▼ ▼ ▼

「私、どうしてまだ捕まってるんですか?薬物検査、陰性だったんですよね?」
「お前が身元も証明できない不審者だからだよ」
「だーかーらぁ!」

お店からこの真選組屯所に連行されて丸三日。連れてこられた翌朝から病院に連れて行かれて半日検査。その日の午後からは延々と取り調べを受けている。最初のうちこそ容疑者扱いされてしょっ引かれた上、病院で薬物検査なんかされて相当落ち込んでいた。けれど検査で身の潔白が証明されたというのに(天人に注射器で刺されたが、幸い薬物注入まではいかなかったようだ)、いまだに私は釈放されていない。なぜか。
それは私の身の上を証明するものが何も見つからないから。そんなもの見つかるわけがない。だって私はこの世界の人間じゃないもの。家族も友人も、通っていた高校もない。私を私と証明する公的な書類が何もないのだ。

「素直に白状した方が良いよ、ミチコちゃん。教えてくれたら処遇も考慮してもらえるから」
「私の名前はみょうじなまえだって言ってるでしょ!ミチコ言うな!」
「お前の言うみょうじなまえなんて人間はこの国のどこにも存在しねえんだよ。それにお前は薬物使用者ではないと言うことが証明されただけで、客の仲介をしていた容疑は消えていないし、さらには身元不明ときた。普通に考えて怪しすぎんだよ。そんな状況で釈放なんか出来るわけないだろうが」

私を取り調べているのは副長と呼ばれた例の黒髪の男の人ともう一人、長髪の男の人。他の人が山崎と呼んでいたので山崎さんと言うらしい。副長さんは相変わらず鬼のように冷たい目線で私を睨みつける。
警察がこんなに人相悪くて良いのだろうかと思うけれども、彼らの言い分は最もであった。キャバクラからそのまま連行されてきた私はお店の衣装のまま、まさに着の身着のままなので派手なピンク色にやたら丈の短いワンピースとハイヒール以外何も持っていない。

「それなら、私のアパート調べてください。そこに私の荷物も全部ありますから」

部屋には私がこの世界に来た当時に身に付けていた高校の制服と鞄がある。鞄にはこの世界にはないスマホと学生証があるはずだ。

「君も含め、従業員の女の子たちが住んでいたアパート寮はすでに検分済みだよ」

私がアパートの話をすることをわかっていたのか、山崎さんは胸元から数枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは小さなアパートの一室と数少ない私の荷物。
職場と家の往復しかしていないのでこちらに来て増えた私物はほとんどない。メイク道具だけは仕事上必須なのでやたら豊富だった。

「これは何だ?」

そう言ってさっきの人相極悪な副長が指差したのはスマホが写っている写真。こちらの世界にも携帯はあるようだけど同じ機種は存在しない。当然こちらの世界では充電も出来ないのでとっくに電池切れの無用の長物なのだけど。

「私が元いた世界で使っていた携帯電話です」
「元いた世界?」
「半年くらい前に突然元いた世界からこの世界に来ちゃったんです。なぜなのかはわかりません。元いた世界では17歳でした。戸籍がないのはそのためです」
「ふざけてんのか、テメエ」

低く、地を這うような声が響く。目の前に座る副長からは先ほどとは比べ物にならないほどの怒気が発せられていた。あまりに禍々しくて思わず息を呑んだが、こっちだって1mmもふざけていない。意味がわからないのはこちらも同じなのだ。

「ふざけてません。半年前、気が付いたらかぶき町の路地にいたんです。私が生まれた世界には天人なんか存在しなかったし江戸なんてとっくの昔になくなってた!」

いきなり違う世界に放り出され、目の前を見たこともない宇宙人や刀を持った怪しい人間が行き交う恐ろしさがこの人たちにはわからない。あんなにも恐ろしくて、死ぬかもしれないと思いながら路地で動けずにいた三日間を思い出し、思わず声が震えた。

「私にはこの世界に知り合いも家族もいないんです…。路地で死にそうになっていたところをオーナーに連れてこられて、それで…他に行く宛もないし、」
「それで住み込みのキャバ嬢やってたってか」

