03
「うむ!きみだな!おはよう溝口少年!」大声にぱちり、と目を覚ました炭治郎の目の前には顔を覗き込むように屈んでいる金髪の燃えるような髪と、猛禽類を思わせる大きな目玉があった。印象的な見た目で覚えていた、絶対に柱の人だ。
驚いて飛び起きるも両者の頭はぶつからず、炭治郎のみが残る痛みに腹をおさえる不思議な朝となった。隣のベッドには大声に起こされた善逸がいて、誰ぇ‥とガタガタと震えながら怯えている。反対隣のベッドにいる伊之助も起きていることが匂いで分かったが、微動だにしていなかった。
「おはよう炭治郎。朝早く起こしたな」
どこか困ったような優しい顔で笑い、ベッドの側に椅子を引いてきたのは錆兎だった。藤襲山の最終試験に合格した時以来の久々に見る兄弟子の顔に炭治郎の表情は明るくなり、おはようございます!と元気よく挨拶する。
「今日は柱合会議のこと、謝りたくてきた。守ってやれなくてすまなかった。男として不甲斐ない。伊黒にも抑えつけられて痛かっただろう」
「いえ!充分守ってくださっています!命をかけてくださったことを初めて知りました。どれだけ言っても足りませんが、俺と禰豆子のために、ありがとう、ございます‥」
ぼろぼろと嬉しさに泣くと、男なら泣くんじゃないと錆兎が優しく言って、仕方なさそうに炭治郎の髪をかき混ぜた。兄弟子の懐の大きさと優しさにまた涙が滲んでしまうが、これ以上泣くと本気で錆兎に怒られそうでぎゅうと目を閉じて我慢した。
錆兎には何度も手合わせという名の指導を受けている。勿論彼は強者なので本気を出されたことなどないだろうが、怒るととにかく怖いのだ。義勇が一度本気で怒らせたのを見たことがある。あのときは怖かったな。
「君の妹はどこにいるんだ?」
「別室で休んでいますが‥」
金髪の柱の人がそう問うてきてまさかまた斬首すると言われるのではなかろうかと戦慄しながら答えると、炭治郎のその戦々恐々としたさまをみて杏寿郎は呵呵と笑った。男らしい豪快な笑い方だった。
「俺は炎柱の煉獄杏寿郎と言う!鬼の妹を信用したわけではないが、錆兎の弟弟子である君の話は、鬼の話を除けば錆兎から聞いていた。将来有望で伸び代があり、たいそう努力家であると!ならば俺も溝口少年のことを気にかけることにした!あとで稽古をつけてやろう!以上だ!」
もう話はない!とそう言い切って、杏寿郎はぐるりと頭を回して錆兎に向き直る。
「錆兎!君は俺の大切な友であり戦友でもある。これほど重要な話を隠し立てされていたことは気に入らないが、話せなかった事情は理解している。お館様にご報告していたのであればもう言うことはない。が、後程手合わせを頼もう」
「ああ、構わない。お前にもすまないことをしてしまったな」
杏寿郎は承知したように許すようににっこりと笑うと腹が減ったな!と大きく言って病室を盛大に出ていった。変わった人だ‥と炭治郎が見送ると、錆兎から杏寿郎とは長い付き合いで、それこそ義勇を除けばとても親しい仲だと説明を受けた。世話好きで男らしい性格だとも。
錆兎と言えば真菰と穏やかに話す姿や口下手で天然気質な義勇に世話を焼いてやるような姿が思い浮かぶが、本来男らしさを懇々と説いてくるようなひとでもあった。それこそ炭治郎にとって、錆兎とは兄とはかくあるべきというような世話好きで男らしい手本の性格そのものなのである。杏寿郎はたいそう変わった人のように見えたが、笑った時に滲んだ男らしさの片鱗がどこか錆兎と被って見え、二人が肩を組んで笑い合っているのもそれはそれで容易く想像がつき、本質的なところで似たもの同士の友人なのだろうなと納得した。
二人とも同じような、強くて優しい匂いがするんだ。
