06

 いつの間にどうしてこいつはこんなに強くなったのだろう、と用意された夕餉を掻き込みながら思う。

 目の前にいて同じように夕餉をとっている傷だらけの女は、どうしてかは知らないがとてつもなく強い。まだ勝てない。でも努力していつか必ず勝つ。同じ柱になって、今はコイツにしか認められていない強さをありとあらゆる人間にわからせてやる。


 同じ育手のもとにいた時から、この女は自分が使いこなせない雷の呼吸の壱ノ型を使えたので、やたら憎らしく思っていた。それでも獪岳はなまえよりもずっと強かったはずだった。

 獪岳が壱ノ型以外をきちんと修め強く使えるとすれば、この世で最も憎たらしい弟弟子である善逸は壱ノ型を完璧に使いこなせた。そしてなまえは全ての型を使いこなせたが、どれも貧弱でなんとか形になっている程度のお粗末な出来だった。あり体に言えば、純粋に弱かった。善逸と一緒に修行がきつくて辛くてたまらないとひんひん泣くので獪岳は何度も殴りつけてやった。姉弟子も弟弟子も俺よりずっと弱いのに、揃いも揃って桑島の時間を無駄にしていることが許せなかった。

 絶対に生きて帰ってこないだろうと思い見送りにも出なかった最終選抜で、なまえが生きて帰ってきた時には驚愕した。あいつでさえ帰ってこれるなんてなんて雑魚な試練なのかと思ったのだが、帰ってきたときの女の様子は今までとまるで変わっていて、あんなによく泣いて笑う感情豊かな女だったのに顔の筋肉があまり動かなくなっていた。獪岳に手合わせを頼みこんできて、木刀を折られた時の更なる驚愕は忘れられない。何があってどう強くなったんだとしつこく聞いたが、何もないと言う。絶対に嘘だ。女の強さは藤襲山に秘密があるに違いないが、同じ試練を乗り越えても獪岳の強さは変わらなかった。

 女は日輪刀を抱えて鬼殺隊の最初の任務に出る前に、わざわざ獪岳の自室に訪れて言った。必ず柱になるから、そのときは継子になってほしいと。そして獪岳に、鳴柱になってほしいと。自分は鳴柱にならないから、たったひとり、獪岳がなるのだと言った。

 そして本当に信じ難いことにあの貧弱だったなまえは柱になった。獪岳もなまえに何度もコテンパンにされ、己がなまえより弱いことを渋々認めて、継子として従っている。

 獪岳がなまえに学ぶべきことが多いと素直に認めているのは、純粋なその強さにあった。なまえの使う錐の呼吸という独自の呼吸は雷の呼吸の派生であるが、突くような技や円のような軌道を描く剣技もあったりとかなり多彩な技のある呼吸だ。他の隊士の使う呼吸も見てきたが、錐の呼吸には雷以外にも蟲や風、炎の技なども混ざっているように思える。
 しかしそれでも雷の派生らしさとして、その剣技はどれもかなりの速さと鋭さを誇るのが特徴と言えた。とにかく速い。錐と言うだけあって、うまく使いこなせれば鬼の体を穴だらけにできるほどの力強さも兼ね備えた呼吸である。もっとも頸を斬らなければ意味がないので、鬼の体を弱くすることや油断を誘うことしか出来ないが。

 そしてその呼吸は、獪岳にも使える資格があるようだった。毎日コツコツと指導をつけてもらい、呼吸をふたつも使いこなす難しさを感じながらも形になってきている。一番獪岳に合っているのはやはり雷の呼吸だろうが、他の呼吸を知ることは己の呼吸を知ることである。この遠回りは悪いことではないと思えた。
 そしてあの速さがあれば、恐らく雷の壱ノ型にも負けず劣らずの速さになる。
 錐の呼吸の壱ノ型も、雷の居合の構えとは異なるが抜刀後に直線の軌道を描く。水の呼吸や風の呼吸に直線状の型が無いとは言わないが、柔らかさのかけらもない直線は獪岳の目に輝きを持って見える。

 まっすぐに鬼の頸を刈り取らんとするあの剣技は純粋に美しい。
 あれが手に入れば、俺が出来損ないだと誰にも言わせない。
 それでも雷の壱ノ型を諦めることはないが。

 そしてなまえはいつも鬼殺隊の隊士として大切なこととして、獪岳に言ってくることがある。育手の元にいたときには弱いとさんざん馬鹿にし殴り、毎日のように煩く泣いていたはずのなまえにいまさら精神論を教えられるなど癪で腹が立って仕方がないのだが、今は師範であるので仕方なく聞いてやっている。
 
