ラビチャ



「ええーもう帰っちゃうのー?」
「奏子は飲みすぎ。」
「悪いな、こんな時間まで。」
「いや、引きとめたのは私達だから。ごめんなさい。」
「フロントにいってタクシー呼んでもらったよ。」
「おい、龍。しっかりしろ。」
「んー…」

「……」
「どうした?」
「いえ、別に…」


すっかり酔っ払った龍を担ぐ楽の姿に桜子は少し驚いた。あの細い体で自分より大きな体を担ぐことが出来たんだと。同じ事を思ったのか後ろからは酔っ払った奏子の楽君すごいねーなんて声が聞こえた。


「下までタクシー来てるから、」
「あとは大丈夫だ。」
「九条君は準備できてる?」
「うん、大丈夫。」
「準備できてるって。あとはお願い。」
「おっけおっけ。まっかせてよ。」


そう言いながら奥から出てきたのはコートにマフラー、イヤーマフと完全に防寒対策をしていて外に出る格好の燈子だった。


「え、何?」
「九条君だけ方向違うんでしょう?燈子に送ってもらうから。」
「タクシーでしょう?別に要らない。」
「ちゃんと保護者に言わないと。こんな時間まで未成年連れ出してるんだから。」
「九条さんなら大丈夫だよ。」
「ダメ。絶対にダメ。」

「こういうとこには厳しいんだよね、桜子。」
「送ってもらいなよ〜…天君は可愛いから襲われちゃうよ〜?」
「そうだよ。九条くん可愛いんだから、私なら100%襲ってるよ!」
「…近寄らないでくれる?」
「うそうそごめんって!ここは私の顔を立てると思ってさ。ここで引いたら桜子にどやされんの私だから、協力すると思って。ね?」
「燈子もタクシーで帰って。それが条件。」
「おっけーおっけー。ご挨拶の間ちゃんと待たせときますって。」


全員を送り出して、桜子がテーブルの上を片付けているとソファに横になっていた奏子が眠たそうな声で桜子の名前を呼んだ。


「ねえ、桜子ちゃん…」
「どうしたの?気持ち悪い?」
「違うよーう…TRIGGERっていい人たちだね…」
「…そうだね。」
「売れて…欲しいなあ…」


私達よりずっと才能がある人たちだから、そう言うと奏子はすやすやと寝息をたてた。

自分達はたまたま運が良かったに過ぎない。八乙女事務所に拾ってもらって、八乙女事務所の力で売ってもらったにすぎない。でも彼らは違う。自分達とは違って八乙女事務所でなくても同じ結果だっただろう。わかってはいるけど、本物を見ると自分との才能の差を感じて胸がチクリと痛む。桜子は胸の辺りを押さえてため息をついた。その時、テーブルの上からピコンと聞きなれた音がした。


「…ラビチャ?」


通知音が聞こえて画面を見ると八乙女楽の文字が表示されていた。そう言えば、全員で連絡先をしたんだったと桜子はラビチャを開く。


『今日はありがとうな。』
「律儀な人…"こちらこそ。2人も楽しんでたから。"」
『桜子は?』
「…"楽しかった。ありがとう。"」
『俺も楽しかった。奏子は大丈夫か?結構飲んでただろ。』
「"気持ち良さそうに寝てる。十さんは?"」
『同じようなもんだな。』
「"十さん、ブラホワのプレッシャーもあったみたいだから心配。"」
『そっちは今回迎え撃つ立場か。』
「"TRIGGERなら大丈夫。"」
『その言葉そのまま返す。お前らなら大丈夫だ。』
「…何を根拠に。」


そう言いながらも、桜子の口角はあがっていた。


「え、1人なの?」
「九条さんは今は海外にいます。」
「へー、じゃあ会えないんだ。」
「燈子達は九条さんとはどういう繋がりなの?」
「知りたい?九条くんはお父さんのこと知らないんだねぇ。」
「…話を逸らさないで。」
「ごめんごめん、意地悪だったね。大したことじゃないよ。九条さんは恩人でね。私達を八乙女事務所に移籍させてくれたの。」
「移籍?」
「前の事務所の時は売れなくって。八乙女事務所の資金で派手に売り出したらドーン!あっという間に大人気アイドル。」


すごいでしょう?と笑う燈子に天は少し違和感をあった。まるで自分達の成功はお金をかけたからだと言っているようだった。

そんなことない、そう言おうとした天の言葉を遮ったのは、タクシーの運転手だった。どうやら、家についたらしい。


「じゃあ早くお帰り。」
「ここでいいの?」
「保護者がいないならお家のインターフォンならす意味もないでしょう?戸締まり、気を付けて。」
「燈子も気を付けて。」
「ありがとう。おやすみ。」
「おやすみ。」


タクシーを降りた天がドアを開ける前に後ろを振り返ると、窓から顔を出していた燈子がひらひらと手を振っていた。

九条さんも遅かったりすると心配はしてくれた。それでも、燈子の行動は何だかそれとは違った嬉しさがあった。子供扱いされているようで少し気に入らない気もするけど、気にかけてくれる人がいるということに心が温かくなった。