04
「話‥ですか。あの、どうぞ」炭治郎が目の前の女性のただならぬ、怖がっているような、それでも覚悟をきめているような雰囲気にごきゅりと唾を飲み込むと、なまえは神妙に頷き、まずはその風呂敷の中身を広げて差し出してきた。
一目見た瞬間、目眩がした。桐箱に収められたそれらは、おそらく宝飾品の類と、それからこのたとう紙に包まれたものは、三枚もある。
「これはあなたと、あなたの妹さんにお詫びです。大切な妹さんに傷をつけてしまったこと、大変申し訳なく思っています。本当に申し訳ありませんでした。どれだけ謝っても足りませんし、許されないことをしました。これはせめてものお詫びの品です。着物は着丈がわかりませんでしたので、急ぎで仮で仕立てていただきました。貴方の着物一枚、妹さんに向けた着物が二枚です」
「そ、そんな‥こんなにいただけません!」
「気に入らなければ質にでも入れてください。それなりの金額にはなるでしょうから」
俺の話を聞いてくれ!と思うが、彼女の匂いがあまりにも頑固で、こちらがなんとか言わなければ頭を上げてくれない強さを持っていて。炭治郎のほうが折れてしまった。
この人に会ったら、どういう感情になるだろうと思っていた。怒るのだろうか。動揺するのだろうか。結果はそのどれでもなかった。なまえの謝罪が真摯なのが伝わってきたのもそうだったが、ただ炭治郎は、許しを欲していない様子のこの人を許したいと思った。
「あの‥お気持ちはいただきますので、そんなに申し訳なく思わなくて大丈夫です。俺は‥あなたが優しい人だと思っています。これも、たくさん考えて選んでくださったんだとわかるので、ありがたくいただきます。今度俺に、なにかご馳走させてください。禰豆子も一緒に。だからもう、この話はそれでおしまいにしましょう」
その言葉にそろり、となまえが頭をあげ、ありがとう、と囁いて優しく笑むので、炭治郎は少しそわそわとしてしまった。甘くて懐かしむような優しい匂いだったから。
やっぱりすごく優しい人だ。幸い禰豆子の傷は鬼の体ゆえ治るので、禰豆子を刺したのがせめてこの人で良かったと思った。そうでなければきっと、あの傷だらけの男の人が恨むように禰豆子を刺していた。
ひとり和む炭治郎を見てギリギリと獪岳は歯軋りさせていた。そんな獪岳に追い討ちをかけるかのように、なまえは獪岳に指示を出す。
「獪岳。荷物を運んでくれてありがとう。貴方は屋敷に戻って、先日の訓練の続きを。わたしは炭治郎さんに話があるから」
「あ?何だよ、俺がいちゃいけねえのか」
「そういう意味ではなくって。これから炭治郎さんと、炭治郎さんのご家族の話がしたいの。貴方も自分の過去の話は、あまりよその人に聞かれたくないでしょう」
むすりと機嫌悪そうにした獪岳の頭をなまえはよしよしと撫でようとするが、獪岳が飛ぶように跳ねて嫌がった。羞恥か悔しさか、癇癪を起こす前の小さな子供のような表情をしたその人は、炭治郎と続けさまに善逸が震えて疼くまるベッドのほうに強烈な殺意を向けた。すごい匂いだ。善逸も気がついたのがヒィ‥と小さな悲鳴をあげるのが聞こえる。なまえは仕方なさそうに悲しそうに微笑んでいた。獪岳は赤い顔で暴風のように屋敷を飛び出していく。
「あの‥獪岳、さん、あれでよかったんですか。それに俺の、家族の話って。俺の家族を知っているんですか?」
「知っていると言えば知っているし、知らないと言えばそうとも言えます。説明が難しくて。できれば禰豆子さんへの謝罪も含めて、禰豆子さんにも聞いてほしい話です。病室に伺っても?」
ひんひん泣いている様子の善逸もどうにかしたいと思ったが、それよりも家族の話が気になった。痛む体を引きずって禰豆子の病室に案内する際に、なまえは持ってきた風呂敷を抱えながら、炭治郎の身体もやすやすと支えてくれた。自分とさして背丈の変わらない女性に支えられている現状をやや物悲しく思ったが、なまえは怪我に気遣ってゆっくり歩いてくれ、炭治郎も優しい匂いにすごく癒された気持ちになった。
