それから私たちは今後について話し合った。どうやら彼には私のことは全てお見通しらしいので説明はいらないようだったが(それはそれで居心地が悪い)、私は彼について知らないことが多すぎるので、とにかく彼について知らなければいけなかった。まずお願いしたことは「普通の服を着てほしい」。一夜明けても、彼は当然昨夜と同じ服装なのであの真っ白な服(この服が一番天使っぽさを出しているとも言える)を着たままだ。我が家で浮きまくっているし何より見ていてこっちが寒い。彼曰く、「どーせ普通の人間には見えねえんだから気にすることねえ」そうだが、私にはバッチリ見えているのだ。寒そう。
とにかく着替えてください、と適当に服を渡す。ユニセックスのトップスがいくつかあったので渡すが、流石にボトムスはない。仕方ないので大きめのスウェットを渡して履いてもらった。
「他の人には見えないの?」
「てめーは普段から天使が見えんのか?」
確かに。いや、ていうか普通天使は地上に落ちてないし。
「じゃあどうして私には見えるの?うちに落ちたから?」
「知らねェ」
「知らないって…」
「うるせーな、俺だって地上になんて降りて来たことねンだよ!人間に見えてるなんてこっちがビビっとるわ!」
なんてこった。本人もわかってなかった。
その後も話を聞いてみたところ、どうやら彼は私が想像していた天使像とは全く違うようで(薄々気付いていた)、どちらかというと神の戦士としての天の御使なのだそうだ。そのため強さを求めて日々修行に励んでいたのでいわゆる“お迎え”として地上に降りて来たことはないらしい。天使にも色々あるんだなぁ。
「他の奴らには俺は見えねえ。だからお前も外に出たら俺のことは意識すんな」
「え、外にもついてくるの?」
「守護天使だっつったろ。離れねえよ」
格好良いこと言ってるようだけど全然格好良くない。むしろめんどくさ、と思っていると「聞こえてンぞ」と言われた。昨夜から何となくそんな気がしていたけどもしかして…
「もしかしてですけど、心読めたりします…?」
「ダダ漏れだな」
「最低!」
私の経歴やら個人情報が筒抜けだったのとか思ってること見透かされたりとかは全部私から漏れてたわけ?そんなチートな機能備わってていい訳?理不尽だ。神の使い恐るべし…。
若干引いた目で勝己さんに目をやる。私の中身がダダ漏れている本人はさして興味もなさそうに、昨夜からの定位置であるソファに踏ん反り返っている。
「ま、お前のことは大体把握したから普段は”閉じ”といてやる。ずっと聞こえてんのもこっちもウゼーからな」
「…何かよくわからないけど、宜しくお願いします…」
▼
私にはひとつ、妙な性質がある。
しかしそれを妙だと気付くまでにはかなりの年月を要し、小学生に入るまではそのことに全く気が付かなかった。外に出るとかなりの確率で”何か”が起きるのだ。それも不運なことばかり。その不運の大小は様々で、忘れ物をした、転けて擦りむいたというような些細なことから大きいものだと交通事故に遭うとか。とにかく幼少時からそんな感じだったので周囲からも「運のない子だなぁ」と苦笑されていた。
流石に交通事故に遭った時は両親も肝を冷やして退院後お祓いに連れて行かれたりしたけれど。まぁ結果として大した改善は見られていない。だから当然、今日も何か起きるんだろうと思っていた。
その日は備品整理を行っていて、朝から書庫や倉庫内を行ったり来たりしながら備品チェックをしていた。毎月のこととは言え、備品の消耗は激しく、ペン・ノート・付箋などの文房具類はあっという間に消費していってしまう。書類も種類によってファイリングしているものを毎月まとめて書庫に移動させるためファイル数も多い。さらに言えば決算が近くなっている最近は書類の出し入れも多いため、思わぬところに思わぬ書類が紛れ込んでいたりするのだ。
「終わらない…残業かな、これ」
キリが良いところまでやって昼休憩を入れようと決めて取り組んでいたが、これがなかなかうまく進まない。集中力も切れて来たし、いい加減ちょっと休もうと抱えていた書類を手近なテーブルに置いて書庫を出ようとしたその時。
ヒールを履いていた足首が嫌な方向にガクッと傾き、書庫の棚に体当たりをする形で倒れかかった。棚の上には未整理の書類やファイルが幾重にも重なっていて、私がぶつかった衝撃でそれらは真っ直ぐに私の頭上に落ちてきた。月毎にファイリングしているものの、年間を通して一冊のファイルにまとめるため一冊ずつの重さはかなりのものになる。
衝撃を覚悟して目を瞑るが、痛みも体にぶつかる衝撃もやってこない。代わりに“バチン!”という何かを弾くような音が響いてバサバサ、と書類が床に落ちたのがわかった。
