私達の為の物語
ファンがアイドルに求めるもの。
夢、希望、癒し、活力、たくさんの思い。いつだって、彼女達なりに"皆"の望むようなアイドルを演じてきた。他のアイドルとはちょっと違うダークなアイドル。男らしいとも違う。媚びを売らない。それとも違う。アイドルと言えば皆の偶像、爽やかさや清らかさを押し出して売ることが多い中、その3人は今までにない邪道なアイドルだった。
可愛さ、若さを売るアイドルとは違う。ファンをドキドキさせて、翻弄して、操る。
ファンは私達の僕、私達は絶対的な存在…そんな"設定"で彼女達は瞬く間にアイドルとしてトップに登った。女性アイドル部門新人賞、女性アイドル部門優秀賞…女性アイドルとしてはもちろん、アイドルとしてもトップの地位を手に入れた。彼女達のことを知らない人はいない。それと同時に、彼女達を知ってる人は誰もいない。
INFERNO
魅惑の
八雲桜子
「燈子、あと5分で出れる?」
猟奇的な
九楽燈子
「よゆーよゆー。奏子ちゃーん、充電器ありがとー。鞄入れとくよ。」
裏切りの
十朱奏子
「…あっ、うん!」
「電話?誰と?」
「MIRRORの三葉ちゃんだって。」
他のメンバーから少し離れたところで、誰かと話す奏子に桜子は相変わらずだね、と口角をあげる。この芸能界では人を信用するということは難しいことだ。ただ一つの言葉が、行動が自分の足下を掬うことになる…そんな世界でメンバー以外に信頼できる友達がいるというのはそれだけで"強い"のだから。
「終わったよ!ごめんね、お待たせ。」
「大丈夫よー。さて、行きますか。」
「ん、時間ピッタリ。」
八乙女事務所からデビューして早2年…INFERNOはデビューした年にJIMAの新人賞、去年は優秀賞を手に入れ、彼女達は今日も忙しい。歌番組、バラエティ、雑誌、ラジオはたまたイメージには似つかわしくない教育番組。売り出しているイメージから悪い噂をされることもあるけれど、彼女達は確実に今のメディアを支配していた。
「おはようございます!」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「おはようございまーす!」
「おはよう。今日も頼むよ。この撮影で改めてINFERNOのコンセプトを打ち出していくからね。」
「色んな仕事が多くなりましたからね。世間に"私達"の原点を思い出させてくれるのは助かります。」
「桜子さん、もう少し挑発的な感じで。」
「はい。」
魅惑の白雪姫、八雲桜子。
狩人は溺れた、7人の小人も溺れた、王子様も溺れた、世界がその美しさの虜となった。彼女は全てを許されて、彼女の思いは世界の思いとなる。
「燈子さん、そのフード被っちゃいましょうか。」
「はーい。」
猟奇的な赤ずきん、九楽燈子。
それは全て彼女の計画であった。祖母が襲われることも、自分が食べられてしまうことも、助かることも全て…未知を知る、彼女がその快楽を貪り尽くすために。
「虚ろな目って出来ますか?」
「もちろんです!」
裏切りの灰かぶり、十朱奏子。
奉仕の権化である彼女は他人のためにどんなことでもするだろう。ただし、その先には対価としての膨れ上がった報復が必ず待っている。
「あはは、こりゃまたザ・INFERNOですねぇ。」
「まあこれが私達の正解なんだけどね…」
「私はこういう感じの方が好きだけど奏子ちゃんは、中身は完全に清純派だもんね。」
燈子が開く雑誌を覗きこんだ奏子はため息をつく。社長に言われたこととは言え、この3人の中で十朱奏子と"十朱奏子"の差が一番大きいのが奏子だった。本物の彼女を知っている人からからかわれることが多い彼女の中でその乖離は小さな悩みでもある。
「でもほら、世の中にはギャップ萌えとかあるし?奏子ちゃんのファンはそれも込みで好きなんだからさ。」
「うう…燈子ちゃん…好き。」
「知ってるよ、そんなの。」
「こら、イチャついてないで。時間だから。」
「え、待って。トイレいってくる。」
「1分で行って。」
「うん、急ぐ!」
「桜子ちゃん、社長との打ち合わせって夜ご飯付き?」
「なし。」
「じゃあ今日は寒いからお鍋にしよ!」
最後の最後に大仕事だと伸びをしながら奏子はまた、ため息をついた。プロデュースに関しては桜子も燈子ももちろん奏子も八乙女事務所の社長を信頼している。今、巷で大人気のTRIGGERだってそうだ。彼らも去年、八乙女事務所からデビューし、JIMAの新人賞を取った。腕は確かだ。
仕事に明け暮れる毎日。でもそれが何より幸せだった。ゼロの登場以降芸能界に咲き乱れる百花繚乱のアイドル達。どんなに頑張っても売れないアイドルがいる中で彼女達は確固たる地位を手に入れていた。そのくらい売ってくれたけど、売り出してくれたけど。ただ、ほんの少しだけ未練があるのだ。この人についてきてよかったのか。それは米粒程の小さな未練。
「お待たせ!」
「おかえり!今日はお鍋だよー。」
「ほんと?豆乳鍋がいいな。」
「鍋の素がないし、買いに行く時間がかかるから今日は寄せ鍋で決定。」
「作るのは桜子ちゃんだからね。従います。」
「桜子、豆乳鍋!」
「却下。」
「豆乳鍋!リゾット!」
「却下。寄せ鍋、雑炊。」
夕飯の話で盛り上がる2人を見つめながら奏子は小さく本日三度目のため息をついた。