なまえはここの看護師やアオイとも当然というべきか面識があるようだった。アオイにはまた怪我したんですか?と開口一番に怒られており、よく蝶屋敷で治療を受けているようである。目の裏に走った残像はなまえの女性らしからぬ、傷跡が無数に走った腕だった。
そういえば先日の腕や手の怪我はどうしたのだろうか、とふと思い出す。なまえの羽織は大きく、手も風呂敷を広げるときに指先しか見えなかった。その疑問を聞いてみようとしたときに、隣のなまえに影が飛びついた。
「なまえ!来てくれないのだもの、心配していたのよ〜!」
影の正体は胡蝶カナエだった。しのぶの姉であり元柱だったと聞くが、とてもそうは見えない華奢な体と美しい瞳を持つ人である。今は怪我により隊士を引退して蝶屋敷で怪我人の診察を多く請け負っていると聞いており、実際炭治郎たちもカナエに診察してもらっている。
常に優しくてふんわりとした花のような匂いがしており、真っ先に禰豆子のことを歓迎してくれた人でもあった。鬼に家族を殺されていながらも、鬼と仲良くなりたいのだと語った人。実際禰豆子にかまってかまわれているときはとても嬉しそうに笑っていた。そんな童女のように純粋で嘘のない瞳を遺憾なくなまえにも向けていて、なまえも微笑みながらカナエを見つめている。あたりに漂う優しい匂いがもっと優しくなった。二人はとても仲が良さそうだ。
「怪我をしたとしのぶから聞いたのに、屋敷にもいないしここにも来ないのだもの!手でしょう、見せて?」
「怪我は自分で手当てできる範囲だったので、処置しておきましたよ。でもあとで見せに行きますから‥今日は禰豆子さんに会いに来たんです」
「まあまあそうなの、禰豆子ちゃんに!とっても可愛い子なの、きっと貴女も仲良くなれるわ!でもその後できっと必ず、わたしともお話ししてくれないと嫌よ〜!部屋にいるから来てね!」
にこにこと笑ったカナエと別れる。やはりとても可愛い人だ。なまえをちらりと見上げると、一瞬眩しそうなものを見るような目でカナエを見ていた。羨望のような、そうではないような不思議な匂いだ。子供を見守る母のような匂いでもある。
どうしてそんな目で見ているのだろう。友人なのに、手に届かない何かを見ているような眼差しでもある。不思議な匂いだ。
炭治郎の記憶に何故かその眼差しが焼き付くように居残った。
禰豆子はなまえを見て刺されたことを思い出したのか怒ったような様子を見せたが、なまえが痛い思いをさせてしまって、傷をつけてごめんなさい、と謝るとすぐにまとわりついて離れなくなった。なまえの独特な母のような気配に安心しているのか頭を擦り付けている。
二人とも血を流したと言うのに、本当に子供の喧嘩のように尾を引かずあっさりと仲良くなった。炭治郎は心からほっとした。
妹が喋れないのを悲しく思うがどんな姿でも禰豆子はかわいいし、禰豆子の髪をやさしくすいてやるなまえを見て、禰豆子をどうしても人間に戻してやりたい、この人とカナエと禰豆子で楽しく喋れるようにしてやりたい、と改めて強く願った。
きっとすぐにまた仲良くなれるはずだ。三人ともすごく優しい人だから。鬼だからといって先入観を持たず優しくしてくれた人たちと、禰豆子を年頃の少女と同じように甘味を食べてお喋りできるようにさせてやりたい。陽の光の元で。
「炭治郎さん。貴方がなぜ、鬼舞辻から狙われているか知っていますか?」
「え?」
ごろごろと猫のように甘える禰豆子の頭を撫で抱きしめながら、なまえは明日晴れるかしらと言うようななんでもない口調で、そんなことをさらりと言った。
