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店の最奥にある扉を開ければ、さらに入り口に分厚いカーテンが掛かっていて、扉の外からは全く内部の様子を伺うことは出来ないようになっていた。黒服が言っていたように、私はこの部屋に入ったことはない。ないが、恐らくは裏賭博であろうと予測していた。だから室内にはいくつもテーブルがあってディーラーや他の嬢顧客たちで賑わっているのだろうと思っていたのだ。

「何、ここ…」

思わず声に出てしまうほど、異様な光景が広がっていた。
部屋は薄暗く照明が落とされており、質の良い大きなソファが2台ほどある。片方には先客がいて他にはカウンターに5、6人の天人や人間のお客が並んで座っていた。皆グラスや煙草を手に会話をしているようだったが、どうにも様子がおかしい。
連中に連れられて部屋の中央まで進むと彼らの表情も見て取れた。全員、目の焦点が定まっていない。意識が朦朧としているようだった。ここまでくれば、この部屋がどういう部屋なのか流石に察知出来た。
先ほど目にした天人の暴力には耐えられたのに、自分の想像以上にヤバい部屋だと気付き今度こそ身体が震え出した。私の肩を抱いていた天人は敏感に察知したようで、強面の顔をさらに引き寄せて下品な笑みを浮かばせた。

「初めてなんだろ?大丈夫だ、お前もすぐに良くなれる。アイツらのようにな」

そう天人が顎で指し示した先には同じテーブルについていたNo.1とNo.4の女の子が天人のボスと思われる男に向かって必死にクスリを求める姿だった。ついさっきまで何事もなくいつものように接客していたのに。
美女という言葉がふさわしく、少し勝気だけど話し上手で何人ものお客さんから絶大な人気を誇るNo.1。小柄で天真爛漫、ちょっと天然なところが可愛いNo.4。そこまで交流があるわけでもない二人だけどそれでも同じ職場で働く仲間だ。その二人が、これまで見たことのないような必死の形相で男に手を伸ばしてクスリをくれと懇願している。

「ちょうだい、ねえ、ちょうだいよお」
「ちゃんと言うこと聞いたでしょ?新しいお客、ちゃんと連れてきたじゃない!」
「さっきまでのお行儀はどこいった?ったくすっかりハマってんなァ」

ニヤニヤと笑いながら男が懐から取り出した薬包をむしり取るように掴み、胸元にぎゅっと抱き寄せる姿に思わず目を背けた。こんな店でも上位に立つことは容易なことではない。彼女たちは苦しい世界で歯を食いしばって生きてきたのだ。それは彼女たちの背を見ながらここで働いている私が一番よく知っている。彼女たちのこんな悲しい姿、これ以上目にしていられなかった。

「ミチコっつったか?そんな怯えた顔するもんじゃねえよ」
「え、」

蔑むような目で二人を見ていた隣の天人が、伏せていた私の顔をぐっと上に向ける。その手に握られているのは先ほどの薬包ではなく。男の構えた注射器の鋭い先端から滴る液体に、さぁっと体から血の気が引くのがわかる。

「やめて、嫌だ、離して!」

屈強な体躯の天人に人間の娘なんかがいくら暴れても抵抗にすらならないことはわかっていた。それでも私は嫌だと叫ぶしかない。意味のわからない世界に落とされて、宇宙人に拾われて、風俗店で働かされて、挙げ句の果てにはクスリ漬けにされるなんて。
私が一体何をした。こんなところで死にたくない!誰か、誰かーーーーーーーー

「御用改めである!」

チクリ、と腕に痛みを感じた瞬間、部屋をつんざくような叫び声が轟いた。

「手向かいすれば斬り捨てる!神妙にしろォ!」

バタバタと複数の足音が駆け込んできたかと思うと、部屋にいる客や従業員たちを次々と捕らえ始めた。私たちを連れてきた天人たちはすぐさま懐に手を差し込むと拳銃を取り出し彼らに向かって発砲した。周囲では金属が激しくぶつかる音や物が倒れる音など凄まじい光景になっていて私はもうパニック状態だった。頭を抱えしゃがみ込み、蹲っていることしか出来ない。

「チッ真選組か。動くんじゃねえ!近付いたらこの女の頭吹き飛ばすぞ!」

多勢に無勢と悟ったのか、天人はNo.1を手元に引き寄せると彼女のこめかみに銃口を押し当てた。悲しいかな、彼女はそれでも渡された薬包を手放そうとはしない。顔はあんなにも恐怖に歪んでいるのに。たった一人残った男は、彼女を盾にゆっくりと後ずさり店の裏口へと近付いていく。このままでは彼女は人質にされたまま連れ去られてしまう。
男の視線は前方の真選組に注視しており、後方にあるソファの裏に蹲っている私のことはどうやら見えていない。あまりの恐ろしさに身体が竦み足に力も入らなかったが、男が真横に来た瞬間、力を振り絞って男に向かって突進した。
肩に伝う衝撃は凄まじく、私はぶつかるとほぼ同時に反動で後方に弾き飛ばされた。男は肩を揺らした程度だったが、それでも虚を突かれたらしく一瞬動揺して注意が散漫になった。銃口がNo.1から私に向けられたのがわかったが、反動でひっくり返った体勢のまま動くことが出来ない。

ーーー死んだかも

ぎゅっと固く目を閉じた私には、何が起こったのかはわからない。だけど誰かの叫び声とともにぐしゃりと何かが倒れる音がした。再び目を開いた時には天人は地に伏せていて、後ろ手に手錠を掛けられているところだった。

「たす、かった…?」

天人を連行していく黒い詰襟の男たち。それを見送りながらヒュッと刀を振り抜き、刀身についた血を振り払う黒髪の男の人。きっとこの人があの天人を斬ったのだろう。しゃがみ込んだままの私に気が付くと、つかつかと目の前まで歩いて来てそのまま腕を引っ張って立たされる。
正直腰が抜けかけているので体はぐらついたが、それすら許さないとでも言うように強く腕を掴まれていた。

「悪いがお前も連行させてもらう」

そう見下ろす視線は犯罪者を見るような冷たく厳しいもの。ああそうか。私も容疑者なんだ…物々しい雰囲気とは裏腹に、頭は冷静で男に腕を引かれるまま、店の外に押し寄せていたパトカーのうちの一台に押し込められた。No.1とNo.4はどうなったんだろう、窓の外は赤く点滅するランプと捕らえられた天人や客、物見遊山で駆け付けた野次馬ばかりが目に入る。


真面目に高校生やっていたはずなのに、なんでこんなことになったんだろうーーーーー


徐々にパトカーが動き出し、流れていく見慣れた色鮮やかで無機質なネオンが一層虚しかった。