肯定の意味で頷けば、深いため息が落ちてきた。顔を上げると副長が心底面倒臭そうにこちらを見やっていた。

「どいつもこいつもバカ娘どもが」
「知っていたと思うけど君以外のお店の女の子たちもほとんどがね、家出や勘当されて行き場を失った子だったんだ。今、彼女たちはみんな身分が証明されたから身内が引き取りに来てるんだよ」

そっか、みんな家に帰れたんだ。
みんな事情があってお店にいること、オーナーたちが怖くて逃げ出せないこともわかっていたから、店から解放されたことは素直に喜ばしい。

「お前の言っていること、全ては信用出来ねえ。特に違う世界から来ただ何だっつうところはな。だが現状お前を有罪に出来るほどの証拠は出て来てねェし、これ以上容疑者として拘束するのも正直難しい。よって、お前の取り調べはこれにて終了とする」

渋々といった体で副長が私の釈放を宣言した。やっと出れる!と気持ちが上向くのと同時に、解放されたところで最早行く宛をなくしていることに気付き上向いた気持ちはみるみるうちに萎んでいった。

「ただし、身元が不特定なことには変わりねェ。お前のことは容疑が晴れるまで監視させてもらう。行く宛がねェなら好都合だ。お前、今日から屯所に住み込みで奉仕しろ」
「は?」
「え"っ!?ふ、副長…本気ですか!?」

私も相当驚いているが、それ以上に山崎さんが驚いていた。

「あぁ。どーせコイツのアパートはしばらく入れねェし、身元が証明できない以上まともな職なんか就けるはずがないからな。これ以上素行不良のガキの説諭すんのは御免だ」
「つまり、ここに置いてもらえるってことですか?」
「監視だ。寝床とメシがもらえるだけありがたいと思え」
「あ、ありがとうございます…!」

とりあえず路上生活に逆戻りすることはなくて済みそうだ。若干疑われたままでもこの際文句は言うまい。キャバ嬢に比べれば何倍も安全で健全な仕事に違いない。副長さんと山崎さんに頭を下げる。

「私に出来ることなら何でもします。宜しくお願いします!」
「勘違いするな。お前に怪しい挙動が見えたら即処断する。心しておけ」











それから私は山崎さんに連れられて女中部屋に通された。女中部屋と言っても住み込みとなるのは私だけらしく、他の女中さんたちは皆通いで働いているのだそうだ。つまりこの部屋も私専用の個室となる。厚かましく個室なんて貰って良いのだろうかと不安になるが、山崎さんには「狭い男所帯だからね。鍵付きじゃなくてごめんね」なんて逆に謝られてしまった。
この人、目元のクマがすごいけど一体どれだけ働いているんだろうか。笑顔が逆に痛々しい。しばらく部屋で待っていると着物を抱えた女中さんが入ってきて、女中用の着物に着替えるよう促された。残念ながら、私に着物の着付けに関する知識はない。最後に袖を通したのは七五三じゃないだろうか。
着方がわからない、というと信じられないというような顔をされたけど、それでもひとつずつ丁寧に教えてくれた。細かいところは全然覚えられなかったけど、大まかな流れは理解出来た…気がする。明日着れるかな。

山崎さんは私が着替え終わる頃に戻ってきて、そのまま屯所を案内してくれることになった。

「着物だと雰囲気変わるね。年相応な感じで可愛いね、似合ってるよ」

ピンクのミニワンピから無地の臙脂色の着物に着替えた私を見て山崎さんが言う。正直なところ、自分では違和感しかなかった。ピンクのミニワンピの方がまだ現代に近い服装ということで馴染みがあったかもしれない。それでも褒められて嬉しく無いわけではないので、小さく「ありがとうございます」と返した。

屯所は思いの外広く、局長室、副長室、各隊長たちの個室の他に大部屋、食堂、風呂場、広間がいくつかに応接用の個室まであった。今は昼過ぎだからかどの部屋も人はまばらだったけれど、唯一最後に案内された道場だけは、遠くからでも竹刀のぶつかる音や踏み込む強い足音、大声を張り上げる人の怒鳴り声が聞こえてきていた。

