが、褒めても褒められても何を言っても過剰に反応されず会話のテンポを楽しめるのは宇髄にとってそれはそれで居心地が良かった。
うぶな女は可愛いが、そう言う女じゃこうはいかねえからな。

「おはよう!」

教室に入るなりそうバカでかい声で挨拶したのは煉獄杏寿郎であった。特定の誰に挨拶しているとか、そういうわけではなく、煉獄は毎朝ああやって全員に挨拶している気でいるのだ。宇髄と煉獄は昔から知り合いであるが、ああいうところは昔から変わんねーなとひとりごちる。
そして、目の前の女はそんな煉獄を見て、ふ、と少しだけ頬を緩ませた。

可愛い顔しちまってまー。宇髄は無表情のままなまえを見つめ、妹の初恋を見るかのような微笑ましい気持ちになる。

それでもそんななまえ若干の変化など普段と対して変わらないから、周りの奴は気づかないし、本人も毛頭気づかれるつもりもない。というのは、宇髄もさすがにわかっていた。そんな状況で、この女の恋情などにあの朴念仁の煉獄が気付くはずもない。

煉獄杏寿郎は面倒見もよく、まあ、俺には劣るがいい男だ。まわりのことをよく見ているし、困っている人間がいたらまっさきに声をかける、そんな男が煉獄杏寿郎である。そんなわけで聡くないというのとは少々違うのだが、察しはいまいちだ。人の話をどことなく聞いていなかったり、一本筋が通っているといえば聞こえはいいがどうにも強引な節があったり、やや癖が強い。
友人はかなり多いが、対等というより兄貴肌であり同級生だと少し距離を置いてしまいそうな、そんな人間である。下級生からはかはりモテるが、同級生からのウケはそれほどでもない。派手だが繊細さに欠けるというのが宇髄の総合的な評価である。

だがなまえはそんなコイツのことを、かなり好いているらしい。このクラスだけで、いや恐らく学校の中でもそれに気がついているのは宇髄くらいのものだろうが。

煉獄はいい男だし、なまえだっていい女だ。だがおそらくこの二人の相性はよくはないだろうし、宇髄には両者が並び立って今後どうにかなっていくような未来は想像もつかなかった。

派手に駄目だなこりゃ、と宇髄は思わずため息を一つこぼした。だがなまえがどうにもいじらしくて何とかしてやりたい。そう思う時点で大概なまえを甘やかしてやりたいといった、男だからこそ抱いた庇護欲のような何かが湧き立っているが、それも含めて宇髄は楽しんでいるので問題はない。

「宇髄もおはよう!!!」
「おお、はよ」
「みょうじもおはよう!!!」
「おはよう煉獄くん」

煉獄も比較的席が近いので、先程の声と同じような音量で挨拶してきて耳がやや痛む。元気すぎるというのも考えものだ。
そこで目の前のなまえがスクールバッグの中から、ごそごそと袋をとりだした。よくコンビニにおいてありそうな、有名なメーカーのクッキーだった。まだ始業まで時間があるからか、なまえはその袋のくちを少し破って、机にひいたティッシュの上に中身を転がす。

「登校前にコンビニでつい買っちゃったんだ。宇髄くん食べない?よかったら煉獄くんも」
「おー、ならもらうわ」

広げてあるクッキーを貰ってポリポリ食べる。煉獄は声をかけられると思っていなかったのか一瞬驚いた顔をしていたものの、もらおう!と言ってぽりぽりと食べ始めた。味はまあ、良くも悪くもよく知っている味なので今更何を言うまでもない。

お、とひとつ閃いたので、やや性格の悪いことにお節介でもしてやろうと、それを実行することにした。

「なあなまえ、食わしてくれ」
「ええ?いいけど‥はい、あーん」

煉獄の前だっていうのに躊躇いも恥ずかしげもなくこの女。形のいい指がクッキーを拾って、宇髄の口の中に放り込む。ふふ、美味しい?じゃねーんだわ。煉獄は露骨に勘違いして気まずそうな顔してやがるし。ちげえわ。おい。

「はい煉獄くんもあーん」
「むっ?!」

条件反射的に口を開いてしまったのか、半開きになった煉獄の口にもなまえはクッキーを放り込んだ。なまえ本人はいたって満足そうだが、そんなことを女子にされたことがないのか煉獄が奇妙な顔をしている。煉獄の周りにいるような女は奥手そうな女が多いのでそれも当然であった。なまえも気にしろ、少しは。それともあんな顔しといて本当は煉獄に異性として気にして欲しいのか。しかし本人にまったくそのそぶりは見えず、ただ満足そうにクッキーを頬張りつつ、授業の内容について会話を振ってきた。
そんな俺たちの様子を見かねて、宇髄のことを異性として意識しているらしいクラスの派手な女子がクッキー美味しそうだね、と慌ててかけ寄ってきた。そんな女子の口にも、なまえがあーんと言ってクッキーを放り込んでいた。

あーあ。やっぱり派手に駄目だわ、こいつの恋は。宇髄はまた、深いため息を吐いた。
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琥珀糖