 鬼殺隊の人間として大切なことは、鬼に食われず鬼にもならずに生きて帰ってくることだ。五体満足でなくとも構わないから、とにかく帰ってきてほしい。

 おそらくそれには、なまえが稀血であることが関係しているのだと思った。稀血を食わせたら鬼は強くなる。食わせたらその分階級の高い隊士を連れてこなければ鬼を狩ることが難しくなる。事実女は今まで己が傷だらけになっても、必ず生きて帰ってきた。

 もうひとつ関係していると思うのは、恐らく俺は、何故かなまえにそれはそれは一番大切に思われているらしいということである。他の隊士に稽古をつけてやったとしても継子と認めているのは獪岳だけであるのも、そう思う理由の一つだ。単独任務で傷を負うと怒られ、よく生きて帰ってきてくれたと毎度喜ぶ。一緒に暮らせるのが嬉しいと言う。生きて帰るなんて当たり前のことだが、獪岳はいつもどこか痒いものを感じていた。鬼となったら共に暮らすこともできない。ならば俺は、たとえ無惨と遭遇しようが鬼にならずにいてやろうと思わせる。
 またなまえは表情が薄くなり微笑みくらいなら他の人間にもよく見せているが、錐柱邸に共に住む獪岳にだけは昔のようなきらきらとした笑顔を見せることは少なくないし、蝶屋敷の世話になればぽろぽろと泣く。
 この上なく面倒だが、この女のいちばん特別な場所を獪岳が握っているのだと言う明らかな事実は、獪岳をいつも良い気分にさせた。だからなまえの言うことは出来るだけ聞いてやるし、ときには優しくしてやっている。恋情といった感情の類かどうかは置いておいて、獪岳がなまえにドロドロとしたおかしな執着心を向けているのは事実であった。



「よぉお二人さん、今から任務かい」

 日が落ちる前に声をかけてきたのは音柱である宇髄天元だった。獪岳は会ったことは数回しかないが、他の柱とは違ってとっつきやすく、かつ獪岳を努力家だと評価したので印象はかなりよかった。獪岳はなまえの影から軽く会釈をした。
 何故だかわからないが任務地近くまで随行することになり、音柱は色々話しかけてくる。

「前から気になってたんだけどよ、お二人さんデキてんの?一緒に暮らしてるし仲もいいじゃねえか」

 獪岳も内心気にならないではない事象だったが、音柱にこうして茶化されたりどうこういわれる筋合いの話ではなくかなり腹が立った。青筋が立ちそうなのをなんとか堪えながらなまえを見ると、喪服の羽織をはためかせ走りながらなまえは微笑んでいた。彼女が愛用している赤い櫛の残像がいやに目に残る。

「宇髄さんは以前、命に派手に優先順位をつけていると仰っていましたよね。一番は奥方様、二番は一般人、三番は自分だと」
「お、おお‥?そんなこと言ったか?」

 柱として鬼殺隊としてそれはどうなのかと思うような話を唐突に持ち出し、獪岳は天元の価値観を意外に思う。しかし獪岳の場合の命の優先順位は一番に自分、二番に自分、三番に自分、四番になまえであるので、ひとのことを言えた義理ではなかった。

「わたしの命の優先順位は、一番に鬼殺隊士、二番に一般人、三番にわたしです」
「そんなこと言っちまっていいのか?」

 軽々しくそんなことを言い放ったなまえに、おや、と面白いものを見つけた子供のような顔で天元は笑った。

「それって隊律違反になるぜ」
「あなたもそうでしょう、宇髄さん。だからわたし、宇髄さんのことが好きなんです」
「いや突然愛の告白やめろよ。照れるわ」
「違いますけど。それから鬼殺隊での命の優先順位も、わたしは決めています。因みに貴方の順位は獪岳より下です」
「何だとおいこら!俺はお前の先輩!柱だしお前より強えのに獪岳より下だってか!派手にムカつく女だな!」
「そうですよ。獪岳も強いですが、貴方は死にません。四肢をもがれても奥方様のところに生きて帰る。だからわたしが助ける必要はないんです」

 話の根幹が有耶無耶になったが、死なないとその強さを純粋に同僚に褒められた音柱はたいへん満足した様子だった。
 一方で獪岳はかなり腹を立てていた。この女。いつか絶対お前より強くなってやる。俺はお前を助けることはあっても助けられる筋合いはない。クソ女。俺は絶対に死なないしゲロ以下の鬼にならずとも強くなる。
 今に見ていろ。