「午後の鍛錬中なんだ。今は確か一番隊が、」

いよいよ道場に足を踏み入れようかとしたその時、山崎さんの説明する声をぶった切るかのような破壊音とともに目の前の木製の引き戸が砕け散り、中から男の人が文字通り“飛んで”きた。
男の人は縁側を飛び越し中庭に音を立てて転がり落ち、ピクリとも動かない。もしかして死んでしまったのではと恐怖に足が竦む。

「何寝てやがんでィ。稽古はまだ終わってねェんだ、とっとと立て」

抑揚のない声で気絶した隊士に問いかけながら近づいてきたのは、薄茶色の髪をした私と同年代くらいの男の子だった。
竹刀を肩に当てながらさほど興味もなさそうに言い放つとこちらにちらりと目線をくれた。

「ようザキィ。昼間っから女連れ込むたァどういう了見でィ」
「違いますよ!新しく女中で入ったなまえさんです。なまえさん、こちら一番隊の沖田隊長」

紹介されるままにぺこりと頭を下げたが、沖田からの反応はなく、じろじろと私の顔を不躾に眺めるだけだ。何というか、居心地が悪い。

「アンタ、こないだ土方のヤローに引っ張られた薬中女の一人じゃねぇですかィ」
「ちょ、沖田隊長!」
「犯罪者に食わせる飯はねーよ。とっとと出て行きな」

もう用はないとばかりに道場に戻っていく背中を呆然と眺めた。17年間生きてきて、ここまで面と向かって罵倒されたのは初めてだ。キャバクラで働いてたときだってこんなこと言われなかった。
沖田とかいう人の私を見る目には、はっきりと軽蔑の色が浮かんでいた。

「なまえさん、ごめんね。沖田隊長はかなり…その、厳しい人なんだ。誰にでもああだから気にしないでね?」

山崎さんにフォローされながら道場を後にした。去っていく私を眺める好機と侮蔑の視線を嫌という程背中に感じながら。
屯所案内の最後に連れてこられたのは屯所内で一番奥まった場所にある局長室だった。山崎さんが室内に声をかけて襖を開くと、部屋の中央に胡座をかいて座る男の人が目に入った。私を視界に入れるなりパッと顔を綻ばせ、「君ががトシが言っていた女中さんだね!」と手招きされた。招かれるままに正面に座ってみると、その体格の良さがよくわかった。距離が近いわけではないのに、何となく後ろに仰け反ってしまった。

「真選組局長、近藤勲だ。ここの連中は皆荒っぽいが根はいい奴らなんだ。口が汚ねえ奴も多いと思うが、誤解せんでやってくれ。なまえちゃんも思うところがあれば遠慮なく言ってくれ。その、…恥ずかしい話、俺たちは田舎モンだし、女性の機微なんてのァ範疇外でね」

情けねェよなァと言いながらガシガシを頭を掻いている姿は局長なんて大層な肩書きがついているような人にはとても見えない。取調室で私を睨みつけていた土方さんや道場で出会った沖田さんの方がよっぽど怖かったし迫力があった。だけど。
土方さんから私の状況は聞いているはずだし、この人は私が素性が知れない怪しい女だということも充分にわかっている。それなのにそのことにはひとつも触れずに、ただ私を女中として受け入れようとしてくれていた。

ここにいていいんだと言われた気がした。

こっちの世界に着いてから、お店では路上に放り出されるのが怖くて必死に働いた。何とかこの世界に慣れて奇怪な姿をした天人にも驚かなくなって、やっと生きていけるかもしれないと思ったら今度は警察に逮捕された。薬物中毒者なんじゃないか、客の斡旋をしていたんじゃないかと問い詰められ、悪いことは何一つしていないのに犯罪者扱いされた。
誰も私のことを知らないこの世界では、誰も私を見ていないし、誰も必要としていない。透明人間と同じだ。
でも、この人は私のことを怪しいと思いながらも、それでもここにいることを許してくれた。

そう思ったら、たまらなかった。気が付いた時には床に手をつき深く頭を下げている自分がいた。目の前の畳にはぼたぼたと涙が溢れていく。嗚咽でつっかえてうまく声に乗らなかった感謝の言葉も、彼には届いていたようで。
「これから世話になる。宜しく頼むよ」の声にさらに涙が止まらなくなってしまった。

きっとここでの生活は楽しくはないだろう。それでもこの人が許してくれるなら、ここで頑張りたい。

そう思った。