また煉獄杏寿郎にも、どうか妹のことを認めてもらえたらいいとも思った。
那田蜘蛛山での任務についてなど、年上の兄弟のいない炭治郎は錆兎に会うとつい話を聞いて欲しくなってしまう。長男だからと気を張ることの多い炭治郎にとって、心優しい兄弟子は甘えても許される数少ないひとであった。錆兎も懐いてきてくれる可愛い弟弟子の話は出来るだけ聞いてやろうと腰を据えて話を聞いていたのだが、朝の分の薬を持ってきた看護師の少女に善逸が怯えて張り裂けんばかりの絶叫をあげたことでお開きとなった。
錆兎と善逸の相性は決定的に悪いらしい。ぐずぐずと泣きわめく善逸が包帯ぐるぐる巻きの重症の病人だろうが、容赦のない鉄拳制裁で頭をガツンと殴りつけ、渾々と説教をし、その根性を非番の日に叩き直してやると善逸に言い放って兄弟子は出ていってしまった。なんて酷いことをするんだ善逸。
「ひでーのはお前の兄弟子の柱だよ!バカバカ!めっちゃくちゃ痛いじゃんか!俺今腕短いんだよ!わかる!?!?ねえ!なんもできないのぉ!痛いよ本当に痛いのぉ!」
「でも薬はちゃんと飲むんだぞ善逸。あと錆兎さん、だ!すごく強くてかっこいいんだからな!」
「あーはいはい錆兎さんね!わかったよ!」
くそ、炭治郎はかわいい妹がいて兄弟子にも恵まれてるのかよ!ちくしょうムカつくな!守ってもらえるじゃんか!と僻みを言ったところで善逸は布団にくるまるが、それを聞いて炭治郎はふと考えた。善逸にも育手がいて、爺ちゃんと呼んでいるということは聞いたが、兄弟子や姉弟子はいないのだろうか。
「姉弟子も兄弟子もいるよぉ、でも兄貴は‥めちゃくちゃ冷たいし、姉ちゃんも昔は優しかったけど、今は全然手紙の返事もくんないよ‥。特に姉ちゃんとは仲良くしたいけどなぁ」
ぼそぼそと帰ってきた返事に、なんだか炭治郎は胸が切なくなった。そのときの匂いがとても切なさを帯びている気がしたからだ。なにやら複雑な事情があるらしいと感じて、顔も知らない善逸の兄弟子や姉弟子が善逸と仲良くなれるように祈った。
しかし果たして、そのひとたちはすぐに炭治郎にとって見知らぬ人間ではなくなった。その数日後、見舞いに訪れたからである。だれか病室に近づいている、と分かった時点で音でそれが誰なのかわかったのか、善逸は悲鳴を上げて脅威の身体能力を発揮しベッドの下に潜り込んだ。いったい誰なのかと炭治郎はとても疑問に思った。
見舞客はふたりで、ひとりはあの時、禰豆子を刺した柱の人である女性だった。今日も黒い羽織を羽織っている。明るいところでよくよく見れば、それが上等な羽二重の、紋付きのいわゆる喪服羽織であることに気がついた。この人も家族や大切な人を鬼によって喪ったのだとひとめでわかった。全体的に悲しい匂いが漂っている。
もうひとりは眉が太くて鋭い眼光の体格のいい青年で、首元に勾玉のついた変わった装飾をつけている。女性と揃えたように黒の紋付き羽織を羽織っているが、喪服とは少し趣が違うようだった。目の粗い紬の仕立てである。この人は怒ったような匂いで最初から炭治郎に敵意を向けており、意味のわからないそれにムッとするような居心地の悪さを感じた。俺はこのひととは初対面だぞ。
「わたしはみょうじなまえ、鬼殺隊の錐柱をしています。こちらは獪岳です。わたしの継子です」
「継子‥」
確か、継子ってすごく才能がないとなれないんじゃなかっただろうか。じゃあこの敵意を向けてくる人も、素質があるんだろうなと炭治郎は素直に感心する。そこでなまえが獪岳の背負っている風呂敷の荷物に視線を向けると、獪岳は舌打ちしながらその荷を下ろした。
「わたしは今日、あなたに謝罪と、お話がしたくてきました」