「トロくせーことやってんなよ、なまえ」
「か、勝己さん…」
恐る恐る目を開けば、咄嗟に頭を庇う仕草で立ち竦む私を見下ろす天使様の姿が。私の渡したラフなTシャツにスウェットという場にそぐわな過ぎる出で立ちだが、例によってその目力のせいで迫力は満点だ。
「もしかして今の…?」
「ああ」
「…ありがとうございました…」
どうやら当初の約束通り、守護天使?とやらの役目を果たしてくれたらしい。足元に散らばったファイルをとりあえずかき集めてテーブルに置き直し、書庫を出た。
そのあとも食堂に行けばうどんの出汁をひっかけられそうになったり、残業の前に腹ごしらえをとコンビニに寄れば食べたいものが悉く売り切れだったり、書類を乗せて運んでいた台車の車輪が外れたりと散々だった。
ぶっちゃけ私にとってはこれが日常茶飯事なのでどうということはないのだが、守護天使様にしてみれば「みみっちいがめんどくせェ!」フォローが必要な場面に何度も遭遇されていた。自分が頼んだわけでもないが、やはりちょっと申し訳ない気持ちにはなる。
ようやくで業務を終わらせて帰宅すると、部屋の明かりをつけるよりも先に勝己さんからの怒号が飛んできた。
「お前はツイてなさはどーなっとンだ!ちっと目を離した隙にみみっちいトラブルばっか起こしやがって!」
「そう言われても…小さい頃からそうなので私にしてみればこれが日常と言いますか…」
「ハァアアァ!?」
今日1日だけでも片手で足りないくらいフォローしてもらったのは確かなので、一応「お手間かけました」と謝罪の意を込めておく。私だってわざとトラブルを起こしているわけではないのだが。
勝己さんは額に手を当て、大袈裟にため息を吐きながらソファに腰を下ろした。どうやらとりあえずのお怒りは納めてくれたようなので、私も手洗いや着替えなどを済ませる。帰宅が遅くなってしまったので、今日の夕食は惣菜屋さんのお弁当だ。
レンチンして、ノンアルビールを手にテーブルに着く。お弁当を買う時、一応ちらりと勝己さんを振り返ってみたけれど、いつものごとく厳しい視線が「いらねェよ」と物語っていたので勝己さんの分は買っていない。
「いただきます」
黙々とご飯を食べ進める私とソファに横になった勝己さんとの間に会話はない。私自身も普段からそんなに口数が多い方ではないし、そもそも出会って二日目の私たちは世間話をするほど親しくもない。(天使と世間話というのもおかしな表現だが)
空腹だったことも手伝ってぺろりと夕飯を食べ終える。食器類を片付け、疲れを癒すべくお風呂へ。本当ならゆっくりと湯船に浸かって疲れを取りたいところだけど、残念ながら明日も早いのでほどほどにして浴室を後にする。
リビングに戻っても勝己さんは最後に見たときの姿勢のままで。
(怒ってるのかな…)
「呆れてんだよ」
「っ!?と、閉じてくれてるって言ったのに!」
「読んでねーよ!つーか読むまでもねェ。顔に出てんだよテメーは」
思わずほっぺをぐにぐにと触ってしまった。そんなに表情に出ているのかな…あんまり言われたことないんだけど。やっぱり天使だから普通の人間よりも感覚が鋭いのかな、なんて考えているとまた「ろくでもねーこと考えてンな」と言われてしまった。うーん、天使恐るべし。
「いつからだ?」
「いつから?」
「小さい頃からっつってたろ」
「あぁ…そうですね…自覚したのは12、3歳くらいからだったと思います」
何せ最初は特に意識もしていなかったものだから、周囲の友人に「なまえちゃんツイてないこと多いね〜」なんて冗談半分で言われることが増えてきて、ようやく「確かに」なんて思ったのだ。
しかも大した害にもならないから自分自身でも早いうちに折り合いをつけて「こんなもの」として処理している。だから、逆に目の前で小難しい顔をして眉間により一層深く皺を刻んで物思いに耽る天使様を見て「そんな悩まなくても」なんて思ってしまうのである。
「お前、前世で何したんだ?」
「えっ?前世?」
急に規模がでかくなって脳みそがついてこない。前世?そんな自分じゃなかった頃の自分の話になるわけ?この絶妙にツイてない不幸体質は前世からの禊だとでも言うのか。
「冗談だ、アホ面すんじゃねーよ」
くつくつと喉を鳴らしながらいかにも可笑しそうに笑う勝己さんは誰がどう見ても悪魔である。善良な人間をからかって…!
「〜〜〜〜おやすみなさいッ!」
頭の中で「嫌な奴!」を3回連呼してリビングを出る。今後物語がどう転がったって勝己さんがバイオリン職人を目指すことはないだろうけど、このやるせなさを晴らすには某文学少女のセリフを拝借するしかなかった。
アンラッキーガール